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 少し迷ったけど、花ちゃんの言葉に話を聞いてもらうことにした。


 色々伏せながらなので上手く説明できるか不安だったけど、花ちゃんは真剣に話を聞いてくれた。


「……あのね、実は今日、思わぬ話を聞いてしまって……。その、私の知ってる人達がね、昔付き合ってたって……どちらも親しい人達だったから私はちょっとびっくりしちゃったんだよね。しかもみんな知っていたことらしくて……。私だけ知らなかったこともショックだったんだけど、それを本人に話してもらえなかったことがショックだったっていうか……」


「ふうん、その人達は今は付き合ってないの?」


「あ、うん、かなり前の事だし、それに一人はもう亡くなってる……」


「ああそうなんだ。うーん、まあ昔の話なら周りがあまり話すようなことではないし、亡くなっているなら尚更じゃない? 本人がどう思っているかは分からないけど、自分から話したい事ではないと思うし……」


 確かにそうだよね。


「別れたのは病気だったから? それとも事故とか?」


 ああ、なるほど。そういう風にとられるのか。亡くなった理由がまさか老衰とは思わないよね。


「死別した訳ではないよ。別れてからだいぶ後に亡くなってる、と思う。何か事情があったのか、別れた理由は分からないけど、少なくとも片方は相手が嫌いになって別かれたとかではなさそうなんだよね」


「片方って今生きてる人?」


「そう」


 人じゃないけど。


「里香ちゃんはその人と仲が良いの?」


「うん、すごく親しくしてもらってる。とっても優しいよ」


 いつも守ってもらって大事にしてくれる。


「その人が付き合ってことを黙ってたからショックだったの?」


「そう、だね」


 隠してた訳ではないのかな。でも話してくれれば良かったのにって思う。そりゃあ聞いたら驚くだろうけど、後から他の人に教えられるよりはいい、と思う。


「んー……里香ちゃんはさ、その人のことが好きなの?」



 ――え?


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。



 ……私が誰を? 


 ……好き?



「え、いやいやいや、そんなこと……」


「だって好きな人に付き合ってた人がいたからショックだったんじゃないの?」


「好きな、人……」


 え、え、待って待って。


「付き合ってたのは昔の話なんでしょう? その人今は誰かとお付き合いしてるの?」


「……してない、と思う」


「だったら里香ちゃんが付き合っちゃえばいいんじゃない?」


 なんだか処理が追い付かない。だけどだけど……。


「いやそれは……無理だよ。あの人は私にとって保護者っていうか、家族みたいな存在だし、そんなこと……それに私の事をそんな風に見てくれる訳、ない。あの人が私に優しくしてくれるのは、私が亡くなった人の血縁だからで……」


 そう、アルクが優しいのは私がおじいちゃんの孫だから。


 前に義務感とかで一緒に居るんじゃないって言われてすごく嬉しかったけど……。


 だけど、そうだよね。アルクは優しいから。おじいちゃんの孫の私が居たら助けずにはいられないだろうし、おじいちゃんが悲しむようなことは出来ないだろう。


 私の側に居てくれるのは………大事な人の孫だから。


 なんで勘違いしたんだろう。


 どうしてこんな何も出来ない私の側に居てくれるかなんて、分かり切った事だったのに。


 私はおじいちゃんみたいに人に尊敬されたりなんてこともないし、おじいちゃんみたいになんてなれっこない。


 私はおじいちゃんとは全然違うから……


「代わりにもなれる訳も、なく…て……」


 あ、自分で話していてどんどん落ち込んできた。


「それに、きっと、今でも……」


 思い出を大事そうに語るアルクの姿を思い出す。


 ――痛い、なあ


 ああ、これ以上は駄目だ、どうしよう。


 そう思ったら花ちゃんがタオルを渡してくれた。ハンカチじゃなくてふわふわのタオル。なんでこんなの持ってるんだろう。


 私はタオルに顔を埋めた。



 おじいちゃんのこともアルクのことも大好きなのに、二人の事を考えるのが辛いのは。


 アルクが今でもおじいちゃんの事が好きなのかなって考えると、すごくすごく胸が痛いのは。


 私がアルクの事が好きだから――



 なんだかストンと納得できた。


 わざと分からない振りをしていたんじゃないかと思うくらい、どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのかと不思議に思う。


 そして同時にとても苦しくなる。


 ああ、やっぱり私に恋愛は向いていない。


 どうして私はまともな恋が出来ないんだろうか。


 こんな気持ち、気付かなければ良かったのに……




 結局ぽろぽろと涙は止まらず、花ちゃんやお店の人には迷惑を掛けてしまった。


 やっと落ち着いてコーヒーを飲む。


「ねえ、すごく年上の人だったりするの?」


 花ちゃんが聞いてきた。


「え、ああ、うんまぁ。でも見た目はすごく若いよ」


 年上どころの年齢じゃないんだけど、見た目だけなら二十代とかでも通る。


「告白しないの?」


「え、無理だよ。そんなこと出来ないよ」


 まともに顔を合わせることだって出来るか心配なのに、そんなの出来っこない。


「そう? でも里香ちゃんの話だとその人と随分親しそうだし、可能性はあるんじゃないかな。前の恋人さんのことだって昔の話なんでしょう? とにかく一度ちゃんと話してみたら?」


 話……。


「何て言っていいか分からない……それにね、すごく素敵な人なんだよ。私なんかじゃ全然釣り合わない」


 私みたいなのが、長く生きてるアルクに何を言ったところでどうこうなるとは思えない。ああ、でもアルクは優しいからね、きっとすごく困らせてしまうだろう。


「里香ちゃん、そんな自分のことを悪く言っちゃ駄目だよ。里香ちゃんは可愛いし素敵だよ」


 リカは可愛いって言ってくれるアルクの声が聞こえた気がする。


「ありがとう、花ちゃん」


 でもやっぱり無理だ。


「私、今の関係を壊したくないんだよ」


 そう、今の居心地の良い場所をなくしたくはない。


 だから、きっとこのままでいるのが一番いいんだと思う。


 大丈夫だよ、何も変わらない。変わりたくない。


 私は、知らない振りは得意だから……。



「今日は話を聞いてくれてありがとう」


「ううん、何かあったら連絡してね。いつでも話聞くからね」


「うん」


 花ちゃんは優しい。また泣いてしまいそうだ。


 タオルはくれるというのでありがたく頂くことにした。洗濯したとしても私の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったものを返すのは気が引けるし、今度新しいのを買って渡そうと思う。


 実家に真っ赤な目をして帰るのはかなり勇気が必要だったけど、花粉症だと言い張った。



 ああ、明日、家に帰りたくないなぁ。




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