3.
兄上の婚約破棄も驚きだったけど、スペシェの婚約解消も驚きだった。こちらは、解消なのと、理由がしっかりしている。
スペシェが婿入りする予定だったから相手の令嬢は、通常の貴族教育しかしていない。それが急に王子妃教育を求められれば話が違うとなる。
「やっぱり別れましたのね」
「知ってたの? ユジェ」
「知ってたと言いますか、あの家は令嬢が当主になることを条件に王子を受け入れましたのよ。令嬢が王子妃になるのなら解消となるのは予想してましたの」
「そうなんだ」
スペシェは、臣籍降下に納得してなかったから婿入り先の家のことを何も勉強していない。結婚してもお飾りになったとは思う。
「じゃあ、これは知ってる?」
「何かしら?」
「スペシェの新しい婚約者に、クルモド公爵令嬢が選ばれたんだ」
「まぁ、それは知りませんでしたわ」
スペシェは王太子になるための後ろ楯としてクルモド公爵令嬢を次の婚約者に選んだ。王家としても令嬢の扱いに困っていたから双方の思惑もあって締結した。僕はユジェとの婚約を解消されないなら異論はない。
「だけどね。気になることがあるんだ」
「気になること?」
「うん。兄上もスペシェも同じ本を読んでたみたいなんだ。魔女への会い方って言う本なんだけどね」
兄上は図書館で見つけたと言っていたけど、目録には載っていなかった。誰かが王宮の図書館に紛れ込ませたのか。でも、それならおかしい。年二回、本の整理があり、紛失していないか確認が入る。
「その本、まだありましたのね」
「まだ?」
「我が侯爵家は、祖先に文字通り魔女がいますの」
この国から見て北だったか東だったかの方に妖しげな術を使う一族がいた。過去形なのは滅んだからだ。
「もう血が薄くなって力も無いのですけど、言い伝えだけは残っていますわ」
「へぇ、そうなんだ」
「興味ありませんのね。まぁ、無いから魔女に頼み事をしないのでしょうけど、もう少し関心を寄せられた方がよろしくてよ」
興味が無いというよりも、あやふやなことに手を出すのは時間の無駄だと思ってる。自分の力で成し遂げた方が何倍も有意義だ。
「願っただけで叶うなら誰も苦労しないよ」
「その通りですわね。願っただけで叶うことは無いでしょう。でも、魔女に願ったのなら対価と引き換えに叶いますのよ」
「対価?」
「えぇ」
「その対価って何を差し出すの?」
「願いによって違いますが、ある意味で願いが叶うことこそが対価かもしれませんね」
煙に巻かれた気分だったけど、ユジェは教えてくれる気は無いようだ。ユジェが楽しいなら僕は何も言わないことにしている。尻に敷かれるのも良い夫の条件だと母上が言っていた。父上もよく敷かれている。
王太子の座が空席になって三ヶ月が経った。いつまでも空席というのは諸外国に示しがつかないということで、僕が繰り上がりで王太子になるところを議会の半数を占める新興貴族から待ったが、かかった。
「あら、それでスペシェ殿下が王太子となられたのですね」
「うん。僕より九ヶ月早く基礎課程を修了したのと、婚約者が王妃教育を受けているクルモド公爵令嬢であることが重視されたみたいだよ」
「ふふふ、スペシェ殿下の願いも叶ったようですわね」
確かにユジェの言う通り、スペシェの願いは叶った。野心家ではあるけど、愚か者では無いから国が傾くことはないと、兄上のときには感じなかった安心感がある。
「そうだね。でも、スペシェも一生懸命勉強してたから報われて良かったよ」
「マッカルも報われるべきではありませんか? 王太子教育を全て修了されたと、お聞きしましたわ」
「うん。それでね、ご褒美に近場だけど別荘に行って良いことになったんだ。一緒に湖でボートに乗らない?」
何でもスペシェが自分だけに時間を費やすようにと言ったらしい。王太子教育を出来る教育係は少なく、それなら僕が終わっていれば、スペシェだけに時間を使えるようになると思って詰め込んだ。
久しぶりに勉強漬けの日々だったけど、ユジェと遊びに行けるなら安いものだ。
「わたくし、乗ったことありませんの。楽しみですわ」
「日にちが決まったら連絡するね」
「はい、お待ちしておりますわ」
王家直轄領だけど護衛は必要だ。人数の確保に数日はかかるだろう。まぁ、幽閉となった兄上の護衛が何人か回ってくるから、そう時間はかからない。と、期待しておく。
「マッカル殿下、国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
「はい、何でも議会場まで案内するようにと、申し付けられております」
「分かった。ユジェ、すまないが」
「もちろんですわ。行ってらっしゃいませ」
「ありがとう」
ユジェは、本当に僕のことを分かってくれる。いつもなら父上もユジェと会っているときは呼び出さないのだが、よっぽどのことがあったらしい。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「ああ」
「マッカル殿下、こちらにお座りください」
「ジョルドが幽閉されることは聞いているな」
「はい、聞いております」
議会では、国王の決め事を簡単に不意にした兄上の資質を問題視した。これで、次の婚約者が公爵家、最低でも侯爵家だったなら何とかなったかもしれない。兄上が選んだのは男爵令嬢のダリーニャだ。さすがに男爵家では王家を支えることはできない。
「ジョルドが婚約破棄は望んだが、幽閉されることは望んでいないと言っている。心当たりはあるか?」
「兄上の考えは分かりませんが、魔女に会うと言っていました。頼み事をする、とも」
心当たりと聞かれても僕が主導したわけじゃない。何かいつもと違うことを強いて上げるなら、魔女に会うと言っていたことだ。魔女に頼み事をしてはいけない、と必ず教わるのに。
「やはり、か」
「はい。本を持っていました。兄上が謹慎になった後は、スペシェが同じ本を持っていました」
「分かった。戻って良い」
「失礼します」
父上は何か予想していたのだろう。それを確実なものにするための確認作業だったのだ。それは分かるが、ユジェとの時間を犠牲にしてまで聞くことだったのか。僕が兄上のせいでユジェとの時間を削られていたことは知っているはずなのに。
別荘に遊びに行く日を伸ばして貰わないと割りに合わない。