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6,菰野さんとの会話

 くつしたのスケッチの翌日。


 この日は朝から灰色の雲が空一面を覆っていて、空気がじめじめしていた。

 今は雨が降っていないけど、いつ降ってもおかしくなさそうだ。


 放課後、チャイムと同時にホームルームが終わった。

 僕はリュックを持って立ち上がって、美術室に向かった。


 今日もくつしたに会えないかな。

 歩きながら、昨日のことを思い出す。

 くつしたのことをあやすのに夢中になりすぎて、気付いたら部活終了時間になってた。


 美術室のドアを開ける。


「こんにちはー」


 美術室には菰野さんがいた。

 昨日スケッチしたときと同じ場所にいすを置いて座っている。


「ん」


 菰野さんが短く言って、僕を手招きした。


「なに?」


 僕が近寄ると、菰野さんは彼女の隣に置いてあったいすを指差した。


「座って」


 菰野さんが言った。


「?」


 戸惑いつつ、僕は言われた通りにした。

 菰野さんのすぐ隣に座る。

 少し動けば、肩が触れるほどの距離。

 き、緊張する。


「見て」


 菰野さんが僕にスケブを差し出した。

 スケブには昨日のスケッチが描かれていた。

 色んなポーズのくつしたが描いてある。


「くつした、かわいいよね」


 僕が言った。

 思わずほおが緩む。


「君も」


 菰野さんが言った。


「え?」

「くつしたをなでてる間、君はずっと笑ってた。

 かわいかった」


 スケブには僕も描かれていて、僕の顔はどれも笑顔だった。

 ……ていうか、しまりのない顔でにやけていた。


「は、恥ずかしい」


 僕は両手でほっぺたを押さえてぐにぐにともんだ。

 次くつしたと会ったときは気を付けないと。


「猫、好き?」


 菰野さんが聞いた。


「うん、大好き。

 飼ったことはないけど、家の近くに野良猫が住んでるんだ。

 ちびっていう」

「うん」

「すごくかわいいぶち猫なんだ。

 天気のいい日は車のボンネットでお昼寝してて。

 でもそれを写真に撮ろうとすると逃げちゃうんだ。

 ただ、アジの干物をあげるときは自分から寄ってくるんだよ」

「現金な子」

「アジを食べるときのしぐさがかわいくて……。

 ほら見て」


 僕は上着の内ポケットからスマホを出して「ちび写真フォルダ」を開いた。

 アジを食べるちびの写真を菰野さんに見せる。


「かわいい」


 菰野さんが言った。


「でしょ!」


 それから僕はちびの色んな写真を見せた。

 塀の上を歩いてる写真、ほかの野良猫と一緒に寝転がる写真……


 菰野さんは口数が少ないけど、感情表現が豊かな子だった。

 写真を見せるたびに、微笑んだり、難しい顔をしたり、表情がころころ変わる。

 ちびが大ジャンプをして飛んでるチョウに飛びつくのを偶然撮った写真を見せたら、


「すごいジャンプ」


 菰野さんは目を真ん丸にして驚いた。


 うーん、欲しいところに欲しいリアクションをしてくれるのっていいよね。


「この写真は別の子なんだけど、すごい美人さんのシャム猫なんだ」


 僕はその猫が振り向いたときの写真を見せた。

 この子は本当に警戒心が強くて、めったに写真が撮れない。

 でもこのときは奇跡的に撮れた。


「きれいな子」

「そうなんだ。この写真が撮れたのはほんとに運がよくて」

「あなたも」


 唐突に菰野さんが言った。


「え?」


 僕はなんのことか分からなかった。


「あなたもすごくきれい」


 菰野さんが言った。


「そんなことないよ」


 僕は右手を横に振って苦笑した。

 冗談だと思ったから。


 でも菰野さんは首を横に振った。


「昨日はすごくびっくりした」

「どうして?」

「黒江がすごい美人を連れてきたから」


 菰野さんが言った。


「新入部員を連れてくるって、おとといの夜黒江からラインがあった。

 どんな子かは教えてくれなかった。

 当日のお楽しみだって。そしたら君が来た」


 菰野さんは僕の顔をじっと見ている。


「海外のお人形を黒江が描いて紙から出したのかと思った。

 本物の男の子だと思えなかった。

 それくらい君はきれいだった」


 僕は困って、首を横に振った。


「そんなことないよ」


 僕そう言って、口を閉じた。

 あまり自分の外見について話すのは好きじゃない。


 菰野さんはスケブをスクエアリュックにしまった。


「だから心配だった」

「心配?」


 僕は聞き返した。


 菰野さんがうなずく。


「目をつけられないか」


 菰野さんが言った。


「……外見のことでいじめられないかってこと?」


 僕は聞いた。

 見た目のせいで悪口を言われたりすることは今までもあった。


「そんなことする人がいたら私が石膏像でぶん殴る」


 菰野さんは棚にある胸像を指差した。


「ビーナスのずつき。こうかはばつぐん」


 菰野さんがまじめな顔で言うものだから、僕は吹き出してしまった。


 菰野さんは軽くせき払いした。


「心配なのはいじめじゃない」


 菰野さんが言った。


「じゃあ、なんの心配?」

「この美術室にいるもの」

「え?」


 僕は戸惑った。

 なんのことか分からなかったから。


「今この部屋のどこかにいるもの」

「でも、僕たち以外誰もいないよ?」


 菰野さんは首を横に振った。


「人じゃない」


 菰野さんは僕の目をじっと見つめる。


「美術部にはあるうわさが昔から伝わってる」

「うわさ?」

「そう。それは悪魔のうわさ」


 菰野さんは目を外さず僕を見ている。


「この美術室にいる、悪魔のうわさ」

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