第18話 戦と戦
「え~と。」
突然の母上の要求に困惑するが、それは母上も承知なのか。制止するかのように片手をかざす。
「待ちなさい。きちんと理由を言うわ。」
「そうですね。」
何の説明も無しにサーシャ様を渡せと言われてニコリと差し出す程私は母を愛してはいない。
それを知っているからか、まるで商談に臨む商人のように、彼女は真剣な表情で私達を見る。
「まず、あの娘は王家に連なるものよね。」
「そうですね。」
王国に嫁ぐっていう建前が残っている以上、準王族の扱いだったはずだ。
「そして王国商人の手垢が少ない獣国の姫でもある。」
「ええ、その通りです。」
「政治関係はお国柄だからか疎いし、幼い故に見識も浅い。そうよね。」
「完全にその通りです。で?」
言いたいことが分からず、つい苛立った声で返事する私に、母上は無邪気な笑顔を浮かべてこういった。
「これ以上なく素晴らしい駒になる。そんな素質を彼女は持つのではなくって?」
・・・・駒??
自分でも分かる程に顔をゆがめた私。
「サーシャ様を、利用するおつもりで?」
誰もが分かる程ににっこり笑う母上。
「ええ。そして今度こそ私は貴方達の時にしたような失敗はしないわ。」
「??」
失敗。。。??
何を言っているんだ?
自分で言うのは何だが、私は自分がそこまで出来が悪いとは思っていない。いや、武力とかスリーの性格とか私の頭の出来とか言われると何も言い返せないが、それ以外はそこそこ有能だと自負しているつもりだ。
それなのに失敗なのか・・・??
「俺らは期待以上になっちゃったてことだよフォー。」
スリーが軽い調子で発言するが、その発言の意味が私には分からない。期待以上?どういうこと?でもそれが正解だったらしく、母上は頷きながらはなしを進める。
「そう、貴方達は優秀すぎたのよ。」
目を爛爛と輝かせ、無邪気で残酷な少女のように母上は言葉を紡ぐ。
「私は無能な駒はいらないからと貴方達に教育を受けさせた。お陰で貴女達は王国トップクラスの教養を身に着けた。それが間違いだったの。」
「教養が。。。。間違い?」
「ええ。それのせいで貴女達は知恵を付けてしまったわ。私に対する忠誠はすっかり消え失せ、私に貢ぐ金の量はイマイチ。これじゃあ間抜けの下っ端の方がマシだわ。」
まぁ母上に貢ぐくらいなら自分の懐にいれますね。
「…それで?」
少しづつ、何を言っているのか分かってきたが…。
「それなら馬鹿でも私に依存する駒の方がよっぽどいい!少しぐらい能力が劣っていても、私の為だけに全てを捧げる駒がいい!そうじゃなくって?」
母上の興奮気味な声…成程。確かにそっちの方が、使い勝手はいいだろう。
「それがサーシャ様だと?」
「ええ!!丁度いいでしょ?成長ポテンシャルは申し分なく、血は王国と獣国の二重王族になる。その上何も知らなくて、寿命がある幼い身体。無知で無垢なぶん私が好きなように教育できるし、これ以上なく駒として相応しいわ!」
成程。理にかなっている。
サーシャ様は確かにこれからの教育次第で理想のお人形になれる素質がある。人形を駆使して取引をするタイプの母上からすれば喉から手が欲しいのもうなづける。
…しかし腑に落ちはしないかな。母上にしてもサーシャ様を手にすることのリスクは知っている筈。それを度外視するほどのリターンが駒の確保?
それならエナンチオマー侯爵の隠し子とかを適当に擁立した方が遥かにローコストローリスクだぞ?
私はスリーを見る。スリーも同じように首を傾げている。
「その先は?サーシャ様をどうするのですか?」
「だから好き勝手に駒にするって言ったじゃん。」
「それは疑っていませんよ。でもそんなふわっとした抽象的な理由で母上が動くとは思いませんね。サーシャ様を駒に使って具体的には何をしようというので?」
駒云々は本当。でもその先は?この人は一体、何を企んでいる?私は母上を睨みつける。対して母上は笑顔を崩さないまま…あ、苦笑いした。
どうやら図星だったらしく、私の疑問に対して軽く口笛を吹く母上。
「やっぱり優秀な子供達ね。これで私に従順だと申し分なかったのだけれど」
「で?」
そういうのいいから。
話を促すと、母上は紅茶を飲みながら説明を続ける。
「『白蛇計画』と言ってね。新しい市場を開拓するの。」
‥‥新しい市場、ね。
母上が御執心であるのを見る限り、余程の富が転がり込んでくると見た。
「具体的には?」
「サーシャとかいう子供を操れば、王家が占有している市場に参入可能。だから、王家、高位貴族が対象の市場があるとして。」
「王族と国にのみしか許されていない干渉商域において、サーシャ様を名義にすればフリーパス。市場開拓し放題で、商売繁盛だねー。やるねー母上。」
スリーもスフレを口に含みながら、合の手を入れる。その声を賛同と見做したのか、上機嫌に話をする母上。
「そうよ。もう下準備は済ませてあるし、取り扱う商品の製造ラインも完成している。顧客の的も絞っている。根回しもね。あとはあの子供を据えるだけ。それで『白蛇計画』は実行に移れるわ。」
「へー。」
「貴方達なら分かるでしょう?これが成功すれば何百億という金が転がり込んでくるわ。」
しかも永続的に、か。今までの個人や家とは違って「国」が後ろ盾になるのだ。よっぽどのヘマをしないかぎり安泰ルートだと言ってもいい。
「ほら、さっさと渡しなさい。聞けば国王じゃなくて貴方達が世話しているらしいじゃない。」
「因みに断った場合はどうなるのか気になります。ねぇ、兄上?」
「俺は別にどっちでもいいから巻き込まないで欲しいな。」
チィ。スリーは乗ってこないか。
私の態度から意見を察したのか、肩を浮かべながら母上は何でもないかのように言う。
「その場合は少しばかりだけ痛い目に遭ってもらうわ。」
「ふーん。」
・・・・次からは、用件を事前に手紙に記すように要請しよう。うんそうしよう。




