第22話 話し合える生き物だ
「『治術』っと。」
スリーが傷口に手をかざし、淡い緑の光が母上を包む。その間に私は水で洗ってから傷口を布巾で塞ぐ。心なしか冷たい皮膚に温もりが戻っている。
気のせいではない程の温もりが戻った頃には、母上の血色は普段と遜色なく呼吸も安定した。
「・・・・ケホ、ケホ。」
「母上?大丈夫ですか?」
「‥‥フォー?」
完全覚醒とは言えないものの、うっすらと瞼を開けて私を見る母上。
「ええ。娘のフォーですよ。」
「貴方が治してくれたの?」
「いいえ。私にそこまでの力はありませんよ。」
「まさかスリー?」
はい、「まさか」頂きました。流石スリー。母上にすらその信頼度。でもスリーの顔の皮膚は鋼鉄より厚いから、全く気にしていないんだ。
「勿論俺だよ母上。俺が愛しい母上を見捨てるわけないじゃない。」
いけしゃぁしゃぁとほざく糞兄貴。それを殺気に満ちた目で睨みつけるシェードを宥めながら、私は母上が怪我をしたこと、ガドーが死んだことを伝える。
「・・・・そう。」
ただそれだけ呟いて、母上はゆっくりと立ち上がる。
「まだやる気で?」
「‥まさか。」
私の言葉に苦笑いで返す母上。思わず安堵の表情を浮かべてしまう。
「負けよ。降参。」
母は、そうあっさりと敗北を口にしたのだった。
「それはサーシャ様から手を引くという事で?」
母上は息を吐きながら答える。
「ええ。サーシャちゃんは諦めるわ。別の手で『白蛇計画』は実行に移す。だから心配しなくていいわよ。」
そっか。。。
「当たり前だろがボケ。この状況で諦めないなんて舐めた腐ったこと言っていたらその首圧し折っているわ。」
そうですか。。。。ごめんなさい母上の邪魔をする形になってしまって。
「フォー様多分本音口に出してます。」
あ。しまった。
ま、いっか。
こうして母上は、サーシャ様を諦めたのでした。
めでたしめでたし。
「あ、でも治療費と賠償として『白蛇計画』は俺が頂くよ。だから母上はもう計画をどうこうすることはできないよ?」
そしてスリーがそれしきのことで終わらせるわけもなく。
「「え!?」」
シェ―ド、母上がスリーを見るが私は無視。こうなるだろうとは思っていた。スリーの性格は、悪魔のように狡猾で残虐なんだ。
口をパクパク開け閉めした母は、数秒後、ゆっくりとスリーに尋ねる。
「・・・どういう、意味?」
母上が口を震わせながら尋ねるも彼は飄々とした態度を崩さない。
「その『白蛇計画』っていうのは下準備も全部済んでいるんでしょ?じゃあそれを乗っ取らさせて貰うよってだけ。棚ぼたじゃん。逃す理由が見当たらないね。」
その言葉に再び絶句する母上とシェード。まぁ、人が一生懸命作った物を横取りしますって言っているようなものだものね。そういう反応になるか。
母上なんか蝋人形みたく真っ白になっている。
「…なんでそんなことをするの?」
「だから儲かるからだって。母上が何億も転がり込むって言ったんだよ?そんな計画を盗まないなんて馬鹿のすることだよ。」
母上が私に助けを求めるように見てくるが無視。黙認するって約束しちゃったもんね。悪いけど干渉しません。
というか二人とも乗っ取れる前提で話進めているけど。そんな簡単に企画載っとりてできるものなの?
