第7話 章に出て
夜。
ジアゼパムファミリーは、幹部全員を潰せたとかでパーティーしている。そんなパーティーに加わらず、俺はローズを連れてケタミン君と話をしていると、ランランちゃんが尋ねてきた。
「スリー様、少しいいですか…?」
「どうしたんだい?」
「あの…。スイートビについてなのですけど。」
「うんうん!!」
「王子は上機嫌だな。」
「頼ってもらって嬉しいんすよ。何せ初めてのことですから。」
うるせえなぁお前ら。
けど俺は上機嫌だから戯言をほざく二人を無視。ランランちゃんとの話に集中する。
「それでそれで?スイートビ君がどうしたんだい?」
「‥‥彼は殺さないのですか?」
「勿論だとも!!俺は平和主義だからね。」
フォーは何故か簡単に人を殺したがるけど、俺のような平和主義者はそうはいかない。人を殺すなんて悍ましい真似は俺にはできないし、しようとも思えない。
「危なくないですか?ボスはあんなのでも、かなりの力があると思うのですが。。」
「そうだね。英雄モドキ、て言っても難しいか。正直ローズがいたからこそあんな簡単に確保できたけど、ジアゼパムファミリーだけだと難しかっただろうね。」
帝国の技術力は伊達じゃないからね。失敗作といってもかなりの実力者だった筈。裏を返せば、ローズはそんな人間に気取られない隠密スキルと速度を手に入れていると言う事。
あのローズが本当に成長して…。そこしか成長してないけど。
「王子?」
「あ、ああ。ごめんごめん。彼を連れて行くのはね、ローズの千倍強い人間がひしめく地獄のような場所だから大丈夫。郵送途中でかなり難敵に襲われない限り大丈夫さ。」
「しかし口が利けるということは、詠唱ができると…。」
「いや、舌は切るから詠唱はできないよ?」
「え?」
呆けた表情で俺を見るランランちゃん。そっか、俺が何もしないまま送ると思ったんだね。そりゃあ心配するわけだ。
「安心して。手足も折っとくから、逃げてもすぐ捕まえられる。」
「ざ、ざんこくっすね。」
どこがだよ。
ローズの茶々は、見当外れもいいところだ。眼は抉らないし、耳、鼻は削らない。肌も焼かないし、五感のうち四感は無事なんて寛大すぎる処置だろうに。
「ていうか、別にスイートビ君の体の構造が欲しいだけだし。帝国の『人工英雄』がどういう処置を施すのか知りたいだけだから、正直心臓さえ動いてくれたら後はどうでもいいんだよね。」
「そう、なんですか。。。。」
生きてる方が良い、て影長が言うから生かしているだけで。まぁあの薬を打ち込んだ以上、まともに動けるとは思えないけど。
「殺した方が良かった?」
「あ、いや…はい。」
少し逡巡するものの、はっきりと俺を見るランランちゃん。その顔はもう、覚悟を決めている。
「殺して欲しいです。できればそちらの方が…安心します。」
「ははははは!!!」
そうかそうか!安心するか!!
ランランちゃんの素直な言葉に俺は笑ってしまう。
良い子達だなぁ本当に!!
