第9話 嗚呼おさななじみ
「ファイ!!」
黄昏れながら寝そべるなんていう青春ゴッコしていると、絹のような声が店内に響き渡る。声の主は下からかな。
ペルにも聞こえたのか僕の方をしっかりと見ている。
「坊?迎えがきたぞ。」
「分かっているよ。」
あれだけ大きな声だと聞こえるか。
僕もペルも何度も顔を合わせたことがある、友人の声だ。
「ここにいるのは聞いておりますわ!!さっさと出てきなさいファイ!!」
僕の幼馴染にして親友、スノー。彼女が僕を尋ねてきたのだろう。
「毎回思うけど、なぜスノーはここが分かるんだろう?この『ヤーマ』て店は移動式なんでしょ?」
移動式っていうのも十分ツッコミたいところだが、その移動場所を探し当てるスノーはどうなんだ。人間探査機か。
僕の疑問にペルは笑いながら返事する。
「頑張ったんじゃないのかえ?それこそ流行りの『愛ゆえに』てやつじゃろうて。」
そのセリフマジで年寄りみたいだね。口には出さないけど。
「そんなに年寄り臭いかえ?」
バレてる!?
「いやいや!!そんなことないよ!!今を生きる最先端のナウでヤングな子みたいなこと言ってたよ!!」
「坊も年寄り臭いのぉ。。。」
折角好きな子の好感度を上げようと必死にフォローしたのに、逆に憐憫と同情の視線を向けられた。解せぬ。
「それにしてもあの娘っ子は本当に坊のことが好きじゃのう。。。」
「夫人の病を治したからかな。でも栄養バランスを考えて食事をとって貰っただけなんだけどね。。。」
「お、おう。それで治るような病じゃったのか。」
一応この世界でも栄養っていう考え方は浸透している。詳しい原理とまでは言ってないけれど、経験則で分かっているんだよね。
・・・・言いにくいんだけど、それを怠った夫人は正直。
僕への感謝より前に、改善するべき点はあるでしょう。
「だから僕を救世主の様に扱うのはよしてほしいんだよね。」
僕の言葉に対し、ペルの顔は渋い。
「娘っ子の好意を無下にするのは関心せんがのぅ。」
「ぺルはただ面白がっているだけでしょ。」
「そうとも言うな。人の恋路を見るのがこれほど面白いとは。アイツ等が妾の罰を受けても尚おちょくってくる理由が分かるわ。」
「。。。。。」
罰、受けているのにやっているんだ。それは知らなかった。
「ほれ、さっさと行かぬか。あんな良い娘を待たせるなんて男としてほんまに。。」
「ほいほい。」
小言から逃げるように外にでる。ぺルの部屋から出て、階下に下り右折してそのまま30m直進。そこには店の女の子と喧嘩している僕の幼馴染がいる。つまり入り口に着く。
「‥‥ですから、関係者以外は立ち入り禁止なのですと何度も」
「五月蝿いですわ!!私は冬公爵の娘ですわよ!!ただの平民が口答えできる立場には御座いませんよ!!」
「いえ、ですから。。」
「お二人とも落ち着いて。。。」
入口には、やっぱりスノーがいた。新入りだろうか?姉妹と見られる二人と、スノーの対応をしている。
「やっほ、スノー。」
そこにいる少女は僕の顔を見るなり、顔をぱぁっと輝かせる。
「ファイ!!!」
「久しぶりだね、スノー。どうしてここに?」
「お勤めが終わって、偶々ファイーブがそこに入るのを見たのですわ。」
スノーは、名前が示すように雪のような女の子。白の肌に純白の髪をした僕の親友だ。前世で見れば二度見間違いなしの少女。雪の精のような華憐な姿に見とれる人もいるだろう。肌と髪の色にドン引きする人だっているだろう。でも今世じゃこういう髪色が普通なんだ。
皆がコスプレ万歳みたいな恰好と容姿なんだよね。
そんな失礼なことを考えている僕を見て、スノーはきょとんとした顔で僕の眼を覗き込む。
「どうしましたの?」
「相変わらず透き通るように綺麗な髪だなって思って。」
「ふふん!いいでしょう。」
「うん、綺麗だよスノー。」
「‥‥あうぅ。」
僕の言葉にスノーは俯いて下を見る。ふむ、どうしたんだろうか。僕はただ、髪を褒めただけなのに。
こんな世界なのに黒髪は悪魔の生まれ変わりとかマジ意味分かんないよねこの世界。じゃあ青色とかどうなんですか!?海水の生まれ変わりですか!?それとも空の生まれ変わりですか!?そこんとこどうなんです先生!!
