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1.

 僕は、イリデナ王国の第二王子だ。

 継承権はあるものの兄が跡を継ぐから、形だけ王太子教育を受けている。兄上に何かあったとき国が揺るがないようにだ。


「魔女に頼み事をしてはいけない。これは必ずお守りください」


 教育係が最初に言った言葉だ。

 イリデナ王国には魔女がいる。それは、魔法も魔術も無い世界で、超常的な力を用いて願いを叶える。対価と引き換えに。


「魔女に頼み事をしたらどうなるの?」


「悲惨な末路を辿ったということは分かっております。どうか殿下。お忘れ無きように」


 誰に聞いても、頼み事をしてはいけない、悲惨な末路を辿るとしか返ってこない。王宮の図書室に所蔵されている本を読んでも、同じことだ。


 兄上は、これは王族に対する戒めだと言った。他力本願せず、自力で努力することの大切さを教えるものだ、と。だから悲惨な末路を辿ったと言いながら具体的な内容が一切無いのだ。


「兄上」


「マッカルか」


図書室(こんなところ)で何をしてるの? 今日は婚約者と観劇でしょう?」


「あの女とは、婚約を破棄するつもりだ」


「破棄って。父上が決めたことを僕らに、どうにかする権限は無いよ」


 兄上は何を言っているのか耳を疑った。解消ならともかく破棄となると、どちらかに疑いようもない有責が無ければ無理だ。しかも兄上の婚約者は、すでに王妃教育を始めている。国王不在のときに備えて、覚えることが山ほどあるからと前倒ししていた。


「分かっているさ。だから魔女に頼み事をするんだ」


「魔女って、いるはずないって兄上が言ってたのに」


「見つけたんだ。魔女への会い方。誰にも言うなよ」


 何か古い文献を持っているのは気づいていたが、嘘だと思って黙っていた。どうせ観劇に行かなかったことを父上たちから叱られるのだ。行かないことを知っていて止めなかったと、とばっちりを食うのはごめんだ。一応、僕は確認したし、それを無視したのは兄上だ。


「マッカル殿下」


「君は」


「モーリス男爵家のダリーニャです。あの良かったらお話できませんか?」


 呼び止めてきたのは、最近モーリス男爵家に引き取られた令嬢で、兄上のお気に入りだ。僕の婚約者でも無いし、名前呼びも許可していない。ときどき兄上が呼び寄せているのは知っていたが、ここまで恥知らずとは思わなかった。


「話することは無いと思うけどね。僕は名前呼びを許可してない」


「すみません。親しく慣れたらと思って」


「僕には親しくする婚約者がいる。君と改めて話をしなければならない理由が分からない」


 兄上が招いた客人扱いのため護衛たちは、無理に排除できない。監視目的で数人がついているから行動は父上に間違いなく報告されるから良いけどね。親しく慣れたらって言うが、慣れるほど付き合うつもりはない。


「妾にしたいなら正式な手続きをすれば良いのに」


 案の定、父上と母上の機嫌が悪かった。反対に、魔女に会えたのか兄上の機嫌が異様に良いという晩餐だった。次期王になるのは兄上で、予備が僕だ。弟は臣籍降下することが決まっている。


「ジョルド」


「はい、父上」


「今日、婚約者と観劇だったな。なぜ行かなかった?」


「お耳に入っていましたか。それなら話は早い。あの女とは婚約破棄をするつもりです」


「あの、女、ですって?」


 母上は食後に出された紅茶を兄上にかけた。まだ湯気が立っていたから熱いだろうなと、冷静に考えた。父上の命令に背くような発言を軽々しくした兄上を見て、弟は揶揄するような笑みを浮かべている。弟は、野心家だ。


「えぇ、父上や母上の目を誤魔化すことに注力していたようですが、私の前では人の風上にもおけぬようなことをしていましたよ」


「それが本当ならなぜ報告しない」


「しても、父上も母上も信じてくれないと思ったからです。だってそうでしょう。二人の耳に入らないように狡猾に立ち回っているのですから」


 父上と母上の目が届きにくいとなると、学院での出来事だが、こちらは学院に配備されている王家の影がいる。影は問われたときのみ答えるが、普段は記録するだけだ。このことは、王子教育で教えられるのだが、兄上は忘れているのだろうか。


「それは、いつのことだ? 我々に報告が上がらない。誤魔化せるとなると、王宮ではないはずだ」


「頻繁にありましたから特定するのは難しいですが、直近では先週です。昼食を共にしましたら色々と言っておりました」


「そうか」


「それは本当に先週なのね」


「はい、間違いありません」


 先週となると、僕も学院にいたし同じ時間帯に昼を食べていた。特に問題になるような発言を兄上の婚約者がしていたとは思えない。近くに座っていただけだから聞き取りにくいところもあったが、問題は兄上の方にあったと思うけど、口には出さない。


「愚か者が」


「恥を知りなさい」


「父上? 母上?」


「先週、昼食を共にした婚約者の家から王家に正式に抗議が来た」


 王家に抗議というと、よっぽどのことが無いと不敬だと捉えられかねないからしないけど、したんだ。それもそうだと納得する。だって、兄上は婚約者が同席している目の前で、別の令嬢を横に座らせていたんだから。


「抗議? 抗議するのは、こちらの方です」


「婚約者がいながら、別の令嬢と懇意にするのは、抗議されて当然です」


「母上。待ってください。私は次期王として幅広く交流しているだけです」


「幅広く、ですか?」


「はい」


 本当に幅広く交流しているのかは疑問に思う。それなら令嬢だけでなく、令息も含まれないとおかしいし、令嬢一人で幅広くというのは無理がある。母上は怒りに我を忘れているのか、新しく淹れられた紅茶を兄上にかけた。また湯気が立っていたから熱いと思う。


「なら、交流した子息たちの名を挙げよ」


「分かりました」


 そう言って挙げた名は、もともと兄上の側近候補に、お気に入りの令嬢と、とても狭い範囲で終わった。これで乗り切れると思えた兄上に脱帽ものだ。

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