プロローグ
僕は高校入学前の三月に病気にかかり、その後ほぼ一年間入院生活を送った。
本当なら留年になるはずだったんだけど、理事長の厚意と特別試験に合格したおかげで、特例として進級が認められた。
そうして、高校二年生の春から僕の高校生活がスタートした。
登校するまでの間、僕の心は不安と緊張で一杯だった。
同級生に同じ中学の子は一人もいなかったし(いたとしてもその子が僕の友達である確率はすごく低かったけど)、クラスメートの人間関係は一年生の時にもうできてることは分かってた。
そこに見たことのない生徒、つまり僕が入り込んでクラスになじめるだろか?
少なくとも、僕には全く自信がなかった。
僕は引っ込み思案で自分からうまく話しかけられないし、小柄で運動神経もないからスポーツを通して周りに溶け込むこともできない。
友達ができないまま学生生活を送ることになるんじゃないかと、僕の頭はネガティブ思考で一杯だった。
そして悲しいことに、その不安は的中した。
クラスにはすでにグループができていて、僕が入れそうな余地はなかった。
何人か話しかけてくれたけど、その人たちもすぐに自分のグループに戻っていった。
だけどしょうがない。
すでに居心地のいい人間関係があるなら、知らない子を不用意に加える必要はないんだから。
もしかしたら、僕の見た目も原因だったのかもしれない。
母親譲りの銀色の髪と青い瞳。
この外見のせいで、人から距離を取られることはよくあった。
僕は落ち込みながらも納得して、なるべく目立たないようにしながら学生生活を送る決意を固めつつあった。
だけど。
「そう……スカートの裾を両手でつまんで……もう少し高く……」
僕の学生生活がこんなことになるなんて少しも予想してなかった。
「あごを少し下げて……伊織ちゃん、素晴らしいわ……かわいい……」
「……完璧」
今は放課後。ここは美術室。美術部の活動場所だ。
「今度は手を放して……その場で一回くるって回って。
スカートがフワッてなる感じで……」
美術部員は二人。
今僕の目の前で椅子に座り、絵を描いている。
四角い板に画用紙をしいてイーゼルに立てかけ、手を滑らかに動かして絵を描いている。
モデルは僕だ。言われた通り、その場で一回転する。
「はあ……いいわ……可憐かつ優雅。
もう一回、伊織ちゃん」
片方の女の子が僕に指示を出す。
栗色のロングヘアーで、髪に少しだけウェーブがかかっている。
前髪は横に切りそろえられていて、大きな黒い瞳をキラキラさせながら僕を見つめている。
整った形の鼻に、ぷっくりしたかわいい唇。
申し分のない美少女だと思う。
恍惚の表情を浮かべながら、よだれを垂らして僕を見つめていなければだけど。
「予想以上のかわいさ……私たちの目に狂いはなかったわ……」
栗色の髪の女の子がつぶやく。
よだれ、拭いたほうがいいよ。
「……」
その子の隣にもう一人女の子が座っていて、僕のことを凝視している。
水にぬれたようなつやのある黒髪のショートヘアで、天然パーマなのか髪が外向きに少しはねている。
黒縁眼鏡をかけていて、鼻がしゅっとして高く、耳の形もきれいだ。
目も普段はかわいいんだけど、今はジト目で僕から一切視線をそらさない。
この子はしゃべらない代わりに手をすさまじいスピードで動かして、次から次へと絵を描き上げていく。
でも決して雑に書いているんじゃない。
今、画用紙には精密かつ正確な絵が次々と描きこまれていることを、僕は知ってる。
美術室で美術部の子たちが絵を描いている。
そう言えばなにも不自然じゃないと思う。
ただ、僕は次の二点を指摘したい。
第一に、僕の服装。
僕は今、黒を基調にデザインされた膝丈スカートのドレスを着ている。
たくさんのフリル付きの。
首元には黒いリボンがついている。
頭には白いフリルと黒いリボンで飾られたヘッドドレスをかぶり、脚には白いストッキング。
靴は厚底で色は黒、つま先が丸くて表面がてかてかしている。
黒縁眼鏡の子によると、黒ロリという種類の服装らしい。
どう考えても学校で着る服じゃない。
第二に。
僕としてはこちらこそが問題なわけだけど。
僕は男だ。
男子高校生の僕が、フリフリのかわいいスカート付きの黒ロリドレスを着て、女子高生の絵のモデルになっている。
お分かりいただけただろうか。
これがどんなに異常な状況であるかを。
どうしてこんなことになったのか。
説明しても信じてもらえるか僕には全く自信がない。
始めの出会いは、今のこの状況よりももっとヘンテコなものだったから。