しかも僕みたいにちゃんと生まれ変わっている奴がいるから一笑にふせないのが性質悪い。
そんなことを思いながら顔を輝かせるスノーを見る。彼女はつい前世の妹を思い出させる。あいつは元気かなぁ。僕みたいに変な企業に勤めていないといいけれど。
僕の視線に気づいたのか、スノーは自慢げに胸を張って口を開く。
「今日のお勤めは早く終わりましたのよ!」
「それは良かった。お疲れ様。」
「あれぐらいなら余裕ですわ!それに苦痛どころか楽しいですし!」
今スノーが言ったお勤めとは雪巫女の祈祷のことだ。
雪巫女とは国の天候『降雪』を司る雪龍と唯一想いを通わせることが出来る人間。
「降雪だけとかwwwしょっぼwwww」とか笑う人がいるかもしれないけれど、雪龍の降らせる雪はもう豪雪なんだ。ガチれば王国全土がツンドラ地帯に一直線どころか瞬間変化だ。
夏に大雪が来ても困るし、冬でも頻繁に-25℃とかになられたら国がしっかり亡んじゃうんだよね。寒いから凍傷云々は勿論のこと、交通網の麻痺に加えて寝たら凍え死ぬし作物も動物も全部駄目になっちゃうからどうしようもない。だから雪龍とお話できる雪巫女が国の存続を決めるって言っても過言じゃない。
そんな相手を借金漬けにするなんて兄は国のことなんてどうでもいいのだろうか。どうでもいいからするのだろうね。
「それでどうしてスノーはお店の前で大騒ぎしたんだい?」
「そりゃあ、私だってそんなことしたくありませんでしたけど。。。」
「けど?」
恐る恐る言葉を選ぶスノー。まるで僕が怒っていると思っているかのようだ。
「今晩はフォー様に夕食の招待がされていますのよ?王族の招待に遅れるなどという粗相は幾らファイーブでも許されません。」
成程。それでお店の人に高圧的な態度をとってまで僕を連れ出そうとしたわけか。
「準備は出来ているから大丈夫だよ。」
「そうですけど。。。でも万が一でも忘れていたらと思うと。。。」
しょぼんとしたスノーの顔を見て心が痛む僕。
‥‥やっちゃった。13歳の少女にマジレスする元成人男性。控えめに言ってカス。大人げないとかいう次元じゃない。シンプルに屑だ。
そんな自己嫌悪感を紛らわす為に、猫撫で声で声を掛ける僕。
「時間も遅いしもう帰ろっかな。さ、一緒に帰ろうかスノー。」
「・・・・ええ。」
「坊はモテモテですね。。。」「羨ましいなぁ。。」「私もモテたい。。。」「美少女。。。。」「ナデナデしたい。。。。」
そしてそんな僕をみてそんなことをほざく店の子達。いつのまに集まっていたんだ。それに君達は僕がぺルのこと好きなの知っているよね?雇い主の反感を買いながら煽っているんだよね?
スノーと僕はそういうのゃないし。前世で考えるとスノーは孫くらいの齢だ。流石に恋愛対象にはならないし、できない。
「ん、どうしたのスノー?」
服の裾をひっぱりふくれっ面で僕を見るスノー。リスみたいで可愛い。
「いいえなんでも。…ファイは私よりもあの女が良いのですね。)
スノーはぼそりと小声で呟くが、残念ながら僕には聞き取れなかった。
「何か言ったかいスノー?」
「いいえ、何でもありませんわファイ。」
そっか。
夕焼けを見ながらスノーと共に王城に戻っていると、唐突に彼女が僕に尋ねてきた。
「ファイはまだ身分を明かしていませんの?」
店の女の子達に僕が王子だと言えばあの無礼な人間達を一掃できるのにって顔だ。スノーはなんだかんだ言って貴族の娘だから、こういった身分には煩いんだよね。
これが貴族として健全な証。
僕と価値観がちょっとだけ相いれない部分だ。
「当然言ってないよ。」
「どうして?」
「言う必要が無いからさ。」
僕の言葉を聞いて思案するように顔に手を当てるスノー。
「‥‥怖いんですの?」
んぐ。思わず顔を引きつらせる僕。顔面に振りぬき右ストレートを喰らった気分。
「・・・どういう意味だい?」
「第五王子だと、煙たがれると思っているのでしょう?」
「ははは、そんな馬鹿な。」
乾いた声しか出ていないのを自覚しながら、それでも白を切る僕。そしてそんな僕を見るスノーの目。スノーは見抜いているのだろうなぁ。




