蔭と影
影というのは王国の暗部を仕切る組織。
その実態は王国上層部ですら正確に把握していないほどの秘密主義。それどころか王国の政治に口出ししてくるほどの力を持つ。
そんな彼等の目的は1つ。
『王家の為に』。王国ではなく王家。王族ではなく王家。彼等は王家というシステムを保持することに喜びを見出し、従事する。
その過程で王子が死のうが国王が死のうが、民が死のうがどうでもいい。彼等はただ、王→王子→王→王子というサイクルをひたすら見守っている。
だからこそ災いの種となるであろうファイーブ暗殺を目論み、王になる様子がないスリーをやたらめったら殴っていたりする。
では彼等を束ねる影長は普段何をしてるのか?
影の養成である。
「なんだその腕立ては!!そんなんで筋肉が付くと思ってんのか!!」
「ひぃぃぃぃ!!」
ここは影になる子供を育てる機関。通称『卵スクール』。そして生徒の名前も『卵』。なんでこんな名前なのかというと、影長達が名付けるのが面倒になったからだ。
卵たちの朝は早い。早朝から重り付き30km体力走、朝食に栄養満点なゲル状の何かを呑み込み、朝に筋トレ、午前まで座学と併用した基礎鍛錬。
「つまり、変装においては魔術を使う方が完成度は高い。しかし、それでは感知式の使い手にはあっさりバレるというリスクが発生する。つまり顔にぺたぺた塗った方が良いという訳だ。」
「でもそれだと化粧が取れたらバレてしまいませんか?」
「うんその通りだね。だから化粧が取れない状況や、取れにくい化粧を作る必要がある。じゃあ今からその化粧粉を自分で調合してもらうから。失敗していたとしてもそれを顔に塗ってもらうからね。」
嘘だろと驚愕する卵たち。
自分の生半可な知識で作った粉を自分の顔に塗りたくるのだ。残念ながらそこまで自分を信用している卵はいない。
「大丈夫。顔がぐじゅぐじゅになっても僕が治してあげるから。丁度試してみたい美容整形技術があったんだ。」
その言葉に不安しか覚えない卵たち。だがこの授業を受け持つ見た目5歳ぐらいのクソ餓鬼ショタ先生でさえ、自分達の数倍は強いのだ。逆らえない。
「そ、そんな。俺薬剤系苦手なのに…」
「おい空気椅子が乱れてるぞ!!」
注意された卵は慌てて姿勢を正す。
この基礎鍛錬は影長からの座学を聞きながら、空気椅子、握力、魔力精錬、肺活量、といったトレーニングを同時並行にこなす訓練である。因みに行われる授業は簡単ではない。そしてトレーニングに手を抜くことも許されない。
「粉に何使った?」
「俺は無難にピクシーパウダーだな。水を弾くし、肌によくなじむ。中毒性だけが難点だが、そこは配合を工夫する。」
「かぁ~、やっぱりそれは欠かせないな。」
そもそも中毒性の粉を選択肢に入れること事態が異常である。
だがそれを指摘する良識ある人間は卵スクールに存在しない。
「そっちに獲物いったわよ!」
「任せろ…おいこのキノコめちゃ美味い奴じゃん!!」
「ちょっと!?しかもそれ毒キノコじゃないのよ!!」
昼食は裏山から猪などを狩って生肉と山菜を食べる。その際に午前の授業の復習を兼ねる影が殆ど。
なお先ほど毒キノコを得る代わりに大猪を逃した馬鹿は仲間に吊るされ毒キノコを食べさせられている。
影の一日の中で唯一笑いと平和に包まれる時間である。
「ひぃぃぃ!!!痛い痛い痛い!!!」
「虫が虫がぁ!?!?あおあけ@sdfsぱいえぽえrw!?!?!?!」
「な、四属性混合魔術!?ちょ、待っ、助けてぇぇぇぇ!!!!」
午後はひたすら実戦練習。影長に殴られ、蹴られ、焼かれ、刻まれ、叩かれ。これを通じて回避行動と、相手の隙を探して突く勘を身に着ける。
「げろろろろろろろろ。。。。。」
「うーん、鈍ったかな。もうちょい綺麗に腹を殴る予定だったんだけど。」
「何も見えない。何も聞こえない。ここはどこ?私は誰?ねえ、なんでこんなに真っ暗なの?」
「毒がねぇ。最近効き目が悪いというか、効果時間が短いなぁ~」
この時間に影長達は卵たちの成長具合を確かめる。
