第21話 戦闘シーンなんて存在しない
シェードは、影とか言う組織に属する暗部だ。その暗部では、影長という人間が上におり、彼/彼女の実験体として影の構成員がいる。
構成員達は、影長の実験台として耐えているといつの間にか暗部として最高峰の実力を持つ集団に成りあがる狂気のシステムの渦中にいるというわけだ。
「にしても首がくっつくなんてオカルトよねー。」
だからこういう光景を見せられても特に驚きはしない。
「厳密には、首が無くなったように見せる幻覚ですね。周囲の距離感、触覚、視覚、聴覚、臭覚を弄らせて、死を偽装するんです。皆さんが見た私の死体は、体に張り付けた幻覚ですよ。」
「そうなの?」
「はい。その代わり私自身も自分が死んだと錯覚するので、体が仮死状態に移ります。」
「駄目じゃん。」
「いいえ。生命探知魔術でも欺くことができるというメリットがあります。ただし蘇生する手間が少々かかりますけどね。」
「やっぱりファンタジーよね。」
原理としてはショック死に近いそうだ。それを人為的に引き起こし、仮死状態にする。そこから幻影を見せて周囲を欺いたまま、肉体を蘇生させるのだとか。
それっぽいこと言っているけど、脚を音速で回せば空を歩けるよって言っているのと同じ。そんなの出来てたまるかってんだ。
「にしても『黒の門番』といえば超有名な冒険者ですよ。よく倒せましたね。」
「シェードがいなかったら死んでいたけどね。」
私がやったのは、全力で注意を惹いただけ。その無防備な背中に影であるシェードがいなかったらあっさり死んでいた。上級魔道具で全身を守ったのに一撃で骨折れたしね。
「シェードが死んでいない前提の作戦で進めていたから、貴方が死んでいたら終わっていたわ。」
「意外とギリギリだったのですね。」
全くよ。王族の血と、王宮での身体値上昇ていう恩恵と、魔道具と、相手の殺さない様にっていう手加減。どれか一つが欠ければバラバラになっていたわ。
「だいたいね、温室育ちのお嬢様が戦闘で冒険者に勝てる訳ないのよ。」
逆境を経験し、血の滲むような努力をし、強い不屈の精神力。私にはないものだ。例え同じ能力パラメーターでもこういう差は戦闘に大きく影響する。
「だからこそ、金でドーピングして、コネで一流の教育を受けて技術を受け継ぎ、恵まれた環境で恵まれた体を作る。あっちがプレイ時間で勝負してくるなら、こっちは課金で勝負するしかないのよね。」
「分かり易いようで分かりにくい例え辞めてください。魔術キャラ育成ゲームなんて上位貴族しか知りませんよ。」
五月蝿いわね。
それにしても、王族と言う財力でブーストしてもなお私は数秒の足止めしかできなかった。
「服もボロボロ。龍のブレスすら防ぐものを織ったと言われてたのに。」
「半裸ですね。エチエチです。」
「うるせえ。」
こいつぶん殴ってやろうか?
「・‥‥ほら早く、シェード。私をあそこに連れて行って。」
「はい‥‥突然ぶん殴ってきたりしませんか?」
「して欲しかったらするわよ?」
「勘弁してください。」
上着を借り、私は首の付いたシェードの肩を借りて失血で気を失った母上の元へ行く。
母上が突然失血した理由はスリーの魔道具『リッパーv2』のおかげ。
スリーは降参とか言って私に全責任を押し付けている傍ら、母上の胸を切り裂いた。そしてガドーの足を壊し、泥の手で拘束する機会をじっと窺っていたのだ。
グッドジョブと言いたいが、私の怪我が酷いので素直に感謝は言いたくはないわね。
そう思いながら兄上を見た私は、次に母上の顔を覗き見る。
「それで、母上はどうですか兄上?」
私の質問に唇を噛みながら、床を見る兄上。
「‥‥今、息を引き取ったよ‥‥。」
そっか。
と思ったらシェードがスリー兄上をぶん殴った。
ポカ!
「イタ!?何すんのさシェード!?」
「死んでないです。まだ呼吸してますよ」
「‥‥兄上?」
私の視線から逃れるように顔を背けるスリー。
「‥‥脈も息もあるけど瀕死だよ。王宮の王族護援は王家の血を引いている人間にか適用されないから、フォーみたく怪我が治っていくなんてことは無いよ。」
「なら何故助けないんで?」
どこからどう見ても重症の母上の横で突っ立ているようにしか見えないんだけど。私とシェードの責めるような目に、スリーは肩をすくめる。
「俺の夜飯を勝手に変更したことを謝罪したら治してあげるよっていったんだ。」
「それで?」
「謝ってこないから治していない。強情だね。おっと止めないでくれよフォー。こればっかりは俺も曲げる訳にはいかないのさ。男の意地ってやつだね。」
「‥‥母上喋れるのですか?」
「知らない。さっきは口をパクパクさせているけど俺は知らない。」
「・・・・それは謝ろうとしているんじゃ。」
「そうとも言うかもね。」
悪びれもせずに言うスリーを見て、私は目眩がする。コイツってこういう人間だったなぁ。。
「早くしないと母上死んでしまいますよ。」
いつものように、にこやかに笑いながら母上の頬を摘まむスリーは、治す気は一切ないようで。
「いいじゃないか。それもまた一興ってね。」
「ちょっと?」
思わず責めるような口調で言うと、両手を上げ自分は関与していないとアピールしながらも慌てて主張するスリー。
「いやいやいや、待ってくれ。今回は厳正で公平な親子喧嘩の下で起きた結果だろ?相手もそういう覚悟があった筈だし、なんなら母上が最初にやってきたんだよ。S級冒険者なんて物騒な人間連れ出してさ。」
そう言って兄上はとびきりのアルカイックスマイルを顔に浮かべる。
「だから俺は、被害者だ。責める権利はあるけれど、責められる謂れは無い」
シェードは絶句しているし、私も体が万全ならば殴り付けているところだが、生憎ガドーに殴られた傷は癒えていない。できることは懇願のみ。
そう、誠心誠意の懇願。
「…スリー、治せ。そしたら今日の報復はしない。」
「・・・あれ、可笑しいな。この流れ的にフォーは懇願してくると思ったんだけどな。」
「してるよ。今全身全霊で頭下げているわ。」
「いや1mmも下がってないよね?」
「体中が痛いからね。心で懇願しているのよ。」
まあ、思いやりとか心の目とかが無い兄上には分からないか。そう伝えるとムッとした表情で私を見てくる。
「誠意が全く伝わってこないんだけど。。」
「こんなに頼んでいるのに?」
私がスリーの目をじっと見ると(あれは人殺しの目だったと後にシェードから失礼な言葉を頂戴した)、スリーはため息を吐きながら腕をまくる。流石兄上。
「‥‥貸し一つね。」
「黙認してあげますよ。」
「それだけ?」
「サポートもしてあげますわ。」
「さっすが話が分かる~。」
「フォー様?」
私とスリーの会話が理解できなかったのか、目を白黒させるシェード。
「後で説明してあげる。」
だから今は静かにね。
こんなでも死んだ家族の蘇生っていう感動パートなんだから。
あ、母上まだ死んでないや。これは失敬。
「よし!じゃあ死んだ家族との再会という感動パートに入ろうか!!」
やっぱりスリーも母上を死んだものと見なしてたんだ。
こいつと同じ考えだったていうのは、嫌だなぁ。。。
本当に嫌だなぁ。。。




