第2話 出てくる
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
「急いで!急いで…!!!」
ランランは妹のリンリンにそう言いながら、全速力で街を駆け抜ける。
折角組織から逃げることができた。あの悪名高いジアゼパムファミリーに身を寄せるなんて事態にはなったけれど、そのジアゼパムファミリーからすらも隙を突いて逃げることが出来た。
それ相応のリスクとコストは背負っている。それでも、こんな幸運は二度と無いだろう。だからこそ。無駄にしてはいけない。とにかく走って逃げなければ。
「急いで‥‥。急いで‥‥。」
ランランは自分に言い聞かせるように声を出す。
「まってお姉ちゃん!脚が痛いよ!!」
「そんなの‥‥!!」
分かっている。そんなのランランだって分かっているのだ。自分の足だってもう限界だ。今すぐ走るのを辞めてしまいたいぐらいだ。でも痛み以上に不安が押し寄せる。
「お姉ちゃん…!!」
もう何度目になるか分からない妹の悲鳴。でも幾ら愛しい妹が発する悲鳴でも、立ち止まるわけにはいかないのだ。
もし捕まったら。もし見つかったら。見せしめにどんな目にあわされるのか。
あの味見で酷い目に合った子達の怪我が脳裏に浮かぶ。
あれが、自分達にも襲い掛かる?そんなこと絶対に許されない。
自分が酷い目に遭う。それはいい。元々そういう目に遭わされる予定だった。でも妹は?愛しいリンリンがあんな目に遭えと?それは耐えられない。妹にまでその手が及ぶのかと思うとぞっとする。
「あとちょっと。あとちょっとなのリンリン。。。。それまで我慢して!」
「もう走れないよ!!」
涙ながらに訴える声にランランは思わずリンリンの脚を見る。確かに、脚には石礫や硝子の破片が刺さっていてとても走れる脚じゃない。
でもやっぱり。せめて王都の端には行きたい。
「‥‥ごめんねリンリン。でもあともうちょっと走ってからね。」
「‥‥うん。」
リンリンも姉のランランが意地悪をしているのではないと分かっている。自分の我儘で姉が困っていることも。だからこそ、リンリンはそれ以上の要望を述べない。
そのまま二人は黙って王都を走り抜ける。5分ほど走り、二人は路角の陰に隠れて休憩を取る。
カチカチ。
「はぁ。。。はぁ。。。少しだけ、、、ここで休もうか。」
「はぁ。。はぁ。。。有難う、お姉ちゃん。」
二人は物音を立てぬようにそっと腰を下ろし、息切れを鎮めるべくゆっくりと深呼吸を行う。そしてランランは、妹のリンリンが先ほど訴えていた脚の痛みを思い出す。
「リンリン、脚を見せて。」
「うん。。。。」
リンリンが晒した脚を見て、ランランは思わず顔を顰める。失血で真っ赤になっている足。その中で光を反射して輝く破片たち。見た目だけは宝石のように綺麗だが、愛妹の足を蝕む欠片達。
幸いにして足に刺さった破片は全て浅い。けれど数が多い。数えただけで15は超えており、傷口は赤黒い。
目に見える分は抜いたが、細かい破片がくっついているかもしれない。
「ちょっと痛いよ。。。」
「うん。」
ランランは深く息を吸い、魔素を集める。そしてランランを患部の怪我を意識し、ルーンを紡ぎ術式を構築する。
「『治癒術』」
彼女の囁きとともに、眩い青緑の光がリンリンの脚を覆う。まるでその光がぬるま湯であるかのような心地良さを感じながらリンリンは惚けて見ている。
気付けば、リンリンの脚の腫れと発赤は消えていく。
「治った!?やったよお姉ちゃん!!治ったよ!!!」
「細かい破片も皮膚の再生で押し出したわ。出血も止まったし、ひとまずこれで安心ね。」
商品の価値を上げるため、無理矢理覚えさせられた魔術だが存外役に立つ。例えそれが、自分を犯す奴の体力を回復させる用途だったとしても、だ。
そんなことを思いながらランランは立ち上がり、落ちていた布を数枚重ね簡易の靴を作る。
「ほら、これ履いて。痛いだろうけど、皮膚には刺さらない。応急処置よ」
「有難う、お姉ちゃん。」
「あとちょっとだけ休憩したら門を抜けて、王都を出るわよ。」
あと少し。目的が目前にまで迫り、ランランの胸から少しづつ期待と希望が湧き出てくる。対照的にリンリンの顔は暗い。
「お姉ちゃん。。。。」
「どうしたのリンリン?」
「逃げれると思う?」
唐突な妹の言葉にランランは胸の奥底を殴られた気分になる。
「あ、あたり前じゃない!!誰も私達が、組織を黙認して出ていくなんて思わないわよ!!」
不安と焦燥を無視してランランは妹に話し続ける。
騎士、もしくは憲兵に告げる。そうすれば、彼女達は保護され組織は潰されハッピーエンド。が、それは相手も同じことを思っている筈。恐らく、近くの司法組織の傍には組織の人員が見張っていることだろう。
(だからこそ、その逆を行く!!)
