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やほー、牢屋の中からこんにちは。
なんと私、今お城の地下牢に入っていたりする。
いやー前にね、厨房の見学したいって言った時に、一緒に牢屋も見てみたいってお願いして却下されたんだけど、まさかこんな形で見学することになるとは思わなかったよね。
お城の地下だけど空気は循環しているみたいで思ったほどジメジメもしていない。壁の上部に明り取り用の窓もあるからそこまで暗くないし、牢の中には簡易ベッドもあって思ったよりちゃんとしていた。
難を言えば片隅に置いてある衝立と桶かな。うん、さすがにこれは無理だって思う……。
さて、どうして私がここに居るかと言いますと、侍女の休憩部屋から出た直後に兵士に捕まって連行されちゃったんだよねぇ。
「怪しい侍女がいると通報があった。取り調べるので一緒に来てもらおう」
いきなりそう言われてびっくりした。兵士の後ろを見ると、以前私に絡んで突き飛ばしてきた三人組の姿があったんだけど……通報ってこいつらか。
「日中どこにも姿はないし、この間はお客様の部屋から出てきたのを見たのよ。下級侍女が居るような場所じゃないし、絶対怪しいわ」
「そうよ、侍女長に聞いたらあなたのことなんて知らないって言ってたわ」
「あなた泥棒かスパイでしょ、きっとそうよ」
にやにやと感じの悪い笑みを浮かべ、勝ち誇ったように次々と叫ぶ三人組。
「そんな、何かの間違いです、彼女は違います!」
イーラさんが必死に兵士に訴えてくれたんだけど「事情は後でゆっくり聞く」と取り合ってもらえなかった。
「ちょっと行って話をしてきますね。大丈夫ですよ、心配しないで下さい」
そう言ったんだけど、イーラさんはものすごく心配そうな顔でこちらを見ていた。
私が入れられたのは、どうやら一時的な収容場所らしい。取り調べをする人は別にいるようで、その人を呼んでくるまでここに入っていろと言われた。で、中を観察して待つことしばし。
やって来たのはさっきの兵士よりは少し上官のような、だけどまだ若そうなお兄さんだった。今度はテーブルと椅子しかない簡素な部屋に連れて行かれたんだけど、ここって取調室かな。おお、なんかそれっぽいね。
「えーと、まず名前と所属を聞こうか」
「はい、名前はリカです。所属は……どこだろう?」
所属って何を言えばいいんだろうね。仕事の担当場所とかなのかな。
「は? ふざけてるのか?」
何やら書類に書き込みをしていたお兄さんが顔を上げて睨んできた。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」
「だったらちゃんと答えなさい」
一応、侍女だと思ってそれなりに丁寧に扱ってくれているようだけど、私の答えで不信感を抱かせてしまったらしい。困ったな。
私はなんて答えようか考えていたんだけど、その時、急に扉が開いて息を切らせた男の人が飛び込んできた。
「お、おま、お前、すぐにその方を解放しろっ!」
私とお兄さんはびっくりして二人で目をぱちくり。ぜいぜい言ってるちょび髭のおじさんは、私の方を見るといきなり平謝りしてきた。
「通達が行き届いておらず、大変、ご無礼を致しました、誠に申し訳ございませんっ」
ゼイゼイと整わない息でそう言うと、頭がお腹にくっつくんじゃないかってくらいの角度で頭を下げてくる。いや、助けてもらえるのは嬉しいけど、そんなに謝られても困るよね。
「別に酷い事された訳でもないから大丈夫ですよ」
なので軽くそう言ったら、ちらっと顔をあげて恐る恐ると言う感じでおじさんが聞いてきた。
「あのぅ、それでしたら我々の処罰などは……」
「え、処罰? そんなもの必要ないでしょう?」
私の答えにあからさまにほっとするおじさん。が、次の瞬間にまた悲壮な顔に変わった。
「そんな訳ないでしょう、追って処罰は通達しますよ」
そう言って現れたのはロイさんとエミール君、あとその後ろにアルクも居た。ありゃ。
「ごきげんよう、リカ様。珍しい場所にいらっしゃいますね」
「あ、えーと。うん、ちょっと見学を、ね……」
えへへって笑ったら、みんなにまったくって顔であきれられた。いや捕まったの私のせいじゃないしさ、酷くない?
「さあ、では戻りましょう」
「そうですね、ご報告もありますし……」
二人はそう言うんだけどね、ここへ来たのも何かの縁。
ということで、私の正面でまだ訳が分からず混乱しているお兄さんと横で項垂れてるおじさんに話しかける。
「すみません、ちょっと協力してもらえますか?」
「「……はい?」」
◇
――薄暗い部屋
室内は天井近くまで届く棚が四方に備え付けられ、様々な品が納められている。
真夜中の静寂にカチリ、と小さく音を立て、扉が静かに、薄く開いた。
そこからするりと滑り込むひとつの影……。
影は部屋の奥へ向かって歩いていき、迷いなく一つの棚の前で足を止めた。
手を伸ばし、棚に置いてあった小さな箱を手に取るとじっと見つめる。
すると今度は、慎重な手つきでその箱の蓋を開けた。
その時、明り取りの窓から差し込む月の光が反射して、一瞬だけ小さく上がった口元を浮かび上がらせた。
箱は再び蓋をされ、棚に戻される。
入って来た時と同様、影は扉から静かに出て行った。
残されたのは、一見何も変わらない、ただの暗闇と静寂、そして……




