第19話 我儘ですけど、なにか
「なぜだ!!俺の言っていることの何が間違っているというのだ!!何故俺のいう事に従わない!!」
驚く赤仮面を見ながら、姉上は再度ゆっくりとサーシャ様の頭を撫でる。まるで我が子を見るかのように優しい顔をしながら、姉上はサーシャ様を抱きしめてからこういった。
「大局的に見れば。。。。だよ。お前がやったことは正しいかもしれない。100年後か200年後じゃあ正義かもしれない。それぐらい先の人間の価値観じゃ、お前の考え方の方が適切だと思われるかもしれない。」
「同じことを三回も言うなよ。」
「なら何故!!!」
茶々を入れるスリーを無視して声を上げるレッド。そんなレッドを虫を見るかのような目で見つめる姉上は、ゆっくりと口を開く。
「でも、あんたは負けたんだよ。私に、というかファイーブの理不尽魔術によってね。勝てば官軍負ければ賊軍。弱肉強食。優勝劣敗。負けた奴は問答無用で悪いのよ。だからあんたのしたことは全部悪になる。今この瞬間の貴方は悪なのよ。」
姉上の言葉を肯定するかのように続けて話すスリー。
「俺達は正義の王国の王子だからぁー。俺達は悪に屈するわけにはいかないのですぅー。ですからー、悪の言い分を聴くことは誠に遺憾ながら出来ないのですぅー。それが国家の中枢に立つ者の責務なんですー。」
「王族は正義の味方だからね。だから心から申し訳ないけど、アンタの傍には立てないわ。」
「ごめんね!」
全く申し訳なさそうに見えないアルカイックスマイルを口に浮かべて姉上はレッドに親指を立てる。堂々とこれ以上ないぐらい下に向けて。
「お前たちは立つ正義を間違えている!俺達が正義だ!!教会こそが善なる存在だ!」
まるで母に裏切られた幼子のように絶望した顔でフォー姉上を見るレッド。姉上はそんな彼を見ながら彼の赤い仮面を手に取り、にっこりと笑う。
「大丈夫。今この場ではアンタの全ては悪として処分されるから。ちゃんとそうやって処理してあげる。そうね、貴方は抵抗組織になりたがっていたようだから、『王国と獣国の仲を嫌ってサーシャ様を狙った抵抗組織に属する誘拐犯』として処理しておくわ。できますよね兄上?」
「大丈夫。大丈夫。俺そういうの得意だから余裕でいけるよ。これで教会はハッピー。俺は教会に貸しを作れてハッピー。王国もハッピー。互いにハッピーしか無いね!」
「抵抗組織のハピネスはガン無視されていますけどね。」
「気にするな。」
兄上の言葉を聞いておどけたように肩をすくめた姉上は、仕方が無いと言わんばかりの口調でレッドマスクに話しかける。
「そういうこと。だから悪者として、、、、、、、ね?」
朗らかに見せつつも、見せつけない。華美よりも清廉。笑っているようで、寂しげで。薔薇ではなく蒲公英のように控えめでありながら、それでもなお閑麗で。
僕が今まで何百何千何万回と見てきたそんな笑顔を顔に貼り付けて、フォー姉上は静かにこう言った。
「安心して死にな。」
スパン!!!
瞬く間に振りぬかれたシェードさんの神速の腕は鎌となり、広大な血飛沫を齎しながらレッド=ホワイトマスクの首を消し飛ばした。
姉上は震えるサーシャ様の手を握りながら、それをただ眺めているだけ。地面に飛び散る臓物。大机ほどの広さの血だまり。所々の壁に刺さる人骨。
それらを見て姉上は唇を震わせながらポツリと呟く。
「‥‥これ、後片付けどうしよう。」
「うん。」
「絶対後で文句言われちゃうわ。あの子達、誰かさんのせいで機嫌悪いのですよね。」
「…服が血塗れ。汚ねぇ。」
「何を今更。」
「今更!?それってどういう意味かなフォー!?」
「それよりシェードちゃんはどうして私に血が被るような殺し方をしたのかなー?ちょっとお話しよっかー。今月のお給金について詳しく相談しましょうねー。」
「だってフォー様私のこと禿げって言ったもん。。。」
「言ってなくない!?アンタ今もしかして被害妄想で嫌がらせしたの!?アンタ今すぐこっち来なさい!!お給金について話があるわ!!」
「いや待って?俺は?俺はどうなの?俺の方がガッツリ血がかかっているんだけど。」
何事も無かったのかのように、いつも通り。声、表情も、話も何もかも。ただの日常生活のように、彼等はいつも通りだ。
「どうでもいいじゃないですか。自分で取ってくださいな。」
「どうでもよくはないよ!?血糊って全然取れないんだよ!?というか俺には殺すなとか言っておいて、フォーはあっさり殺すのはなんなの!?理不尽じゃない!?」
「正当防衛よねー。しゃーない、しゃーないです。切り替えていきましょう。」
「まあ、狂信者はあれ以上口割ることは滅多に無いし、首ちょんぱが経済的だけどさぁ。。。」
震えるサーシャ様をぎゅっと抱きしめながら、なんでもないかの様に話す姉上とスリー。
「あ!それよりフォー、久しぶりに蹴球しようよ!!二回蹴ってから相手にパスね!」
スリーが生首を蹴り上げ、明るい声を発する。
「しませんよ?」
「先に落した方が負けね!!」
「嫌ですよ。」
「ほれ!」
「嫌だって言ってんじゃん。話聞けよ。」
拒絶しながらも、胸でトラップし、慣れた手つき(足つき?)で生首を蹴る姉上。中を飛び交う頭からは、蹴られるたびに鈍い音を発する。
「おお~、上手だね。」
ボン。
「生首だと頭蓋骨が足に当たって痛いから嫌なんですよ。。」
ゴン。
「ほいっと。でもさ、蹴球楽しいじゃん。」
ポポン。
「そうですか?私は運動全般が苦手なので好きとは言えないです。」
ドン。
「ええ~。折角上手なのに勿体ない。」
ポンポンと、顔であったものは蹴られて傷だらけになっていく。眼球が飛び、脳漿が見え、歯が欠けていく。
そんなリフティングを続ける彼等は、穏やかに話をする。
いつものように。
なにもないかのように。
僕にはそれが、不気味に見えて仕方が無い。




