第10話 超嫌な感謝してくる奴~
私はあのまま何も答えずに部屋を出た。
あの顔を見る限り、ワーンは知っているようには思えない。私にカマを掛けていたようにも思えない。
そのことを踏まえて。私は今回の事件の根本を振り返る。
そもそも何故、王国が騎士団にこの仕事を任せた?もし王国が、我々の正義に同調してくれたと言うのなら万々歳だ。
けれどもし、王国はそう思っていなかったとすれば。今回の殺害がレベル4以上に相当する事件だと睨んでいるのだとすれば。そう王宮が確信しているのだとすれば。
これは只の殺人事件ではない。ワーンを犯人だと決めつけるよりも。ワーンが嵌められたという可能性も十分出てくる。
コツコツ。
靴と大理石が生じる音を聞きながら、私は先ほどのことを考える。
先ほどの私の仮説は仮説にすぎない。だが、もしも正しかったら?
ワーンは今回の事件をレベル4未満だと認識しており王家は真逆の意見。王家とワーンの見解は逆だった。これが極めて珍しく、例外的な事例といっていい。
何故こんなことが起きた?そんなの明白だ。ワーンにバレずに密かに捜査した王国と、ワーン独自の捜査網。その結果が違ったのだろう。
ではなぜ王国はワーンに秘密で調べた?そしてその結果を何故教えていない?それはワーンが事件の渦中であるからだという認識は正しい筈。関係者には関わらせたくないという考えからだろう。
問題はワーンが実行犯なのか、それとも嵌められた側なのか。
だがワーンが実行犯であるなら、事件がレベル4以上なのか私に確認してくるか?そんなことせずに自分は無罪だのなんだのと喚き散らすはずだ。経験上、ああいうことを質問をしてくる人間は、自力で冤罪を晴らそうとしている。
そう、冤罪を、だ
つまりワーンは犯人ではない。
例えこれが言い過ぎだとしても、だ。少なくとも、ワーン自身は自分を犯人だと思っていないということだ。
では騎士団が逮捕したワーンは。。。もしや。
いや、そんな些細なことを気にする必要なんてない。私の心理を考慮した上でのあの言い方かもしれない。
それにアイツが今までしてきたことを思い出せ。
敵対貴族への悪質な借金を押し付け、取り立て行為とかこつけて産業を奪っていく。身分を理由に平民出身の騎士を除名し、道を遮ったとかで幼子を切り捨てた。
今まで王族であることと、証拠不十分という理由で逃げられてきた。今回の連行がチャンス。これに今までの罪を載せていけばいい。
だが。だからと言って。。。
‥‥‥‥ん?
「誰だ!!」
「・・・・。」
「そこの柱の裏にいるのは分かっているぞ!骨ごと焼焦がしてやろうか!!」
気配を感じる柱に照準を合わせ、私は炎魔術の術式を構築する。…しかしなんだこの気配は?気持ちが悪いな…。
未知の気配にうすら寒いものを覚えながら、私は術式の完成を確認する。よし、後は放つだけだ。
「お前の返答はそれでいいんだな!!!」
「…やれやれ。隠密には自信があったのですが。降参です。燃やさないでください。」
ぬるりと出てきた男は、両手を広げて柱の後ろから姿を現す。宣言通り争う意思は無い様。敵意も殺気も感じない。
それにしてもそっちの柱にいたのか。一つ隣の方だと思っていた。
‥‥危ない危ない。うっかりで王宮の一柱を燃やす所だった。
「それにしても、怪しいやつめ。一体どういう理由で王宮に忍び込んだのか。洗いざらい吐いて貰うぞ。」
「そう邪険にしないでくださいよ。感謝を述べに来たのです。」
「‥‥感謝だと?」
「ええ。感謝です。貴女にね。」
「…私に、か?」
「はい、その通り。ツー様。貴女への感謝です。」
男を見る。仮面で表情は見えないが、少なくとも嘘を言っているようには見えない。
「…そういうのは、騎士団にて言ってくれると助かるのだがな。無論、不法侵入もせず、その怪しいマスクを外して、だ。」
「はははは、今度からそうさせて頂きますよ。」
愉快そうに笑うその男は、上機嫌であることが仮面越しでも分かる程。そして深々と頭を下げて言い放った。
「あの憎きワーンを逮捕してくれて、本当に有難うございます。普通の貴族なら第一王子が犯人だと思ったら逮捕しませんから。」
「‥‥まだ逮捕では無いがな。」
「そうですね。訂正しましょう。連行すらしませんよ。」
男の言葉を耳に入れながら私は自信の記憶を探る。男の声を基に、私は自分の知り合いリストを辿り男の正体を…‥‥駄目だ、こんな声の人と会った記憶が無い。
でも何故か他人とは思えない。何故だ。何故なのだ。
私が忘れているだけで、どこかで会ったことがあるのか?
「それで貴殿は誰だ?私の記憶にないのだが。」
「‥‥ほぉ。」
私の言葉に男は感心したように呟く。
「私の名前は…そうですね、抵抗組織とでも言えば宜しいでしょうか。」
「な!?抵抗組織だと!?」
抵抗組織。王国における絶対王政を否定し、議会政治を掲げる極左団体。その主張だけなら立派なのだが、その過程で多くの関係無い市民を殺すから嫌いだ。
「‥‥その抵抗組織が何の用だ?」
「先ほども述べたように感謝を。そして少しだけ、お話を聞いていただけたらと思いまして。」
「顔も見せない相手にか?」
貴族を嫌う癖に、やっていることは同じではないか。
「そう言わずに。すぐ済みます。」
「…何だ?」
聴くだけ聞いて、そしてできれば逮捕だ。
「ありがとうございます。まあ有体に言えばスカウトですね。我々の組織に入りませんかという話です。」
「抵抗組織にか?」
「左様です。」
「私は王族だぞ?貴様らが嫌う貴族の親玉だ。」
「我々が嫌うのは悪徳貴族の親玉です。善良な貴族の長ではありませんよ。」
今まで、市民も貴族も関係なく殺してきたテロリストが今更?何を言っているのだこいつらは?
