第18話 言わずもがなノアの箱舟
「話出来ない系の脳筋ではありましたね。」
姉上はそう言い、続けて言葉を投げかける。ホワイトマスクは依然として兄上と姉上を睨みつけたまま。そんなホワイトマスクをゴミを見るような目つきで姉上は問いかける。
「その大地が燃え尽きるっていう考えが未だに理解できないのですけど?」
「どこがだ!!何故理解できない!!!」
「いや。常識的に考えて‥‥。」
「常識!?常識だと!?お前はそんなものに縛られているのか!?」
僕には理解できないが、姉上はまだホワイトマスクの理屈を知ろうとしているらしい。無駄なことだと僕は思う。所詮は狂人の言い分だ。理論なんてあったものじゃない。
現に今、姉上の問いかけはホワイトマスクを助長させているだけ。
「神がもたらしたものはなんだ!思い出してみろ!」
「なんですか?教えて兄貴。」
「『この世界』とかじゃね。神話って大体そんなこと言っているじゃん。それよりもフォーに兄貴って言われたの生まれて初めてな気がする。」
姉上と兄上の返答を聞き、眼を見開いた男は大きく口を開ける。
「魔法!神器!遺跡!種族!聖樹!命!大陸!第一章でこれだけある!」
縄が皮膚に食い込み、所々肌が裂かれ暗赤色の血が滲みでるも気にせず声を張り上げるレッド。
「全てが聖書通りに描かれている!冒険王が森人の住処に辿り着く前から、聖樹の存在は詳らかに記されていた!鉱人の所有する神器もだ!種族もだ!俺達純人が出会う前から全て聖書に記されていた!純人族が発見する遥かに前からだぞ!これだけの根拠が合って、その信憑性を疑う方が過ちだ!」
縄は赤く染まり、目は血走り、口からは白い泡が飛び出るもなお主張を辞めない。
「論理的に考えれば分かるだろう!今まで聖書に載っていたことは真実だった!なら同じく『大地焼失』も真実だと思うのが自然だ!」
「・・・・そう言われると正しいと思う気がしてきた。」
「ちょろ。兄上ってカルトセミナーとかに参加したら瞬殺されそうですわね。」
「冗談だよー。別に『大地焼失』が真実だとしても害虫が獣人達を指すとは限らないでしょ」
「少なくとも我々人類ではない!」
スリーの指摘に即座に反論するレッド。その反論を聞いてフォー姉上は成程と呟いて口を開く。
「もしそうだったら大地はとっくに焼け焦げている筈ですものねー。何せ大陸の殆どはⅠ型純人が住んでいますし、人口比でもファーストタイプが圧倒的だもの。」
「そうだ!」
「それでそれで?そっからどうつながるんだ?」
先ほどからスリーは意見を言わず、合いの手を入れるだけ。
二人は何故この男の話を真面目に聞いているのだ?どう考えても出鱈目だ。大地を焦がす魔術なんて聞いたことが無い。純人族以外が害虫だなんてありえない。
「『害虫』は我々純人ではない!だが他の種族がそうである保証はない!」
「保証できないのなら殺す必要があると?」
「それが一番確実な方法だ!もし間違えれば大地が焼けるのだぞ!」
「成程ねー。大地焼失は大きなリスクだしな。おいそれと無視することは出来ないからそうならないように保険を掛けると。」
スリーと姉上が積極的に反対しないからか、先ほどよりも大きな声で持論を叫ぶ赤仮面。二人は、この聞くだけでも不愉快な主張をなぜ辞めさせないのか。
…もしかして赤仮面の意見に同調している?そんな馬鹿な。
「お前らも王家として国を導く者なら分かるだろう!少なきを切り捨て多くを救う!これが最善手だ!俺達の役目を忘れるな!俺達は民を、同胞を生かすためにある!そのために他種族など切り捨てろ!一を捨てて九を助けるのが導く者の責務だ!」
「筋は通るねー。」
うんうんと頷くスリー。
…嘘だろ。
「私には、異種族の子供を殺してでも守りたい家族がある!それを守る為なら私は喜んで汚泥を啜る!それだけの覚悟と責務が私にはあるのだ!自分を信じるものの為に非情な判断ですら厭わない!それが上に立つ者の最低限の決意だ!」
「立派立派。すごいすごい。」
「その獣人を寄こせ!お前らも兄弟がいるのなら分かるだろう!守るべき国民がいるのなら分かるだろう!これは権利ではない!俺達にはそれをする義務がある!」
レッドの気迫に、びくりと体を震わすサーシャ様。スリーはそんなサーシャ様を見向きもせずに問いかける。
「なるほどね。。。。で、どうするフォー?」
「こいつの話の筋は通りますね。王族云々の義務についても反論はないです。寧ろ同感、というか共感できる点しかありません。」
は?
今、姉上はレッドマスクの戯言への賛成を示したのか?
そんな馬鹿な。けれど、冗談であってくれという僕の期待を裏切るかのように、爽やかな笑顔で姉上はレッドマスクの顔を見る。
「成程というか、今まで教会の意味不明な行動にも少しだけ納得がいきましたね。クソカルトだと思っていたのに、大地に住む生物を救う為、いや世界全体の安寧を維持する為だったとはね。少し見直しました。」
それを聞き、顔を明るくする赤仮面野郎と、首をしきりに縦に振るスリー。
「てことは?サーシャ様を引き渡す?」
にこやかな笑顔で問いかけるスリー。そして感動した表情で二人を見つめる男。
そして姉上は、とても憑き物が落ちたような顔で口を開く。
「だが断る。駄目。断固拒否。」
「なに!?」
「だよねー。」
「当然でしょ。」
驚愕する男。スリーは分かっていたかのように、肩を竦める。
姉上はサーシャ様を庇うかのように彼女を背中に隠し。そして不安気に姉上を見るサーシャ様は、ぎゅっと姉上の服を掴みながらも顔を姉上に押し付ける。
そんなサーシャ様の頭をなでながら、姉上は口を開く。
「いや、なぜ引き渡すと思ったのよ。」
そう言った姉上の顔は、心底不思議そうだった。




