11
ガイルにあるおじいちゃんの家にやってきたのは、この町のパン協会の代表だという二人だった。
なんとなーく見覚えのある人がいるなと思ったら、片方は最近よく行っているパン屋さんのご主人。なんだかすごく緊張しているみたいだったけど、向こうも私に気が付いてちょっと驚いている感じだった。
二人はおじいちゃんに用があってやってきたという。最近この家を出入りしている人が居ると聞いて、おじいちゃんに会えるかもしれないと思って訪ねてきたらしい。
おじいちゃんは亡くなったと伝えたらすごくがっかりしていたけど、私がおじいちゃんの孫だと分かったらとりあえず話を聞いてもらえないかと言ってきた。
え、私でいいの? と思いながら、とりあえず家に入ってもらい、お茶を飲みながらお話を聞くことにした。
さて、お茶は何にしようか。迷ったけれど、今日は気分で紅茶を入れることにした。お客さんに見えない場所でささっと扉を出して、頂き物の結構高級なブランドの茶葉を持ってきた。
果物とバラがブレンドされている、香り高い華やかさが人気のフレーバーティーだ。ガラス製のティーポットの中で揺れる花びらがとっても可愛くて目にも楽しい。
カフェのようなつくりのこの家は、お客様用の椅子もたくさんあるしカウンターにはコンロもポットもある。茶器類もあって、日本の家から持ってきたものと合わせてこうして目の前でお茶を入れておもてなしができる。
私がお茶を入れていると、アルクもお客さんも興味深げに私の手元を見ていた。ちょっと緊張しちゃうね。
私は温めておいたカップに、茶こしを使いながら紅茶を均一に、最後の一滴まで丁寧に注いでいった。うん、良い香り。コーヒーを飲むことの方が多いけど、たまにはこういうのも良いね。
一人でうっとりしてしまったけど、いけない、来客中だったと慌てて周りを見たら、アルクさんもお客様も紅茶の香りに同じようにうっとりしていた。うん、さっきまでの緊張がほぐれたのなら良かったです。
さて、お茶で一息ついて改めて自己紹介と訪問の理由を聞いてみた。
まず、二人はこの町にあるパン屋さん達が登録しているパン協会の代表で、会長と副会長とのことだった。
会長さんの名前はデニスさんで、私の顔見知りのパン屋さんは副会長さんのコルネさん。二人とも三十代くらいに見えるので結構若手の組織なのかなーなんて思っていたら、協会内部の役職者が高齢ということで最近世代交代があったばかりらしい。
二人が話始めたのは現在のパン業界の状況。なんでもここ数年、米の人気が非常に高く、パンの売り上げが思わしくないのだとか。この状況を何とかしなければ、と思ったもののなかなか良いアイデアは出ず、そんな時にあがったのがおじいちゃんの名前だったらしい。なぜ?
私にはよく分からなかったので、なぜおじいちゃんなのか、その理由を説明してもらった。
そもそも、現在の米人気の発端はおじいちゃんにあるという。二十年以上前、当時栽培が行われるようになった米の普及のため、あまり馴染みのなかった米料理をおじいちゃんが色々提案することで米の美味しさを広めていったのだという。私が食べたウージもその内の一つだった。なるほど、どうりで覚えのある味や料理が多いと思った訳だ。
結果、米人気は徐々に広がり、最初はガイルの町だけだったものが近隣にも広がり、今ではメルドラン領全域で栽培・収穫されるほどにまでなっているという。メルドランの主要産業の一つだというから米人気すごい。
だけど、そのあおりをくらったのがパンだった。米と並んで主食とはされているけれど、近年売り上げは横ばいというか下降気味らしい。
なんとかパン人気を取り戻したい! そう意気込んだのはいいけれど、良いアイデアが浮かばない。そこへ最近この家を出入りする人がいると聞き、おじいちゃんであれば何かアドバイスをもらえるかもしれないと思ってやってきたとのことだった。
二人はさらにガイルの名物パンの話も始めた。
米人気が出てきた頃、パン業界もうっすらと危機感を抱き、商品開発に乗り出したのだそう。で、その時やっぱりおじいちゃんにアドバイスをもらって作った商品がヒット。ガイルの名物にまで成長したらしい。
だけど当時そのパンの人気がすごかったこともあり、他の商品開発をしてこなかった。最近では根強いファンはいるものの人気は下火。何か新しい商品で再びあの頃の栄光を取り戻したい、というのがパン協会の願いだという。
なるほど。まあパン協会さんの意向は分かった。分かったけど、私にどうしろというのだろう。パンなんて全然分からないよ、私。
私の困惑が伝わったのか、とりあえず「何かちょっとでもがアイデアあれば教えて欲しい」とだけ言って二人は帰っていった。うーん、困ったね。
あと、手土産だと言ってパンの入った袋を置いていった。ガイルの名物パン、おじいちゃん助言のヒット商品を持ってきてくれたらしい。
何も出来なかったので受け取るのは躊躇われたけど、ぜひにと言われて受け取ってしまった。何となく予想はできたんだけど、袋を開けて出てきたパンを見て、ああそういうことかと妙に納得してしまったんだよね。




