3,少女のときめき
美術室のドアを閉めた後、飽海黒江は歩き出す。
歩きながら考える。
彼だ。
口の端がつり上がる。
右手を口に当てて表情を隠す。
いけない。
これじゃ一人で笑う頭のおかしい子だ。
だが顔から笑みは消えなかった。
消せなかった。
それくらい心がときめいていた。
最近なにを見ても描きたいと思わなかった。
なにを描いても前に一度描いた気がした。
でも、彼は違う。
彼を見た瞬間、ビビビときた。
快晴の空のように澄んだ青い瞳。
降り積もる粉雪のように白くきめ細やかな肌。
光の加減で輝きを変える銀色の髪。
触れれば倒れてしまいそうなか細い体躯。
それらすべてが調和して生まれる無垢と清純。
描きたい。彼のあらゆる表情を描きたい。
心が躍る。胸が高鳴る。
こんな気持ちは久しぶりだ。
『真珠の耳飾りの少女』を見たときみたいな。
『日傘を差す女性』を見たときみたいな。
いや違う、それ以上だ。
彼は私が今まで見たなによりも美しい。
階段を下りながら考える。
今描かなければ。
人は時間の流れにはあらがえない。
あの美しさは今だけのもの。
職員室のドアの前に立ち、飽海黒江は考える。
彼を私のものにしなくては。
どんな手を使ってでも。