なお、ストレス発散で乱入してくる影長もいるので注意が必要である。
それが終わればやっと夕食。
「えっと。まずはフォークを右に、ナイフを左に。。。いや逆か?」
「う、この腹痛、唇のしびれは‥‥ユウガオか…!」
「阿呆。苦みの強いウリはそれとなく避けるか食べるフリをしとけと言われたろ。」
「‥‥い、いいから助けて。」
「吐け。大量の水をがぶ飲み。そしてまた吐け。これを永遠と繰り返せ。」
「‥‥マジ?解毒薬とかないの?」
「嘔吐剤のことか?使ってもいいけど後で滅茶苦茶辛くなるぞ?」
つまり無い。自然毒食中毒の対処法は、吐くか、尿便で出す。8割はこれである。
卵たちの夕食は毒物訓練とテーブルマナーを兼ねる。ありとあらゆる毒が盛られた料理をテーブルマナー通りに食べなければやり直し。ついでに解毒もする必要がある。
なお、味は良い。影長達が腕によりをかけて三ツ星シェフ顔負けのディナーを作るのだ。
ディナーを終えれば次の訓練。
ある一室では口に布を被せられた卵と、その布に水を掛ける卵。
「ふー!ふー!!!」
「馬鹿ね、水を一気にかけすぎ。これじゃあ直ぐに窒息してしまうわよ。ゆっくりこちらの声が聞こえる程度に水を掛けるのよ。」
「ごぼごぼごぼぼぼっぼぼ!?!?!?!?」
「肺活量で耐えろ!でも苦しむ演技はやめるな!さらっと嘘を吐け!自分は何も知らない一般市民であることを忘れるな!拷問に耐えられる一般市民はいない!だからと言ってすぐに吐いては疑われる!相手に一般市民だと疑われない程度の弱さと情報を吐き出せ!!」
夜は尋問拷問訓練。尋問する側とされる側に分かれ、影長の指導を受けながら各々訓練を実施する。尋問する側の卵はされる側の卵を拷問し、受ける側は耐える。
初めの数日は卵たちの仲が限りなく最悪に近くなるが、一週間もすれば落ち着き、そして却って結束が強まる‥‥ことも無く。ただ落ち着くだけ。
拷問してくる人間は好きにはなれないが、訓練でそんなこと気にして言う暇は無いからである。寧ろそんな感情に引っ張られていたら死んでしまう。
「じゃあ、今の水責めを各々やってみて~。」
「「「「・・・・・・。」」」
「明日は洗脳訓練だからね。そっちの予習もしときなさい。」
訓練が終われば2時間ほどの睡眠をとって早朝の重り付き体力走に戻る。
2時間の睡眠で体は育たないと言われているが、影長が配合した特殊な粉を吸入しているので心配いらないらしい。この上なく心配だが、誰も逆らえないだけともいう。
「‥‥これが卵の一日だね。これを10年ほどこなしたら、影になれるよ。」
「なりたくないよこんな職業。」
「やれやれ。」
うっざい溜息を吐かれてカチンときたスリー第三王子だが耐える。なにせ毎日そんな訓練を行ってきた影が1000人いても叶わないのが目の前にいつ影長。逆らう意味が無い。
「ところで、よくこんな卵を調達できたよね。普通の子供はこんなの志願しないでしょ?」
「捨て子。王国にある数十所の『口減らし山』ていう子供を捨てる山があるんだけど、そこから調達してる。」
「で、それが訓練をするのが普通だと思うように洗脳するってこと?」
「ついでに訓練に耐えられるように筋肉とか骨格とか弄ってるよ。」
人外の影の卵となるには、まず怪人適合手術を受ける必要があるのである。
「うわぁ。。。」
「なにその顔?」
スリー第三王子の、貴重なドン引き顔であった。
「ところで俺にもその手術を君達にして欲しい子がいるんだけど。。。」
「ふむ?」
「ピンク頭の娘で、元アマチュアの暗殺者なんだけどね…。」
そしてドン引きした行為に平然と他人を犠牲にするところが、彼が嫌われる由縁の一つである。あくまで一つなので他にも沢山嫌われる理由があるのは周知の事実である。
____________________________________________________
皆さまの感想、意見、アドバイスお待ちしております。
誤字脱字の指摘も是非、お願いします。




