第5話 遠く敬うと書いて敬遠
姉上は悪党撲滅を何よりも優先する。その標的には貴族とか関係無い。貴賤無く、分け隔てなく、ただ悪を挫く。
病的なまでに、悪に執着する。
狂信者のように、正義を執行する。
悪を挫くほど、自分が正義だと実感できるから。民から感謝される程、自分は間違っていないと実感できるから。正しいからただの『逃げ』が正義へと続く道へと様変わりする。
王族の責務から。勉学から。兄上から。第二王妃から。
逃げて逃げて逃げまくった逃走路は、騎士道となる。
「恥」は恥じゃなくなり、「運命の選択」というおおそれたものになる。
「ま、どうでもいいか。」
おっと。つい口に出してしまった。しかしその言葉を肯定と勘違いしたのか姉上は満足げに頷く。
「そうだろう。悪が滅びるのは良い事だ。」
‥‥違うんだけどなぁ。
まぁ、嬉しそうに笑っているし訂正しなくていっか。私姉上好きだし。
あ、そうだ。
「姉上姉上、、」
「何だ?」
訝し気に眉を挙げる姉上を見ながら、私は姉上に忠告するべく口を開く。
「前回と一言一句同じ言葉でしかファイーブを推すことができないのは辞めた方がよろしいかと。単調一律な口説き文句は性別問わず飽きられてしまうものですよ。」
「お前やっぱり覚えているのだな。」
話の腰を折る愚姉を無視して私は続ける。
「しかもその言葉は全て通り一遍。ファイーブを推す者は王霊議会の議席を持っていない者も多く、数で言うならワーン第一王子派が多い。」
「しかしだな、、」
「スリー第三王子の派閥もいるにはいますが、スリーは兄上ワーン派閥ですし、私はそういう闘争には不干渉です。」
「・・・・私の派閥は政治から離れている者ばかりだ。」
悔しそうな顔でそう述べる姉上だが、ファイーブ派閥もだからね。
ファイーブを推すものは実力が高い潔癖主義者や大物が多い。でも実力が高い潔癖主義者が政に、いや、貴族に関わることはないのだ。なんでも汚い世界に嫌気がさして隠居生活よろしく平民として忍んで生きているだとか。
・・・バカなのかな?領地に籠るならまだしも何故平民?平民にでも憧れているのか。愚かとしか言いようがない。そこまで憧れているのならば飢え死にしろ。平民みたく毎日の食事や収入で悩めや。お前らはただ平民ゴッコ楽しんでるだけでしょ。
「フォー?」
と、危ない危ない。つい感情的になるとこだった。
つまりそんな奴が王を決める議会に出れるわけが無いって話。貴族はその議席を手に入れる為に権謀術数を巡らせてきたのだ。濁水を受け付けない人間は決してそこには座れない。
賢者も例外ではなく、権力闘争に巻き込まれることを嫌った彼は王国の爵位を蹴ってずっと『迷いの森』で過ごしていた。
そんな彼が議会に参加できるわけもなく。。。。ていうのが普通だんだけど。
「ファイーブ派閥の中で賢者様だけが議会に辛うじて参加しておりますがね」
「あ、ああ。そうだったな。」
「といっても正式な議席者としてではなく、父王の護衛兼相談役という立ち位置ですがね。」
「……。」
議席獲得に何の努力もしていない賢者という名の暴力装置が、王霊議会という知的で合理的な場に参加する。普通は無理なのだ。ありえないと言ってもいい。
しかしあろうことか父王が裏技使いやがったのだ。今は王の護衛として議会に参加して意見している。
なんで護衛が口出ししているんだよと思うけど、王が許可しているし、賢者怖いから誰も言えない。ビビりかよと思うけど、私が議員の立場なら同じことする。だって目付けられたくないもん。
賢者は影長と一緒で人外だから。勝てるわけないの。災害に巻き込まれるぐらいならある程度の理不尽は呑み込む。
「でもやっぱりそれだけなのです。どれだけ裏技使おうと。賢者という理不尽な人間を捻じ込もうと。結局多数決の前では無力。ファイーブの支持者が増える訳じゃないのです。」
「・・・・」
「実際に今のファイーブ派閥が議会で出来ているのは時間稼ぎだけ。兄上有利に議会は進んでいる。」
