第21話 ジ!エンド!!
その後、私は妹であるフォーから呼び出しを受けて彼女の部屋にいる。あの『互いに悩みでも打ち明ければいいんじゃない?』と言っていた娘だ。
フォーは私の妹。王位継承戦に参加はしているものの、中立派を作り静観している。
「それで結局、『真言の水晶』は使い続けるのですか?」
「ああ、『真言の水晶』のお陰でかなり取り調べはスムーズに進んだ。今後とも使っていくつもりだ。」
「‥‥あのねぇ姉上。」
なんだその目は。
「水晶貸してください。」
「あ、ああ。」
持ってこいと言われていたので、袋から取り出してフォーに渡す。それを見てフォーは手を載せぼそりと呟く。
「『私は女だ。』」
ビー!!
あ、赤く濁った!?そ、そんな!?フォーは男だったのか!!!
「いや姉上しっかりして下さいよ。姉上と一緒に水浴びに行 (かせられ)たことあるでしょう。私はちゃんと女ですよ。」
「で、ではなぜ!?」
そしてなぜ呆れたような目で私を見る!?
「あのね、この水晶は心意探知なんです。」
「は?」
しんいたんち?
フォーの言葉が頭を反芻するが、彼女の真意は分からない。その思いが顔に出ていたのだろう。呆れた顔付きで彼女は私を見ている。
「‥‥つまり相手が『嘘を付いてますよ~』て意識に反応して光るのです。」
そ、そうか。そういうことか。
…なら嘘は100%見抜けるはず。どうして今のフォーみたいになる?
「でも、自然と嘘を付いたり。この10秒間だけその嘘を真実だと『思い込む』ことができればやっぱる反応しないんですよ。因みに私がやったのは後者で、前者はスリー兄上ができますよ。」
「なぜスリーはできるんだ。」
「知らないです。虚言癖でもあるんじゃないですか?」
虚言癖ってそういうものだっけか。
…ということはそうか。取り調べの時言ったスリーの言葉は嘘かもしれないのか。
待てよ。
「何も無いかのように言っているが、フォーの自分の嘘を信じるというのも異常だぞ。」
「そうですか?」
まるで私が間違っていると言わんばかりの顔で見ているフォー。
「そうだろ。自分の言った嘘を信じるなんて私にはできないぞ。」
「でも、ありませんかそういう気持ち?」
「は?」
「必死についた嘘が、例え嘘だと分かっていても真実なんだと信じたい気持ち。」
そう言ったフォーの目は、私の心の奥底を見つめているようで。。。
「‥‥例えば自分の体重を量った時とか。」
「‥‥ない。」
「本当ですか?本当の本当に言っていますか?」
「ない!!ないったらない!!」
辞めてくれ!!そういう心を抉る様な話題は避けてくれ!!
「まぁ、とにかく。それだけで罪を立証するのは不可能です。良かったですね、相手が勝手に自白してくれるナルシストで。」
うむ。。。。確かに。
異常な心理状態の人間には効かないということだものな。
「なんともままならんな。万能道具を手に入れたと思ったのだが。」
「まぁ、ないよりは遥かにマシでしょう。それより誘っておいて何なのですがいいので?姉上の派閥は今絶賛混乱中でしょう?」
「ああ。」
爺様が抵抗組織に与していたということは王国内外を問わず遍く民に知れ渡ることとなった。今後は抵抗組織の悪行は全て爺様の名を汚すことになるし、爺様が贔屓していた我々の名前もまた泥をかぶることになる。
我々の派閥の被害は甚大。
「‥‥だがまあ、きっとなんとかなるだろう。」
今まで何とかなってきたし。
「…ふぅん。」
「なんだその目は。」
