第12話 怖い姉
僕が尊敬してやまない姉上。僕が軽蔑してならない兄。二人の間には一体何があるのだろうか。
二人について考えていると、思い出したかのように声を掛けてくる姉上。
「それで、ファイーブ。」
「なんですか姉上?」
「腐王クサルンには魔族の証である黒角が生えていたのね?」
「え、ええ。でも黒い角が生えているだけで魔族と断定するのは時期尚早ではないかと。。。」
黒い角なんて角兎にだって生えているし。しかし姉上はそんな僕の言葉を聞いて、思案する。
「…そうね。でもそういう問題じゃないのよ。もし魔族じゃなかったら『ああ良かった』て安心すればいい話なの。問題なのは魔族だった時。もし魔族だったなら魔王が復活している可能性が高くなるわ。」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって、アンタねぇ戦史でどれだけ言われてきたと。。」
そういって僕を怒鳴り付けようとして姉上だが、ふと我に却ってように声を抑える。そして僕の頬をグニグニと掴んでは伸ばしてこう呟いた。
「そういえばアンタはまだ学園で戦史を習ってないのね。。」
「い、いひゃい。。いひゃいでひゅあねうえ。。。。。」
あ。それ再来年習うって聞いた。
あとほっぺた痛い。やる側は気持ちいいかもしれないけど、やられる側はマジで痛いから。
それでも依然としてグニャグニャと頬を弄繰り回す姉上。痛い。
「アンタのしていることを聞くと、本当の年を忘れてしまうから嫌だわ。。。」
「は、はははは。」
『本当の年』という言葉に思わずギクリとしてしまう僕。そんなこと姉上が分かる訳ないのに。杞憂だと分かっていてもつい、ね。。。。
深き溜息をついた姉上は、そのまま僕の方を見る。
「…軽く、本当にサラッとだけ触れておくけどね。」
「は、はい。」
「457年前の人魔大戦。辛うじて勝利した人族の人口は12分の1にまで減少し、草地は毒で100年は汚染されていたと言われていたのよ。対策をしないなんてありえないわ。」
姉上の言葉に、事の重大性を知った僕。確かにそんなことされたら過剰な反応したくなりますよね。でも、それ以上に僕には聞きたいことがある。
「魔族に毒って効かないのですか?」
「いい質問だねファイーブ。スリー兄ちゃんが調べたところ、優しい言葉、が毒になることもあるらしいね」
「精神的なものだろ。いいから黙ってろゴミが。」
スリーがしょうもない冗談を言うも、姉上に一蹴。そして姉上の言葉によれば、千差万別。効くのもいれば効かないのもいるのだとか。
「まぁ、教会の聖水とかは必ず効くらしいわね。」
「へぇ。。。」
そういうことを授業で習うのかな。
「まぁ教会の権威付けが流したデマでしょうけど。」
!?
「ああ、正確には光で浄化してればなんでもいいんでしょ。」
「賢い商売ですよね。しかも光の浄化術式は教会が占有してますから、バレっこないでしょうしね。」
ちょっと!?サラッと世界の常識を崩すようなこと言わないで!?
「にしてもあの神童と名高い第五王子がこんなにも女子に弱いとは思わなかったよ。女の子の為に腐王が魔族である可能性も無視して命を賭した争いをするなんて。人間だれしも弱点があるんだね。」
ニタニタと僕の顔を覗き見るスリー。反吐が出る。どうしてこんなにも性格が悪い人間が生きているのだろうか。どうして誰も彼を処罰しなんだ。
「・・僕は神童じゃありませんよ。何度も言ってきているじゃないですか。」
嫌悪感を露にしてスリーに答えるも、彼ら(何故か姉上も)は肩をすくめておざなりに返事する。
「はいはい。そういうことにしておくわ。」
「天才の謙遜乙ー。」
慣れたように僕の言葉を処理する二人に思わず気を悪くする。
「なによ?」
「・・・僕は天才じゃないです。ただの一般人です。」
「はいはい。前人未到の軍隊級潜在魔力保有者で、災害弐級精霊を手懐けて、全属性持ちで、政治に精通していて、齢半年で言葉を発した王子様で、かつ一般人を装いたいのね。分かった分かった。」
違うのに。。。。。
僕は天才じゃないのに。。。。。
彼女達は何故、僕を天才のように扱うのだろうか。本当の天才は、僕程度では足元にすら及ばないというのに。
僕が今まで成功してきたのは運がいいからだ。
偶々王族と言う金を持つ家に生まれ、偶々権力者の家に生まれ、偶々誰よりも早く自我を持ち、偶々誰よりも多くの失敗をしてきた。
偶然前世の記憶を持って生まれて、偶然容姿が優れていて、偶然初期魔力量が多くて、偶然良識のある家に生まれた。
僕は運がいいんだ。恵まれているとしたらそれは才能ではなく運だろう。
そんな僕が大きな結果を持って帰ってくるのは、それも運がいいからだ。
天才と言われる謂れはない。
僕は必死にそう弁明する。それを聞いて口を開いた姉上は・・・
「そっかそっか。どうでもいいわね。」
