第19話今回の章はさ。✓
サーシャは、ありふれた少女だった。
ありふれた膂力。ありふれた速度。ありふれた頭脳。ありふれた五感。
同年代の子供達と同程度の実力で、劣っているわけでも無ければ特段優れているわけでも無かった。努力を欠かしたことは無かったが、同年代の子供達だって当然努力しているのだ。
努力したからといって優れた戦士にはなれなかった。
そんな彼女にとってありふれていなかったことが一つだけある。それは彼女の親だ。
獣国の歴史の中でも一番と言われる程の実力を持つ父。聡い頭を持ち、国政にも携わることができる父。性格も素晴らしく、誰もが愛する父。そんな父の尻を蹴り飛ばしながら、父を、そしてサーシャを支えた母。父程ではないが、この国のトップクラスの実力を持つ母。
サーシャは自分の実力のなさを知っていた。自分がどれだけ脆くて、自分が思っている以上に自分は無能なのだと思っていた。
そのまま流れに従い王国に避難しても、そのままなすがままに生きていけばいいと思っていた。その流れを変えるだけの力を彼女は持っていないから。無力な自分の生き方とはそういうものだから。
「どう思うフォー?婚姻しか親交の証にならないのかな?」
「…いえいえスリー兄上、もしかした父王には私達には思いつかないような海よりも浅く、山より低い考えがあるやもしれませんよ?」
「なんとそれはそれは!あまりにも浅はかすぎる考えで私のような若輩者には理解できんということか!それなら納得だ。」
「当然ですよ兄上。自分の娘より幼い者を娶るなんてまともな考えを持つ人間じゃあり得ませんよ。」
「「・・・・・」」
「「はっははははは!!」」
でも王国で彼女は見た。
王国の長である国王を堂々と侮辱する人間を。
実力と野心溢れるワーンでもなく、才と義侠心に満ちたツーでもなく、運と神に愛されたファイーブでもなく。
一番実力が劣るフォーと、嫌われ者のスリーがやってのけたのだ。
理解できなかった。意味が分からなかった。
それはまるで、サーシャが獣王に喧嘩売るようなものだ。そんなことサーシャはしたくもないし、できるわけがない。
そこからサーシャは、フォーの下へ行くことににした。自分により近い人間を知ろうとした。
そこでサーシャは、フォーが如何に凡人であるかを知った。下手すれば自分よりも才が無い人間であることを知った。一を聞いて十理解する他の王族とは対照的に、十を聞いて七理解できれば良い程度。
その程度の才しかフォーには無かった。
それなのに王宮の中では愛され、無視できない存在として君臨していた。
そして、今。
馬車の奥で隠れているサーシャの目には、サーシャそっくりに変装しているシェードが映る。両手には故郷に住む同胞の首。
「遅かったわねシェード。」
「いやいや、あれ程の実力者ですからね?そんなサクッとは仕留めれませんよ。」
「でもいけたのでしょう?」
「当然。生け捕りは無理でしたけどね。」
「それでお土産は?」
「生首ですね。ハイどうぞ。取りたてですのでフレッシュです。」
両手の首を布で包み、フォーに渡すシェード。
「ありがとう。」
「それでこれをどうするのですか?」
「明日の上層部の会議で、今は亡き第一王妃と賢者様の席に置いておく。」
「うわぁ‥‥悪質。しかも第一王妃様死んでないし。」
「うっさいわね。今まで後手後手の対応しかしてこなかった上層部へのちょっとした意趣返しよ。」
「その割には、切ったり吊るしたりしないのですね。」
「別に、彼等が今まで抱えてきた問題を考えれば責めれないからね。しかも今まで対応したことの無い上に優先度の低いサーシャ様への待遇。後手後手だったことも仕方ないわ。」
「でも生首は置くと?」
「当然よ。理解できても納得はしてないもの。その分の嫌がらせはさせて貰うわ。じゃあ私はスリー兄上と話してくるから貴女はサーシャ様と待ってなさい。」
「はい。」
理解できなかった。
長年自分を苦しめてきた刺客をあっさりと退けた。王国内における自分を狙う貴族を駆逐した。そして王国内におけるサーシャの立場でさえも準備した。その上派閥までこしらえ、教育係まで用意してくれた。
なぜそんなことができるのか。
それだけの力をどうして才無き彼女にできるのか。
「ねぇシェード様。」
「何ですかサーシャ様?」
「どうしてフォー様はあんなに強いの?」
「ふむ?」
サーシャの質問の意図を測りかねたのか、首をかしげるシェード。そんなシェードの目を真っ直ぐと見据えて、サーシャは再度尋ねる。
「私より才が無いのに、何で私よりも立派なの?どうして私を軽々と凌ぐ力を持っているの?」
「え~、サーシャ様そんな風に思っていたんですか?」
「答えて。」
サーシャは知りたかった。自分とフォーの違いを。力なき自分とフォーとの差を。だからこそ、シェードから答えを知りたかった。
シェードはゆっくりと口を開く。
「分からないです。」
「え?」
しかしサーシャの質問にシェードは困り顔。
「私の方が知りたいぐらいですよ。4歳ぐらいの時は目にいれても痛くない程可愛かったのに、7歳の顔合わせの頃にはいつのまにかあんなやさぐれちゃって。」
「えぇ。。。。気にならなかったの?」
「どうでもいいですかね。」
「…どうして?」
側近の癖にそれでいいんかよという言葉を呑み込んだサーシャは、理由を問うた。
「だって、十中八九あのクソ王族のせいでしょ。」
「‥‥クソ王族。」
「そうですよ。キチがいの実兄に、色ボケ爺と金狂いの母。責務を放棄している癖に貴族の心得をぬかす姉と弟。コンプレックスで妹をいびっている長兄。才能とか言うフワッとしたものを見抜いているんだと勘違いしている賢者に、無関心な王妃達。こんなクソ共が周りにいたらそりゃあやさぐれますよ。」
「‥‥クソ共。」
王族に仕える人間が言ってはいけない言葉を連発したシェードだが、そのままサーシャを見て話を続ける。
「‥‥推測ですけど、フォー様が強い理由はそこじゃないですかね。」
「クソ共に囲まれている環境がってこと?」
「…ええ。才あるくせにこれっぽちも尊敬できない人間を見て、こうはならないようにしようと必死に頑張ったからでしょう。『こうなりたい』という目標は無いでしょうけど、『こうはなりたくない』目標はありふれていますからね。そうならないようにガムシャラに努力したんだと思いますよ。」
「…そっか。」
サーシャは自分に足りないものを知った。
馬車の扉が開き、フォーが席へと戻る。
「どうでしたかフォー様?」
「いや~、流石兄上だね。理解できない嫌がらせを湧き水のように発案してくるわ。」
「ああ‥‥、成程。」
遠い目をする二人。いつかサーシャもそこに立てるのだろうか。
守るべき対象から、隣に立つことはできるのだろうか。
分からない。今のサーシャにはそんな自分が想像もできない。
そう思うからこそ、サーシャは口を開く。
「フォー様。」
「どうしましたサーシャ様?」
「私、フォー様みたいに立派な人間になる。」
「‥‥私が、立派ですか?」
「うん…いや、はい。」
「有難うございますサーシャ様。」
そうありたい。
その気持ちだけで努力するには十分な理由になりえるのだから。
「そしてスリー様みたいに強い人間になるよ。」
「それは辞めて!?」
サーシャの中では、スリーも尊敬の対象の中にいるのである。
フォーとシェ―ドが唯一間違えた教育結果であった。