「今後の君達を世話する所には、あのスイートビ君よりも強い人がいるから安心していいよ!なんならその人に戦闘術でも教えて貰えば、ランランちゃんとリンリンちゃん二人がかりでならスイートビ君なんかボコボコにできるよ!」
「そ、そうなんですか…。」
ふむ…。喜んでもらえると思ったけど微妙そうな表情だ。
まぁ、いいか。そんなことよりもだ。
「ところで君達、知ってたかい?」
俺はランランちゃんに大切な事を告げるべく、口を開く。
「な、なにがですが?」
「君達お得意の魅了は俺には効かないんだってさ!」
「はぁ‥‥な!?え!?ていうかなんでそのことを!!」
隠していた筈の魅了の力を知っていた驚いたようだね。
ふふふ、ドッキリ大成功てわけだ。
王国大図書館に書物を読み漁っている影長から聞いたことがある。
世の中には、魅了の言霊と扱う部族がいると聞いたことがある。その部族の名はアラヤ族。現代では女神教に属しアラヤ人と名乗っているのだとか。ファイーブの母や、二代目国王の第二王妃であるミルル様なんかがそうだ。
ファイーブは言うまでも無く、俺達王族は、その血にアラヤ人の血が少量混ざっている。だからファイーブの言霊にホイホイやられていないのだとか。
…ツー姉上は血が薄いのって思った人いると思うけどそれ失礼だからね。姉上は素直なだけなんだ。言霊に耐性がある筈なのにほいほい言う事聞いてしまうんだよね。素直だからね。
だがそんなこと知らない姉妹はビビっている。今まで効きまくっていた魔法の力が効いてなくてびっくりしているんだろうね。
「さっきのおねだりも、本来ならスイートビ君殺害の『命令』だったんだろう?いやぁ、そこのケタミン君はローズが取り押さえていなかったら不味かったね!」
今もスイートビ君を殺すべくケタミン君はじたばた動いているしな。ローズが赤子を宥めるように抑えているけど、ローズも抵抗を持つべく施術されていなければ不味かった。
いやぁ、シャドーウの犠牲も無駄では無かった訳だよ。
「それにしても本当に強力だね。あんな口調で、ここまでの効果を発揮するなんて!いや、だからこそ皆警戒するのかな?」
「なぜ‥‥?」
「ん??」
ランランちゃんの眼を覗きこむと、怯えと恐怖が色濃く映っている。
「何故そこまで知っているのですか?」
「王族は神だからさ。」
「「!?」」
「‥‥そんな。」
慄くように俺を見る姉妹。おお、本当に信じているようだ。
こういう悪趣味な冗談が王族を至上の存在にしたんだね。まぁ、特権階級のみ知る事を許される情報というのは、神の業と言っても遜色ないのかもしれないね。
「さて、互いに腹を割ったところでだ。それで、ランランちゃんはどうしてそれに気付いたの?」
今度こそランランちゃんから真実を聞くべく、俺は質問をする。
それに対して、リンリンちゃんを守る様に背に隠したランランちゃんは俺の質問にゆっくりと答えていく。
「それ‥‥とは?」
「あはは、もうとぼける必要ないでしょ。持っている魅了の力のことさ。」
俺の言い方が少しキツかったのか。怯えたような目をしながら、ポツリポツリと言葉を口にしていくランランちゃん。
「…私がリンリンの力に気付いたのは、カマセが、味見をする様を見てからでした。」
「リンリンの‥‥???」
「ああ、言ってませんでしたけ。魅了の言霊を使えるのは、リンリンだけです。私は使えません。」
「そうなんだ‥‥。」
姉妹の両方が受け継いでいるわけじゃないんだね。意外だ。
「…ああ、ごめんごめん。話を遮っちゃったね。それで、話を続けて?」
「あれだけの事を平気で行う人間が、何故か私達には温かった。何故か、何も手出ししなかった。それだけじゃない。檻の中の子達も。そんな私達に親しくしてくれたんです。」
聞く限り、カマセはかなりの外道。そんな人間から好かれている人間を、囚人も好く。確かにあり得ない話だわな。
「そこからリンリンの力を確信して。そしたらカマセが自害しました。リンリンの命令通りに。」
リンリンちゃんは話が難しくてついていけてないのか、きょとんとした顔でランランちゃんを見ている。そんなリンリンちゃんの頭を撫でながら、ランランちゃんは話を続けていく。
「そしたらバルビツールのボスがやってきて、私達を調べ上げたんです。」
「先ほど俺が郵送したスイートビ君だね。」