そうした機関を一切無視して王都を出る。そして近くの町で居を構えて生きていく。
それがランランのプラン。
(やつらもまさか、チクらないなんて思いもしないでしょうね。)
ほくそ笑むランラン。
彼女の思惑を裏付けるように、関門の傍に組織の一員らしき人間はいない。ランランはリンリンを安心させるため、そのことも重ねて告げる。
その言葉を聞いてやっと安心したのか、顔をほころばせてランランの目を見るリンリン。
「…そっか。そうだよね。お姉ちゃんの作戦は完璧だし、逃げ切れるよね。」
「そうよ。逃げ切れるに決まっているじゃないの。」
チクりと胸を突き刺す感覚に襲われるが、耐える。無論、ランランとしてもこの選択を後悔していないかと言えば嘘になる。
自分と同じように組織の商品として入荷された人間は沢山いるのだ。彼等はジアゼパムファミリーに保護という名目で飼われ、そのままリサイクルされるだろう。そしてこの選択は、同じ地獄を共にしたあの子達を見捨てるということ。そのことには心臓が抉られるような痛みがあるのは確か。
でも、ランランだって生きるのに必死なのだ。他人の人生までも背負えない。
(私と、リンリンの生活の為なら誰だって切り捨ててやる!!)
「よし、行くよリンリン。」
「うんお姉ちゃん。」
再び手を繋ぎ、関門に向かおうと街角から顔を出すランランとリンリン。
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
「三、二、一、で走るわよ。」
「うん。。。!!」
逃げ切れるという期待と、本当に逃げ切れるのかという不安。その二つがない交ぜになり、心中は平常とは言い難い。
それでもなお。ランランは逃げ切れると信じている。
「いくわよ。。。三、、、二、、」
数をカウントし、走るべく溜めを作る二人。
カチカチ。
「、、一、!」
「見つけたっす!!!」
「!?!?」
声の主に振り向くと、ピンク髪の頭の少女。ランランは直ぐにその娘を思い出す。
「貴方はさっきぶつかった。。。。!!」
「ローズっす!私は貴方がさっきぶつかったクソ野郎の部下っスね!!」
「な、なんで‥‥!?」
「ああ、アレに仕えている理由は私にも分からないっす!」
そうじゃない。。。が、少なくとも組織の人間ではなさそうだ。
ランランは混乱と衝撃で呆けているリンリンの手を強く握りしめながら、ローズの顔を見る。
カチカチ。カチカチ。
「ローズ…さん。また出会うなんて奇遇ですね。けれど私は急いでいるので、また後で!!」
「奇遇じゃないよ。」
若い男の声に顔を強張らせながら、横を後ろを振り向くランラン。そこには、先ほどぶつかった男が。
金色とも茶色も形容しづらい不均一の髪色。くすんだ紺色の目に、胡散臭い笑みを顔に貼り付け、ランランとリンリンを見ている。
「ランランちゃんとリンリンちゃんだっけ?ちょっと詳しく話を聞いていいかな?」
カチカチ。カチカチ。
初対面の筈だ。何も悪意を向けられていないし、害も被っていない。
なのにランランは、何故かこの男が好きになれなかった。そしてリンリンも。彼女が強く握る手から、ランランは妹の気持ちを感じ取っていた。
カチカチ。カチカチ。カチカチ。
嫌な耳鳴りは、依然として消えない。
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