そう、ファイーブの信者の発言は確かに重い。重さだけで言えば国王に並ぶものだっている。その最たる例は先ほどの賢者だろう。そして彼等の意見は確かに正論だ。正しくて、強くて、輝いているから、金塊のように重たい。
でもそれは。
その重くて輝く言葉は。
弱くて、濁水の中で生き延びて、くすんだ生き方をしている凡人には響かない。
それを認めてしまえば、自分の生き方までもが否定されるようで怖いから。自分がちっぽけで、無力で、矮小な存在だと知ってしまうから。今まで目を背けてきたものを直視することになるから。
だから誰も支持しない。
「出席者の質でゴリ押しすることも可能かもしれませんが、それだと姉上やファイーブが掲げる《《公平な》》議会にはならないかと。」
「ググ!しかし。。」
俯く姉上。でもここで辞めてはあげない。
「今ファイーブを推す人で議会に参加しているのは父王、姉上、賢者様、あとドレイク公爵でしたね。姉上が顔を出せるのは王族としての地位があるからで、賢者は父王のお陰。姉上は騎士として云々言いながら、結局は王族の身分を使っているし、賢者は政争に巻き込まれたくないとか言っておきながら今絶賛介入中ですね。」
「そ、それはそうだが。。。」
「そんな裏技使って、やっとファイーブ派閥とワーン兄上派閥は互角。」
「こ、これからファイーブの器に皆気付くはずだ!少しづつ賛同者は増えていくはずだぞ!」
「確かに。」
叫ぶかのように主張する姉上の言葉に私は同調する。
「ファイーブが年を取る程彼の派閥は強くなるでしょう。」
私は姉上の目を見つめながら続きを話す。
「だってアイツは優秀ですしね。これから年取ってもっと優秀になるのでしょう?無視できない程の輝きを持って、私が考え付かないようなことをして。そしてきっと貴族から支持されるようになるでしょう。」
それこそ絵本の主人公の様に。
「だったら!!」
「でもそれは今じゃない。」
私達が話しているのは今現在の話だ。一年後の話でもなければ、ファイーブが人気者になっている未来を話している訳でもない。
「今、このたった今。現時点において王霊議会は開会していて、ファイーブは人気者では無くて。そして優勢なのは兄上です。」
来年のことを話せば妖精が泣き喚くと言うが、それ以前の問題だろう。
『ファイーブはきっと良い奴だから第一王子じゃなくて10歳の王子を王にしようぜ!』なんて言って誰が納得するだろうか。
私ならそんな発言をした人間の尻を蹴飛ばしている。
それだけ非常識的な主張しか姉上達はできていないのだ。
無言になった姉上。けれどまだ、私は言いたいことがある。
「それにファイーブは王位に乗り気でないのでしょう?」
「それは‥‥。」
否定しない姉上。それは即ち、肯定ということおである。
「今の派閥は裏技をつかって時間を稼いでいるだけ。それを指摘されないのは父上とドレイク公爵の反感を買いたくないから。姉上と賢者に目を付けられたくないから。それだけの権力と武力で押さえつけている。でもいつ暴発するか分からない。そして当の本人は乗り気ではない。」
別に将来ファイーブがなろうとなるまいとどうでもいい。個人の自由だ。好きにすればいいさ。
けれど・・・
「そんな危うい祭りに私に混ざれと?冗談ですわよね?」
たった四人で議会を黙らせているって可笑しいでしょ。しかもそのうち二人は部外者だよ。だからファイーブ派閥は嫌なのよ。常識が崩れる。
「どうぞお帰り下さい姉上。お話はまた今度。」
そんな厄災に私を巻き込むな。私と関係ないところでやってくれ。私は実兄とは違うのよ。
平穏に嵐を乗り切りたいだけの小市民な無力の少女なんだ。
<誰得設定>
迷いの森
賢者が引き籠っていた森。王国の南東部にあり、その森を踏破した人間は未だいないとされている。代々賢者は王国の中枢から森の地図を渡されており、そこの管理を任されている。このことから専門家は、王国が巨大な魔法陣を森に展開しているのではないかと述べている。
なお、そこの森で採れる林檎は滅茶苦茶マズイ。
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