「ええ。その結果、スリー様の言う『魅了』の言霊があることが分かりました。」
「へぇぇぇぇ。」
スイートビ君もそれを知っているとは。やっぱり彼は帝国の深部にいたことがあるようで。
「彼はそれを利用する事にしました。そうすればこの大陸を支配できるとかなんだとか。私には難しくて良く分かりませんでしたが、碌でも無いことをするつもりなのは分かりました。」
成程。今の時点でリンリンちゃんの『魅了』効果は絶大。何せ外道がそれを外道行為を行わず、被害者がそれに怒らない。
上手に嵌めれば、騙されても被害を訴えないなんてこともあり得るわけだ。
「難しい事は分からない。けれど、私とリンリンを酷使するつもりなのは分かりました。だからこそ、手を打たれる前に。。。。!!」
「逃げた、と。」
成程ね。
「はい。」
「具体的にはどうやって逃げたの?」
「私が檻の中から皆を逃がして。それにボスが気を取られた一瞬の隙にリンリンが『拡声石』を用いて全員の数秒前までの記憶を忘れさせました。」
数秒前まで無い記憶。子供達は気付けば檻の外。バルビツールの組員は理解できず、混乱中と。その隙にランランちゃんとリンリンちゃんは逃げた、と。
「有難う、ランランちゃん、リンリンちゃん。疑問は全て解けたよ。君達がこれから行くところは、そういった力の悪用からは無縁の所だ。ゆっくりと休んでいけばいい。」
そう言って声を掛けた俺を見る二人の目は、未だ猜疑の色が濃く残っていた。
‥‥うーん、信用されるて難しいねぇ。
二人を基に戻してから、俺はケタミン君とローズの方を見る。
幸いケタミン君は既に魅了から解放されたようで、スイートビ君を殺すべく暴走している様子はない。
「大丈夫かい、ケタミン君?」
「はい、王子。それにしても、こんな経験初めてです。アレが『魅了』の言霊て奴ですか…。」
「あれ?ケタミン君も知っていたんだ?」
かなりマイナーで俺も影長に言われるまで全然知らなかったのに。
「ああ。俺もさっきのランランの話が少しだけ聞こえていたんです。俺、耳が良いもので。」
「へぇ、羨ましい。盗み聞きし放題じゃないか。」
「ははは、御冗談を。」
軽く流すケタミン君だが、俺として本気で羨ましいのだが。ローズを見れば…こいつ飯食ってるし。上司との会話中くらい空腹を我慢できませんかね?
だがしかし。ランランちゃんとリンリンちゃんには驚かされたね。自分の身を守るためにあそこまで考えて、行動して。結果としてかなり良い結果を獲得した。
「いや~、貧民街の子達は強くて、あの子達の人生は壮絶だ。」
「そうっすね。」
ローズの顔、ケタミン君の顔を見れば、ランランちゃんとリンリンちゃんの人生はそこまで珍しいものではないのだろう。
「あんなのでも、300年前に比べればマシになったなんていうけれど。二人の反応を見る限り本当なのかな?」
「昔は裏のシノギはもう少し厳しいものだったて聞きますしね。」
「ケタミン君の言う通りっすね。私も、『最悪』が『マシ』にはなったとは聞くっすよ。」
「そっか‥‥。はぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
二人の返事を聞いて、つい溜息が出てしまう。
国力は上がっても、『下』の生活は依然として劣悪、か。
「それで王子、話って何ですか?」
「ああ、ケタミン君。確かにさっきは話を途中で切っちゃったね。」
「いえ、仕方のないでしょう。話が話ですし。」
「そう言ってくれると嬉しいよ。実はね、また仕事を頼もうと思っていてね。」
俺のいつもの言葉に、ケタミン君はまたいつものように反応する。
「仕事ですか?」
「ああ、そうだよ。800万で頼めるかい?」
「先に内容を言って貰わないと。。。」
「ああ、そうだったね。うっかりしていたよ。それで、肝心の仕事内容なんだけどね。」
「ええ。できれば優しいもので頼みますよ。」
全く、流石はケタミン君。
断る気が無いというのは素晴らしい。
「今回は少し難易度が難しくてね、詳しくはこの書類に書いている。」
「いつも通りですね。口頭での説明はあるのですよね?」
「ああ、勿論。…まぁ内容を端的に言うとだ。死んでくれ。」
「は?‥‥がぁぁ!?」
すまんねケタミン君。
心の底から申し訳なく思ってるよ。