「いえ、ヒィ公爵やフゥ侯爵なんかは、ファイーブ派閥でしたのにねぇって思いまして。。彼等の親族は兄上派閥に参加することを表明したようですよ。それどころか賢者は男児を家に連れ込み淫行の沼に落とし込む色魔だとか。まったく、これは賢者どころか疫病神だった
「やめろ。」
。。。何がですか?」
今のフォーの言葉は私とワーンが倒れた直後に流れ出た噂らしい。こんな低俗な話に騙される人間がいるとは思えなかったが、存外信じている人間は多かったよう。きっとどこかの人間が面白おかしく吹聴したのだろう。
「そういう悪趣味な噂を真に受けるな。嘘だってことぐらい分かるだろう。」
「ははは、だからこそ、ですよ。死人だからこそ生人にとっての良いサンドバッグになりますしスケープゴートになるのです。それに賢者の所業を考えればこれぐらいいいのでは?」
「しかし死んだ奴をこれ以上悪く言うのは、あまり好かん。」
「はぁ。。。」
フォーは心底呆れた様な目で私を見る。
「あまり、こういう片方の派閥に助言するようなことはしたくないのですが。。、」
「なんだ?」
「そういう偽善と欺瞞にみちた騎士道をかざす前に、するべきことがあるんじゃないですか?」
は?苛立ちと共に思わずフォーを見てみるも、その顔に驚愕する。
まるで出荷される商品を見るような、冷たい、冷たい人間の目。
「ヒィ公爵に助けられた貴族はたくさんおり、恩義を感じていた人間は沢山いる。孤児院だって幾つか経営していますしね。フゥ侯爵も自己の評判稼ぎのためとはいえ、それなりに救済している。今回殺した貴族って言うのは王国において優秀な貴族で、そういう貴族は得てして沢山の人間を助けて支えている。」
「…知っている。」
今回の捜査で、殺された貴族に助けられた人間が何十、何百といういることが分かった。
「支えられていた人間が、賢者を憎む気持ちは当然です。そしてその支えを殺されたことで困窮している人間が出たののも当然です。」
フォーの顔が、偽ロウロウの表情と重なる。
「それなのに何もせず、挙句の果てには元凶である賢者の死を悼む?被害者感情を無視しすぎですよ。そんなことをする前にするべきことがある筈でしたよ。」
「。。」
「死人の名誉を守りたいのは結構。けれどそれで、生者の気持ちを蔑ろにするのなら貴女方を贔屓する人間は消えますよ。」
「・・・・・。」
「まぁ、それでも貫きたいのならそれはそれでいいのかもしれませんがね。」
「‥‥少し、考えてみる。」
「それはいいのですけれど、今日の本題を忘れてませんか?」
「あ、ああ。そうだったな。」
今日、我々は一室でフォーの服を決めている。
それは、ウェディングドレスだ。
「男共のセンスに任せるなんてできませんからね。こういうのは姉上と一緒に決めましょう。」
「私も、そこまで好きではないぞ?」
「いいんですよ。姉上はファッションへの興味ゼロの癖にセンスはあるとかいうふざけたスペック持っているんですから。」
そうか。
「‥‥いや、フォーのセンスが尖っているだけではないか?」
「私も100%同意します。」
ひょこりと首だけ出して、フォーの侍女が同意する。
「そうか、シェード殿もそう思うか。」
「ええ、ツー様。」
「ちょっと、どういう意味ですそれ?」
「聴いて下さいよツー様。昨日フォー様が選んだドレスなんかは紺と深紅と緑と橙のストライプですよ。」
色の主張が激しすぎるだろ。
「よく売っていたな。」
「いえオーダーメイドです。」
「よくそれが許されると思ったな。」
「サムシングブルーです。紺色を悪く言わないで下さい。」
いや、紺色を責めている訳じゃないし、サムシングブルーはさりげなく入れるものだからな?
