第9話 飲む打つ買うの三拍子by皇子✓
薄暗い部屋の中。センスのあるインテリアが幻想的な雰囲気を醸し出す寝台に、俺は大の字になって寝そべっている。
「ねえお客さん。アンタ一体どういうつもりなのさ?」
「ん?何がだ?」
「どういう理由でこの店を訪ねてきたのかって聞いてんのさ。」
隣にいる半裸の女が俺を見る。、魅力的な女だ。だが残念ながら、答えられることなど本当に無い。強いて言うならここはベッドが最高に寝やすいからだ。
俺、アレックス=スターウォーズは今、娼館にいる。
朝から好きでもない酒を飲み、昼には損がすると分かっている博打をし、そして夜にはこの『マーヤ』とかいう娼館で寝る。
それで何をしているかって?
「男としての道楽を楽しんでいるだけさ。」
「いやそれは無理あるだろう。朝飲んだアルコールがこの時間になっても抜けていない人間なんて久しぶりに見たよ。水飲むかい?」
「いえ、持ってきているので十分です。」
そう言ったのは、緑色の髪が特徴的な帝国特有の顔をした男。
「おう、ロンロン。いたのか。」
俺の側近、ロンロンだ。
こいつは中々の男前で、帝国ではワーキャー言われていたというのに、王国では全く声を掛けられていない。王国と帝国では美的感覚がズレているのかねぇ。
そんな男前は俺の言葉に呆れた顔付きで水を差しだす。
「いたのか、じゃありませんよ。酒に弱い貴方を支えていたのはどこの誰だと思っているのです?」
「すまんな。」
そういってロンロンは店の女に席を外すように頼む。流石高級店だけあってかこういう事にも慣れているようで、女は何も言わずに出て言った。
それを見届けてから俺は水を飲み、そして解酒薬を口に含む。酒が体から抜けていく心地よい感覚を体感しながら、俺はロンロンが集めてきた資料に目を通す。
「王国の情報はこれで全てか?」
「ええ。他は殆ど事前情報通りです。」
「そうか。」
王国の内情は筒抜け、とまではいかずとも。帝国上層部の謀略によりある程度は掴めている。掴めていたのだが‥‥。
「それにしても想定外だった。あのフォー王女があそこまで人気があったとは。」
「ええ。使用人に限らず近衛、料理人、騎士団。王宮やそれにかかわる人間全てに愛されていると言っても過言じゃないようです。」
ちょっとした理由で王国から嫌われる必要があった。だから分かり易く相手を軽んじ、挨拶もせず遊び倒す。それでいいと思っていた。
そしたら思いのほか反発が厳しい。たった三日で王宮中から白い目で見られている。無能な王女という帝国の調べとは裏腹に、存外愛される才能はあったらしい。
それも事前調査で分かってはいたが、それでも分かっていなかった。そういった所だろうか。
「それにしたって使用人の態度は酷いものでしたがね。」
「そうだな。」
ロンロンが不快気に顔を歪めるが、俺もそれには同意だ。
舌打ち、掃除の手抜きなんのその。飯はあからさまに不味い。服は用意されていない。掃除の優先度は一番最後。酷い嫌がらせだ。早朝から遊んでいるのも、王宮だと居心地が悪いからということもある。
「帝国では俺のうつけ振りに皆慣れていたからな。慣れていなければ人間ああいうもんだってことを忘れていた。」
「ですね。」
うつけのアレク。それが帝国での俺の呼び名だ。
俺の兄が第一王子なのだが、この兄の立場が色々不都合だらけだった。だから俺を担いで王にしようと群がる人間の多いこと多いこと。帝国では自分の評判を下げ、兄上の対抗馬にならないように必死だった。
遊びは楽しかったし、兄上は無事次期皇帝に。うつけには何も期待されないし、いいこと尽くしだ。
なお、巷の小説にある様なうつけと呼ばれているが裏の顔は優秀。。。。ということはない。残念ながら俺にはそこまでの才能がないのである。だから必死に佳良な人材を搔き集めて情報収集部隊を作り、そいつらに丸投げ。そうやって安全な流れにのっかっていた筈なのに、こうなった。
グラスに注がれた水を再度口に含みながら、俺は天井を見上げる。
「やはり帝国とは勝手が違うな。情報が正しいかどうか分からない。」
「帝国では情報網がありましたからね。」
王国は、帝国の隣国に位置する巨大国家。
300年前はド派手にやり合った仲である。
