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7,うわさ

 これはこの学校が創立されて間もないころの話。


 美術部にとてもきれいな女子生徒がいた。

 男子でも女子でも、思わず見とれてしまうほどきれいな子。

 その子はとても絵がうまくて、放課後はいつも美術室で絵を描いていた。


 だけどあるころから、その子は美術室にいると変な視線を感じるようになった。

 美術室にいるのがその子だけのときでも、じっと見られているような感じがした。

 ただ、人から見られることには慣れてる子だから、誰かが盗み見してるのかと思ってた。


 やがて、変なのは視線だけじゃなくなった。

 妙な音がするようになった。

 なにも動いてないのに床がきしむ音がしたり、風が吹いてないのに布が擦れる音がしたり。

 女の子は最初気のせいだと思った。


 ある日の放課後、その子は絵を描き終えて、画材を片付けていた。

 ほかの部員はもう帰ってたし、顧問の先生も用事で職員室に行ってたから、美術室にはその子一人きり。

 片付けが終わって、さあ帰ろうとしたとき、




 ペタ……ペタ……




 足音が聞こえた。

 人が裸足で硬い床の上を歩いているような音が。


 女の子は音のする方を向いた。

 でも、誰もいなかった。


 音は確かに聞こえてくる。




 ペタ……




 ゆっくり、女の子の方に近づいてくる。


 その子はすぐにかばんをつかんで美術室から飛び出した。

 走って校舎を出て、急いで家に帰った。


 次の日、学校でその女の子は親友に足音のことを話した。


 親友は女の子が本気で怖がってたから、茶化さずに聞いていた。

 そして、その子が美術室にいるときはそばにいると申し出た。

 それからはいつも二人で美術室で絵を描くようになった。


 そしたら、変な視線も妙な音もしなくなった。

 女の子は安心した。

 親友にすごく感謝した。


 それからしばらくたった。

 放課後、いつものように二人が絵を描き終わって帰ろうとしたとき、昇降口で親友が忘れ物に気付いた。


 親友は女の子にちょっと待っててと伝えて、急いで美術室に戻った。

 暗くなった校舎の中を走って、美術室のドアの前に着いた。


 ドアを開けた瞬間、嫌な臭いがした。

 鉄とヘドロの臭い。

 沼の底からさびきったくぎを拾い上げて、鼻に近づけたときのような。


 何の臭いだろうと思って、親友の子が美術室に入った。




 バン!




 ドアが後ろで勝手に閉まった。


 親友の背筋が凍った。


 誰かいる? 


 親友がボソッと問いかけても、なんの返事もなかった。


 親友の心臓がドキドキ跳ねた。

 親友はゆっくりとドアの横にある照明のスイッチに手を伸ばして、スイッチを押した。

 パチって音がして電気がついた。







 邪魔するな







 壁に赤い字でそう書かれていた。

 絵の具は所々黒く変色してて、字の端から絵の具が垂れて床に落ちていた。


 ……なに、これ。


 親友は言葉を失った。


 そのとき、親友は文字の下になにかがあること気が付いた。


 最初、それがなにかぴんとこなかった。


 ぬいぐるみ? 違う。


 動物のはく製? 違う。


 壁の下に、犬の死体が横たわっていた。


 目は空いたままで、口は半開き。

 のど元から肛門まで、真っすぐ切り開かれていた。

 中から内臓がこぼれ出てた。

 ミートソースパスタを床にぶちまけたみたいに。


 赤いのは、絵の具じゃない。

 血だ。犬の血で書いた字だ。


 親友は叫んだ。

 出せる限りの大声で絶叫した。


 親友はドアを乱暴に開けて、駆け出した。

 力の限り速く走って、昇降口を出て、家へと急いだ。


 家に着くころには息は完全に乱れて、心臓が裂けそうだった。


 親友はすぐに自分の部屋に飛び込んで、ベッドの中にもぐりこんだ。

 ぎゅっと目をつぶって、自分がさっき目にしたものを忘れようとした。


 でも、忘れられなかった。

 字から垂れる赤い滴、犬のよどんだ目、はみ出た内臓。

 すべての光景が頭から離れなかった。


 親友がベッドの中でうずくまっていると、母親が部屋のドアをノックした。

 親友は無視した。

 母親がドア越しに言った。


 あんたと仲良しの子がまだ家に帰ってないらしいんだけど、あんた知らない?


 その瞬間、親友の頭から血の気が失せた。


 待っててと伝えた後、あの子、どうしたんだろう? 

 もしかして、私を探しに美術室に戻ったんじゃ? 


 親友はもう美術室に行きたくなかった。

 このまま部屋にこもって、なにもなかったことにしたかった。


 でも親友は女の子のことが心配だった。

 そのまま知らないふりはできなかった。


 親友はベッドから抜け出して、母親に美術室であったことをすべて話した。


 母親はいなくなった子の母親と警察にすぐ連絡した。


 そして学校に集まって、美術室に向かった。

 親友もついていった。

 母親にしがみつきながら。


 美術室に着いて、警官がゆっくりドアを開けた。


 親友は驚いた。

 壁の文字も、犬の死体も、あの嫌な臭いも、全部消えていたから。

 何かをふき取った跡もなかった。

 美術室はなにもなかったかのようにきれいだった。


 ただ、美術室の真ん中にイーゼルが立っていて、そこに絵がかけられていた。

 まるでついさっきまで誰かが描いていたみたいに。


 それは、いなくなった女の子の肖像画だった。

 写実的という言葉では足りないくらいにリアルな絵。


 吸い込まれそうなつぶらな瞳、黒く清らかな黒髪、彫刻のようにきれいな鼻、指で触れたくなるふっくらとした唇。

 まるで、その女の子が窓の向こうからこちらをのぞいているみたいだった。


 その場にいた全員がその肖像画に見とれてしまった。


 イーゼルの横にはかばんが置いてあった。

 中身を確認すると、その女の子のお財布と学生証が見つかった。


 その後、家族と警察はあらゆる手を使って女の子を探した。

 でも、女の子は見つからなかった。


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