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えーっと、朝から数時間に渡る苦行に耐え、既にへとへとに疲れ切っている私です。
皆さんの手によって髪から服から指先までしっかり整えられ、エレノアさんからオッケーが出てドナドナされました。それで現在王妃様のお茶会の席に居るんだけど……どうもねぇ、様子がおかしいんだよね。
連れてこられたのは王妃様のプライベート空間らしい。お茶会というから私以外にも招待された人がいるのかなと思ったら誰もいないし、後から誰か来るような様子もない。テーブルに用意されているお茶のセットは二人分だった。
別に人数はどうでもいいんだけど、室内が妙に薄暗いのが気になった。せっかく飾ってあるお花もこれじゃ可哀想だと思う。素敵なお部屋だし良い匂いもしていかにも貴婦人のお部屋って感じだけど、これじゃあ台無しだよね。楽しいお茶会って雰囲気ではない。
そして、何より一番の疑問は目の前の王妃様だ。
「…………」
「…………」
最初からそう指示されていたのか、お茶を淹れた後はお付きの人達は下がってしまい、部屋には私と王妃様の二人きり。さっきからずーっと、ただ無言で向き合っていますが……何この時間?
王妃様が紅茶を飲んだので、私もとりあえずひと口。
あ、良い香り。薔薇かな、美味しい。
王妃様はね、黒いドレスで黒いベールをかぶっていた。ベールは顔全体に掛かっているから表情は分からない。手元に持っている扇を時折、パチンッ、パチンッて弾く音がするんだけど……。はっきり言って緊迫感増し増し。私、何かお説教とかされるんだろうかって感じで超怖いです。
やがて沈黙に耐えかねて私は口を開いた。
「あの、私に何かご用でしょうか?」
「…………」
少し、ほんの少しだけ王妃様と目が合った気がした。でもそれも一瞬で、再びの沈黙。
「…………」
ああもうっ、無理!
「すみません、お話がないようでしたら私、これで失礼しますね?」
私はそれだけ言うとさっさと席を立ち、扉に向かって歩き出した。
招待しておいてこれはないよね。私の事を観察でもしたいのか何なのか分からないけど、私にとっては何のメリットもないし楽しくない。何よりこの緊張感が耐えられない。
「……待ちなさい」
すると小さな、でも良く通る声がした。王妃様の初めての発声だ。
「……何でしょう?」
一応足を止め、向き直って聞いてみる。
「……昨日、陛下にお会いしたと聞きました」
「はい」
肯定すると、ためらうような間があって王妃様が聞いてきた。
「あなたは……陛下を見て、どう思われて?」
「は?」
いやいや、どうしてまた同じこと聞かれるのよ。「気持ち悪かった」って言って爆笑取ればいいの?
「……どうしました?」
私が顔をしかめていたら聞かれてしまった。
「あ、いえ、昨日でん……ギルベルト殿下にも同じことを聞かれたので」
「ギルが……そう……それで、あなたはなんと答えたの?」
「あー、ええと、その時はその、ちょっと気分が悪くなったと……」
「……気分が、悪くなった?」
「はい、その、陛下は私達に対してお力を使われたようなんです。何か試してみたかったと言われて……その影響で気持ち悪くなったというかあてられたというか……」
「そう……」
しばらくの沈黙の後。
「……あなたは、陛下の御力にも対抗できるのね……凄いわ」
あれ、なんか褒められた?
うーん、良く分からないな。私、最初はこの人凄く怖そうな人だなと思ったんだけど、声がね、とっても優しんだよ。しかもさっき私が「気分が悪くなった」って話したら疑問を返しながらも少しこちらを心配してくれているような感じがあったんだよねぇ。
いや、私が勝手に思っただけかもしれないけれど、そういうのって伝わってくるじゃない。なんとなく気遣われてるとかそんな気がしたんだよ。
だから私は、この王妃様、そんなに悪い人じゃないのかなーって、そんな風に思ってしまった。
そうするとねぇ、気になってくるんだよね、この状況とか王妃様の事とか。さっきまでどうでもいいと思ってたんだけど、一度気になるとどうしようもない。私が呼ばれたのにも何か理由があるんだろうし……。
「あの、何か私にご用があるんでしょうか?」
だからもう一度、最初の質問をしてみた。
「…………」
だけど駄目みたいだ。王妃様は再び黙り込んでしまった。
私は仕方なく一礼だけして扉に向かう。今度は呼び止められることもなかったのでそのまま退室した。
扉の外にはエレノアさんが待っていてくれた。短時間で出てきた私を見ると少し落胆の表情が見えたから、彼女は何か事情を知っているのかもしれない。ただ彼女が私にその辺の事を話してくれそうかというと難しそうなんだよねぇ。だって最初から必要最低限しか話さないし、絶対余計な事とか言わなそうだ。王妃様に関する事なんてそれこそ口にしないだろうって思う。
部屋に戻ってから、一応チャレンジはしてみたよ。だけど予想通り撃沈。その代わりあのベールの事は教えてもらった。
王妃様は昨年お母さんを亡くされたらしい。なので喪に服していてベールをしているそうだ。なるほど。
だけどそれじゃあ、あの部屋の暗さは何だったんだろう。普段からあんな部屋で生活しているんだろうか。まあ明るすぎるよりは落ち着くしお昼寝するには良いと思うけど……なんか落ち込みそうっていうか気分が沈みそうだよね。
そんな事を考えながら私はソファに沈み、エレノアさんに頼んでお茶を用意してもらった。昨日に続き、今日もあまり出されたお茶を楽しめるような雰囲気ではなかった。ほんともったいない。
淹れてもらった美味しいお茶を頂きながら考える。王妃様は私に何を言いたかったんだろうか……。
つい考え事に沈んでしまっていたらしい。エレノアさんに声を掛けられて気が付いたらだいぶ時間が経っていた。
「さあ、それでは御仕度を致しましょう」
うん?
「本日は陛下始め王太子様達との晩餐の予定がございます」
そういえばそんな事を聞いたような気がするけど……。
え、もしかしてまた?
エレノアさんを見たら頷かれてしまった。
うそぉ……。
そんな訳で私は再び苦行を強いられることになりました。服も髪型もお化粧も別にこのままでいいのではってちょっと言ってみたら「なめてんのか?」って感じで見られました。
やっぱりエレノアさん怖いよう。帰りたい……。




