第11話 四姉
そこから宰相の髭がどうとか、新作の甘露がイマイチだとか雑談を交わしながらも、僕はスノーと別れて食室に向かう。
その間も先ほどのスノーとの会話が一時も頭から離れない。
なぜ皆して僕を天才だとか言うのだろう。僕は普通の少年なのに。
前世から何もできなかった自分が今更天賦の才を持っているとは思わない。そんな器量があるとは思っていない。だって中身が前世の僕なんだ。
皆は僕が何よりの才能があると思っている。天才だと思っている。でもそれは皆が努力していないだけだ。だって中身は、魂は凡夫と一緒なんだよ。
百歩譲って体がファンタジーでチートなニューゲームハイスペックボディだったとしても、中身は僕のまんまなのだ。うだつが上がらない前世の僕と何も変わらない。
努力すれば誰だって僕と同じくらいになれるさ。前世と同じようにね。
前世で何もできなかった僕が、生まれ変わっただけで聖徳太子のようなリアルチートになれるほど人生甘くない。人生は、そこまで甘くないのだ。
もう夢は見ない。油断もしない。僕は僕らしく、ゆっくりと、丁寧に生きていくんだ。
そんなことを思いながら夕飯を食べていると、正面に座る女性が僕に問いかける。
「・・・となるのだけど話を聞いているのかしらファイーブ?」
僕の姉。第四王子ことフォー様だ。
「はい姉上。借用書の詳細と、その原本は恙無く保管しております。」
「そう。話を聞いているのならいいわよ。」
小麦のように美しい金色の髪に、陶器のように滑らかな肌。そして静穏な蒼色の瞳。そんな容姿の姉上は、僕の言葉に素っ気なく返事する。
いつも通りだ。
「姉上。」
「なに?」
「改めてお礼を言わせてください。スノーの借金を建替えてくれてありがとうございます。」
「べつにいいわよ。きちんと金を返してきたのだから。」
僕の謝辞を聞いているのかいないのか、姉上は食事の手を一切止めることなく淡々と言葉を発する。
これもまたいつも通り。
この方が僕の姉の一人、フォー第四王子。
フォー姉上は分かりにくいがとてもやさしい方だ。
スリー兄上に謀略によってスノーの実家が借金地獄に陥っても、快くお金を貸してスノーの借金を肩代わりしてくれた。
借金の追撃としてくる様々な第一王子派からの攻撃を止めるようにスリー兄上と話をして、ワーン兄上にスノーへの殺害依頼を止めるように要請してくださった。
焦って金を稼ごうと僕とスノーを止めて、返済プランを組み立ててくれたのも姉上。その上借金は無利子で良いと言ってくれた。しかも期間はナシ。生きているうちに返してくれたらよいと。
腐王クサルンを屠って得た報奨金も、すぐには借金返済には充てず、まずスノーの実家であるドレイク家の立て直しに使うように助言。その後余裕が出来てからゆっくり返せばいいとも言ってくれた。
優良闇金だ。神対応すぎる。
感謝してもしきれない。
でも太っ腹て誉めたら駄目らしい。太っているて言われているみたいで嫌だって言ってた。可愛いかよ。
優しくて、困っている人を助けることに何の躊躇も無くて。尊敬していた姉だ。
でも太っ腹と言ってはいけない。
「あのね、二人とも。」
そしてそんな僕らに水を差すかのように耳障りな声を発する男が一人。
「‥‥何でしょう?何か文句でもありますか?」
「いや、文句はないのだけどね。でも俺の作戦を潰した現場を目の前で見せないでくれます?」
僕らに声を掛ける一人の男。中肉中背。くすんだ金髪にどす黒く濁った紺色の目。値段だけは張る悪趣味な魔具をじゃらじゃらと、下品に身に着けているその男はにこやかに笑っている。