といっても近年はその人材の劣化が著しく、帝国に徐々に侵食されつつある。そこで俺と婚姻を結ぶことで侵蝕を強めようという魂胆らしい。
しかし俺には別の目的がある。その目的の為に、俺は屑皇子を演じているのだ。そうでなければ婚約者相手にあの態度はとらない。というか取れない。
正直王女、いや王子か。フォー王子には悪いことをしたと思っている。あんなに人に好かれるだなんてよっぽど性格が良くて、大切に育てられてきたはず。そんな娘さんが俺の態度で傷つかないわけが無い。
けれどこちらにも事情がある。だからこそ、この態度を止めることはできない。
「程々に頑張って、帝国に戻ろうや。」
「なんだかんだ言って自分の国が一番ですものね。」
「そういうこと。」
飯も帝国の方が舌に合っている。
「あのっすねぇ……。」
「「!?!?」」
「そういうことはさ、国外でやってくれないっすか?」
見たことも無い女がいた。
少なくとも店では一度も見たことが無い。まぁ黒づくめだから背と声でしか判断できないのだが。それでも身に覚えのない女。
扉の前でポツンと、そいつは佇んでいた。
「…お前さんは誰だ?」
「言ったら主人にバラされるので言えないっす。」
「言わなかったら俺達がお前を痛い目に遭わせるとしてもか?」
「この距離なら絶対逃げ切れる自信があるっすよ。」
相手の目を見る。自信に満ち溢れた明るい目だ。
…ハッタリでなさそうだな。
ロンロンに手印で合図を送りながら俺は時間を稼ぐべく彼女に話掛ける。
「‥‥お前さんの目的は?やろうと思えば切りかかれたろ?」
「そういう暴力で解決する風に考えるなんて野蛮っすね。」
何こいつムカつくな!?人の部屋に侵入してきた人間が言う言葉じゃねえだろ!!
「‥‥貴女の目的は、何でしょうか?」
ロンロンが再び問いかける。その言葉に女は首を傾げる。
…おい待て何でお前が首を傾げるんだ。
「‥‥えと、確か。面倒事を運んできそうな人間に釘を刺してこいと命令されて。どうしたら釘を刺したことになるっすかね?」
知らねえよ。
ロンロンの目を見れば、あいつは既に身体強化済み。
後はアイツが隙を見せた瞬間に取り押さえる。
「えと、確か貴族は輪切りにするのが好きなんですっけ?なら輪切りにするっすか?」
「…どこの畜生だよ。」
気に入らないぐらいで輪切りにするわけないだろ。鞭打ちや斬首はするかもしれんが。
「うーん。困ったすねぇ。。。。」
「他にないのか?釘を刺す以外の命令はよ?」
「いや、困ってるのはそこの緑髪ニーチャンの身体強化から逃げ切れるか不安っていうことっす。」
な!?バレてる!?
ロンロンの隠密強化を感知したのか!?こんな間抜けそうな女が!?
驚愕している俺等を他所に女はうんうん唸りながら宙に視線を向ける。そしてあっさりと、こちらに背を向けた。
「もういいや。帰るっす。一応伝えはしたし怒られないでしょ。」
「ッ!ロンロン!!」
「御意!!」
「ばいばいっす!!!」
黒ずくめの女が消える。けれどロンロンには見えているらしく、迷いなく扉の外に走っていく。
俺はただ、その様子を見ているだけだった。というか何が起きているのか分からんかった。
一体何なのだあの女は。
暗部のような冷徹な雰囲気も無い。そこらにいるような小娘で。そして漂う雰囲気は阿呆そのもの。
だというのにあの軽薄な態度からは想像もできないほどの実力。
アンバランスだ。あれを雇用している人間何を考えている?あんな女を使うなんて頭が可笑しいとしか思えない。余程性格が歪んでいない限り使おうとは思えないだろ。
「アレックス様。」
「おう、早かったな。」
「ええ、それについて実は‥‥」
結局、ロンロンは女を見つけれなかったそうだ。
ロンロン曰く、途中で煙のように消えたのだそう。
暗部の追跡部隊『猟犬』のエースですら見失う人間がいると。
それに彼女の言ったメッセージ。
『面倒事を運んできそうな人間に釘を刺してこいと命令されて。』。どう考えてもどこかの組織に属しているということだ。それも、俺やロンロンが探知できない人間が。もしもあの女以上の手練れがいるならば、俺やロンロンではなすすべがない。
…ああ、やっぱり帝国に帰りてぇなぁ。