「ファイーブは天才って概念に劣等感に満ちた信仰を抱えているからねー。正直天才ってものを万能か何かと勘違いしているんじゃないって常々思うよ。」
姉上の言葉に便乗してスリーは述べる。そんなスリーの鳩尾みぞおちを肘で撃ちながら姉上は話を進める。
「まぁ、貴方が何を言いたいかは分かったわ。ようは天才って言わなきゃいいのでしょ。これからは天才って言うの控えるわ。」
「姉上・・・」
やはり姉上は話せばわかる人だ。
「でも例え運がいいとしても勝手に国宝の所有権替えたり、未発掘エリアを踏破したり、商人や貴族に喧嘩売ったりしないでね。」
「あ、はい。」
それには何も言い返せない。僕の所為ではないけれど、ぐうの音も出ない程の正論なので何も言えません。
しかし、本論はそこではないのだろう。彼女はにこやかに笑いながらも僕の目を見る。
「でも。それ以上に絶対に、」
のたうち回っていたスリーも顔をあげる。
「「戦に巻き込まれるな。」」
一言一句同じ言葉を重ね紡ぐ二人。
耳に胼胝が出来るほど言われてきている言葉。もうイントネーションまで真似ることが出来るほどだ。
でもそれを話す時の二人の目は。
冷たいとか、暗いとか、そういった次元の話じゃなくて。
ただただ虚無で、怖い。
「分かっているならいいわ。」
「分かっているならだけどな、ファイーブ。」
代わる代わる言葉を畳みかけてくるフォー姉上とスリー。
「勝手に国の所有物や歴史、財産を崩すのはいいわ。いや、良くは無いけれど、なんとかなる。何とかして見せるわ。」
「かっくいー。」
「カスは黙ってろ。」
「ひどい。」
スリーを叩くフォー姉上だが、その眼は依然としてコチラにむいている。
「商人や貴族に喧嘩売るのもいいわ。それが法に則ているのなら。」
「そこらへんは俺が何とかして見せるよー。安心していいさぁ。」
またもや合いの手を入れるスリーを片目で見た姉上は、そのまま話を進める。
「スリー兄上の性根は最悪だけど、」
うん。
「きわめて最悪だけれども」
二回言ったね。
「すっっっっごく最低だが腕は確かだ。だからそこは信用していいわ。」
三回も同じことを言いながら、姉上は言葉を続ける。
「だから私はあまり支援はできないけれど、貴方がそうしたいなら好きにすれば良い。偽善で嫌いな人を殴って成敗ゴッコ。やればいいんじゃないって話よ。」
そして今度は無言のスリーとは対照的に強く言葉を放つ姉上。
「けれど戦火は別。これだけは連れ込まないで。例え貴方がそれを悪だと断じようとも、それを許容できずとも、貴方だけの考えで巻き込まないで。」
「そのための議会。そのための政治。あなた一人の意見で国の進む道を決めないで。」
「‥‥。」
「分かった?」
「・・・・・」
「ファイーブ?」
姉上の猛々しい言葉と、その威圧に、僕は思わず目を反らす。けれど姉上は、例え目を反らそうとも、僕の目を覗き込むように見てきて返事を迫るんだ。
「ちゃんと約束なさい。」
「・・・でも。」
脳裏に浮かぶのは、エルンのこと。エルフの王女で、僕の親友。
彼女は話してくれた。自身の国の紛争の事。自身の家族が今どれだけ悲惨な目に遭っているか。自分は平和に暮らしているが、家族に対してどれだけ歯がゆい思いをしているか。
できることなら助けてあげたい。
「おい。」
そんな僕の想いを見透かすかのように声を掛ける姉上。地の底を這うかのような低い、恐ろしい声。脳裏に浮かぶのは、命乞いをする侯爵の生皮を剥ぎ、彼の娘と妻を釜茹でにした悪魔の姿。
「忘れるなよ?私は、平和を乱す奴は潰すと、宣言したからな?」
一言一言を、銃弾を装填するかのように重く、けれども丁寧に発する姉上。圧が、畏怖が、この場を支配して僕は動けない。
「私が宣言する時は、マジなんだよ。」
「私は、宣言したことは絶対に守るんだよ。」
「・・・了解です。」
フォー姉上は、平和主義だと呼ばれている。
僕はこれが最高の考え方だと思っていた。皆仲良く、兄弟なんだから殺し合わずに生きていけばいい。兄上みたいに他者を蹴落とすのではなく、傷つけず、協力して生きていく。
そうすれば全体で見てもプラスであるし、どうして彼等は争うのだろうかとさえ思っていた。姉上のように平和を掲げ、皆で解決に向かって頭を突き付けて考えていけばよい。そう思っていた。
あの日まで。
あの日に僕は姉上の『平和主義』という考え方を知った。あの拷問は忘れようにも簡単に忘れることは出来ない。
僕も仲良くしてもらったことのあるエナンチオマー侯爵。父上と仲良く盃交わすエナンチオマー侯爵。姉上だってそれを知っている筈だった。
それを姉上は容赦なく処刑した。しかも彼の目の前で彼の血族全てを拷問にかけ、惨たらしく殺すという過程を挟んで。
その理由が自身の箔を作る為というのだ。
これで姉上を嫌いになるほど僕は薄情な人間じゃない。
けれども。
もう姉上を。
昔のように尊敬して見ることは出来ない。