そんな男に姉上は問いかける。
「嫌なのですか?」
「当たり前でしょ!?結構頑張って準備した罠なんですけど!?どれだけの下準備したと思っているの!!コネも金もガンガンつぎ込んだんだよ!?」
僕と姉上の間、つまり斜め向かいに座る男はヒステリックにそう叫ぶ。彼の皿だけ他とは異なり、豪奢で華美。その品で一体幾らの民を救えると思っているのだろうか。
そんな男に姉上はそっけなく答える。
「でしょうね。そうじゃなければ国属の公爵家を取り潰そうなんて真似できないですもの。」
「でしょ!?フォーは俺の苦労を分かってくれるでしょ!?」
姉上に必死に自らの悪事を伝える男は、まるで自分が被害者であるといわんばかりに手を顔に当てて、悲痛満ちた声を絞り出す。
「なのにポンと金を返されてさ。。。。愕然とした俺の気持ちを察してくれないかなぁ。。。。」
「マジでどうでもいい。。。」
そして彼の前でだけ姉上は、ちょっとだけ素に戻るんだ。
彼は僕の大事な友人を罠に嵌めた張本人。フォー姉上と同腹の兄、スリー第三王子。
よくもまあ僕の前に顔を出せたものだと思う。恥ずかしくないのだろうか。僕はこいつを見れば今でも怒りがふつふつと湧いてくるというのに。
「姉上も、なぜこんな奴と一緒に食事をとるんですか?」
「アンタもメンヘラちゃんみたいなこと言うわね。」
し、失礼な。
でも姉上は僕の抗議の目線を無視して話を続ける。
「アンタが嫌いな人間と飯を取ろうが取らまいとそれは私の自由なのよ。」
「ちなみにフォー。それは兄を尊敬している的なツンデレ理由ですか?」
「寝ぼけんなゴミ。テメェらがどちらか一方の派閥とのみ食事すると煩いからでしょ。そんなの無かったら誰がお前となんか飯食うか。不味くなる。」
姉上の辛辣な言葉にまたもや大袈裟に目頭に手を当てるスリー。僕は姉上にあんな暴言吐かれたらショックで寝込むけど、他人が言われているのを見ると胸がすく。
「・・・そんなこと言わないで。俺泣いちゃうよ?」
「おう泣けよ。シェードもお前が泣く姿見たいって言ってたわよ。」
フォー姉上の隣で控えている側近のシェードさんはうんうん頷いている。ここまで露骨に嫌がる側近もいるんだね。。。。。いい気味だ。
「・・・酷いよフォー。」
「いいから泣けよ。ほら泣けって。泣くんだろ?泣けよ。」
姉上は優しくて冷静だ。ただし冷静で優しいからと言って穏やかな人間とは言ってない。
「・・・ぐすぐすぐす。」
「そんなウソ泣きじゃなくて号泣しろ。懺悔しろ。私に今までのことを全部謝れ。」
しれっと要求をすり替えていく姉上。いいぞもっとやって下さい姉上。
「なんなら私がアンタを串刺しとかどうよ、これで泣き喚かない奴はいませんよ。」
「俺フォーの兄ちゃんだよね?そんなぞんざいな扱いに断固抗議するよ!」
まるでじゃれているようだが、姉上の眼を見れば分かる。あれは本気だ。本気で思っている目だ。
こんな様子の二人だが、兄上と姉上の仲がいいのか悪いのか。僕にはそれが分からない。一度聞いてみたことがあるけれど、姉ははっきりと嫌いだと言っていた。
そしてスリーは家族全員を愛していると言っていた。コイツはどうでもいい。
問題は彼等の本心だ。
僕には、姉上と兄上にはそういう嫌悪感を抜きにした尊敬というか、信頼があるように思える。互いに互いを尊重し、快不快を超えた敬意が、二人の間にはあるように見えるのだ。
13年間、二人の弟をしているとそんな風に思ってしまうのだ。
羨ましいかと言われたら、微妙だけどね。
姉上には、普通に優しく接してもらいたいし。