「それでこうしてツー様を呼び出した次第でございます。」
「そうか。シェードも苦労なさっているのだな。」
「ええ。店の主人も卒倒していました。」
王族には半端なものを出せないし、かと言って王族の要望を無碍にするのもな。。。板挟みに苦悩したに違いない。
私はフォーの行った奇天烈なドレスを思い浮かべる。全く、ウェディングドレスとは罪なるものだ。
「それにしても驚いたな。フォーが一番初めに婚約するとは。」
フォーは、帝国の第2皇子と結婚するらしい。近々式を挙げる予定だとか。
「まぁ、ワーン兄上は仕事に生きてますし、スリー兄上はそんな機能ついてませんからね。」
「私は?」
別に婚姻欲が著しいわけではないが、除外されると悲しい。この姉心が分かるだろうか。
「姉上は恋愛幼稚園児ですし。」
「れ、恋愛幼稚園児だと!?」
サラッと酷いことを言うなよ!?
「違うんですか?」
「否定はできない。。。が、私だって恋はしたことがある。」
そう。ゼロではないのだ。
しかしフォーの顔は呆れた表情。
「どうせボスナイト様とかでしょ。そんなの3歳児の『パパのお嫁さんになる』と同レベルですよ。」
ぐぬぬぬ。
…何も言い返せない。
フォーのウェディングドレスを見る。
ユニークなフォーの要望を最大限活かそうとした痕跡が見える匠の意匠。それに身を包むフォーを見ると、今更ながらに実感が沸く。
フォーはもう。あの小さかった頃の妹ではないのだと。
だからこそ、姉として私は聞く。
「‥‥後悔はしていないのか?」
「何がです?」
「帝国の第一王子は優秀だと言われているが、お前が婚約する第二王子は。。。」
噂だと放蕩三昧の駄目息子らしい。
爺様のように噂は噂だと一蹴することもできるが、王国内での彼の態度は散々たるものだったと言われている。
「まぁ、特には気にしていませんね。」
「そうなのか?」
「というか、政略結婚とかそういうものでは?」
何でもないかのように仮面夫婦宣言をするフォー。そこには、自分の言葉に疑問を感じる様子すら見られない。そんなフォーの言葉に私は哀しくなる。
こういうところは、やはり私には受け付けられない。
こういうところは、フォーには与えたくなかった。
純粋な幸せを、享受して欲しかった。
「‥‥そこにお前の幸せがはあるのか?」
「さぁ?何が自分の幸せになるかなんて分かりませんよ。」
肩をすくめ、髪飾りを付けながら答えるフォー。
「そういうことを言っているのでは。。。」
「それより姉上は、結婚式時にはどこにいるのです?」
「どこって。。」
結婚式で私がいるべき所なんて一つだろう?
「王族としてなら式典の親族席に、騎士なら式場の警備ですよ。幾ら姉だと言い張っても、騎士を選べば親族席には座れません。」
あ。。。。
「どうしようか。お前の姉としては親族席に参列したいが、かと言って騎士隊長が警備にいないのはなぁ。。」
「そう言えば、何故姉上は騎士になりたかったんですか?」
思い出したかのように聴くフォーを見て、私は答える。
「何故ってそれは、、、帰還パレードでの騎士がカッコよかったからだが。」
演奏のように美しい足音。
一糸乱れぬ隊列。日光を返す銀白の鎧。
熱狂した民衆の声援。誇らしげな大人。憧れの顔をする子供達。
それに顔を緩めることなく凛とした騎乗部隊。
これにしびれなかった人間がいるわけがない。
「ふーん。」
「興味なさそうだな。」
「まあ。そこまでは。」
「なんて失礼な・・・・あ。」
そうだ。。。思い出した。
あの時、母は笑っていた
本心から嬉しそうに、誇らしげに笑っていたんだ。
だからこそ。私は騎士を志したんだ。
私は勉強が好きでなかった。母のようになることはできなかった。
でも母が誇りに思うような、そんな人間になりたかったんだ。
「決めたぞフォー。」
「どうでもいいです。」
「私はやっぱり、騎士になる。」
「だからどうでもいいですって。」
「この夢を諦めるなんて、私にはできないから。」
「だから私じゃなくて反対している兄上に言ってきてくださいよ。」
嫌だ。今回の事件で改めて認識した。
私はアイツが大っ嫌いだ。