しかし、二人にしか分からない世界があるらしく。母上も兄上も拿捕は可能ということで進めている。不思議な世界よね。
「というわけで母上、俺に迷惑を掛けた慰謝料として『白蛇計画』の担当する署を全部ちょーだい。と言っても了承するまでぶん殴るだけなんだけどね。護衛がいない今はボーナスタイムだね。」
シュシュッとシャドーボクシングを始めるスリー。ご丁寧に手袋まで嵌めている。控えめに言って外道。屑、塵カス兄貴とこれからは呼んだ方が良いかな。
その屑兄貴の被害者である母上の表情は一気に蒼褪め、これ以上なく取り乱す。
「・・・いや。‥‥いやよ!!!」
「大丈夫だよ母上。ちゃんと有効活用するからさ。俺を信じてよ。」
「・・・・やめて。」
「だめ。」
「お願い、スリー。それだけはやめてちょうだい。」
「だ、め、で、す。」
「・・・・なんでよ。何で駄目なのよ…!!!」
「いやそれは俺の台詞。四の五の言わずにさっさと渡せよ。」
「『計画』は関係ないじゃない!!八つ当たりは私にすればいいでしょ!どうして人の大切なものを奪おうとするわけ!?無関係なものを巻き込まないでよ!!」
狼狽しながら母上を見ながら、スリーの意図を汲んだ私はすぐさま言葉を紡ぎだす。
「何を言っているのですか母上。」
「フォー?」
「『白蛇計画』は貴方の血と汗の結晶でしょうよ!関係無いなんて言ったら計画が可哀そうですよ。ほら、私には聞こえますよ、母上の心無い言葉で傷ついた『白蛇計画』の泣き声が。」
私のフォローで生き生きとした表情をする兄上と、対照的に死人のような顔色になる母上。
「ほら、フォーもこういっているよ母上。」
「・・・ふ、ふざけるないで!ふざけないでよ!!私がこれに、どれだけ。。どれだけの。。。!!」
ガシガシと髪を掻きむしり、半狂乱の表情で兄上に食って掛かる母上は気付かない。
貴方の子供の恐ろしさを。
スリーが今、どんな顔で貴女を見ているのかを。
「駄目ですよ母上、スリーを困らせちゃあ。」
「でも、『白蛇計画』は私が貴方達を産んだ時から必死に開拓してきたルートなんだよ!私の今までの集大成なんだ!!私の全てなの!お願い!!私から奪わないで!!それが私の全てなのよ!!」
駄々をこねる赤子のように喚く散らす子供をなだめるかのように、ゆっくりと静かに、慈愛に満ちた声で言葉を紡ぐ兄上。
「そんな我儘言っちゃって母上は困ったさんだねえ。本当になんてエゴイスティックなんだ!いや、気持ちは分かるよ?嫌だよね念願の夢がパクられてしまうなんて?しかも息子にね。でも、ほらそこは人としてさ、ルールはキッチリ守らないと、」
「ルール?」
呆然とした顔でオウム返しに呟く母上。その顔は生気を失い、まるで土のよう。そんな母上をみてもなお、スリーは笑みは崩れない。
「そう。弱肉強食。適者生存。勝った奴が全部持ってくのは道理でしょ?」
母上がガドーを使って無理矢理私達を屈服させようとしたように。私達に負けた母上が奪われるのは、仕方が無いことだ。そういう土俵で挑んできたのは母上の方なのだから。
が、母上にとってそれは納得がいかなかったらしく。唸るような奇声とともに私達を睨みつける。よくみれば目は血走り、口からは唾が。汚い。
「ふざけないで!!ふざけないでよ!!」
「ふざけてないですよ。」
「大体なんで貴方達はサーシャを引き渡さなかったの!!貴方にとって、母であり、豪商であり、側室妃である私と!その餓鬼のどっちが大切なのよ!」
「「サーシャ様です」」
私とスリーの声が重なる。
・・・・まさかスリーもそう思っているとは思わなかった。
「な!?母よりも他人を優先するの!?」
…うーん。どういえばいいのだろうか。
「別に母上のことは嫌っていないけどね。。。」
優秀な駒が欲しい。
金が欲しいから。
それだけの理由で魔の巣窟である王宮に単身乗り込んで、王の心を射止めて側室となり子供を産んだなんていう女傑。その目的の為に手段を択ばない姿勢に、幾度も現れた逆境を撥ね退けた手腕と度胸。
そんな女性をどうして嫌えというのだ。寧ろ尊敬しているさ。
「ただ今回は、そりが合わなかっただけですね。」
「サーシャ様の人生を差し出せっていう人間と、王宮で必死に生き延びようとしている少女。どっちを選ぶかっていうのは人の好みによるだろうけど。」
「少なくとも私はサーシャ様を取って。」
「俺も母上を選ばなかった。それだけさ。」
すまないね母上。
「やっぱりアンタらいかれてますね。。。」
アンタ本当に失礼。