「‥‥少なくとも、他者を傷つけてでも目的を果たそうとする組織は碌なことにならない。スカウトは諦めてくれ。できるとも思えないしな。」
「そうでしょうか。今回の一連の事件で我々の力は十分見せることは出来たと思いますが。」
な!?つまりこいつらが犯人なのか!?
「‥‥いや、不可能だ。」
「おや、なぜです?」
意外そうな声音で私に言葉を返す男。だから私は根拠を順に述べていく。
「抵抗組織の人間が貴族の屋敷に忍び込むだと?あそこには何十というものの手練れの護衛がいるのだぞ?」
貴族は濡れた子猫のように臆病だ。だから無能な癖にその潤沢な資金を使って有能な人間を多く雇い入れる。今まで散々革命に失敗してきた抵抗組織が、その兵力差を覆せるとでも?
「別に忍び込む必要など御座いません。」
「なに?」
どういうことだ?
「我々には心強い味方が付いているのです」
「味方だと?」
「はい。その人は王国の中枢に位置しており、騎士団長に命令できる立場にある。その方が堂々と会いに行って、軽やかに我々を招き入れた。それだけですよ。」
「‥‥馬鹿な。」
高位貴族と抵抗組織が手を組む?抵抗組織にとっても高位貴族にとってもあり得ない。
「滑稽でした。あれだけ抵抗組織のことを汚らわしい目で見る癖に、彼の方には一切警戒しないのですから。いやはや、貴族と言う者は本当に心ではなく身分で人を品定めするというのは本当のようですね。」
100%同意する。
同意はするが。。。違和感が拭えない。なんだ、私はどんな矛盾を見逃している?
「‥‥」
「それで、スカウトの話に戻りましょうか。」
スカウト‥‥ね。
「我々は同志だと思っております。無能で害悪な貴族を駆逐したく思っている。優秀な平民を嫉妬で摘まれることを憂いておられる。」
「ああ、その通りだ。」
「どうでしょう。我々の同志として共に王国を導きませんか?」
確かにこいつらと組めば、貴族市民関係無く悪を裁くことが出来るかもしれない。
人身売買に手を染めるような人間を、身分があるからといって見逃す必要は無くなるかもしれない。人殺しを人殺しの罪で裁けるかもしれない。
被害者が無き寝入りする事態も。我々が無念と後悔に苛まれる日々も。それが全てが無くなるかもしれない。
そう思えば、彼等に与すのは一考の余地がある。
「‥‥だが断る。却下だ。」
私の返答が意外だったのか。一瞬、息を呑む音がした。男もそれに気付いたのか、慌てて平常心を装いながら言い放った。
「一応お聞きしますが…何故に??」
「‥‥殺しで正義を得る方法を否定はしない。けれど、今回は殺しすぎな上に分別も無い。」
王族や下衆貴族の殺害は認める。だが、今回の公爵や伯爵には殺される程の悪事を働いている人間は明らかにいなかった。
「・・・・大義の為の、必要な犠牲です。」
「そうか。お前達はそういう主義なのかもしれない。しかし私はそうした殺しはしない主義なのだ。主義主張が合わない集団に属するのは互いの為にならないだろう。やはり、お前達の話は受け入れられない。」
「‥‥今、、、、」
「ん?」
「今!!私の話を聞いていたか!!腐った王政の打倒のためだ!!」
男が吼える。怒りを露に。獣のように。
「その大義の為に犠牲は払わなければならない!!そうだろう!!腐った貴族という塵よりも軽い犠牲がな!!」
「…なぜそう考える?」
「は!?」
こういう意見をいう人間にはずっと不思議に思っていた。『成功のための尊い犠牲』。なぜ、犠牲を前提に置く?
「別に『打倒王政』に『犠牲』を必要とすることはないだろう。話合いで平和的に身分制度を解体すればいい。」
「そんなの不可能だ!!」
「何故だ。」
今度は私が問う。かねてからの問いを。
なぜ皆は二者択一なのか?何故みんな不可能だと断言するのだ?
「そんな絵空事が実現するほど世の中甘くはない!!この世界は絵本のように簡単ではないのだ!」
「やって見なければ分からないだろう。」
「この。。。。!!!その間にどれだけの犠牲が。。。!!!」
明らかに動揺した空気を見せた声の主。しかし冷静になったのか、すぐさま息を整えた。
「どうやら、またの機会に話し合う必要があるようですな。」
「ああ、そのようだ。」
「しかし一つだけ助言をさせて頂きましょう。貴方ははやく覚悟を決めるべきだと。」
「覚悟だと?」
そんなの騎士団になった時から決めている。国の為に、正義の為に死ぬ覚悟だ。
「貴方が神の如き万能の力を持っていないのなら、犠牲を払う覚悟を持っていなければならない。綺麗ごとは結構ですが何かを得るには、同等の何かを差し出さねばならない。同様に、何かのメリットを享受するには、同等のリスクを背負わなければならない。それが、生きるということですよ。」
「・・・そんなわけないだろ。何かを犠牲にせずとも、両方を得る方法がある筈だ。」
私の言葉に、少し考え込む素振りを見せる声の主。姿は見えないからあくまで想像だけどな。
「・・・その通りです。その方法も確かにあるでしょう。」
「なら何故。」
「ならその場合、貴女様はもっと凄惨な覚悟を決める必要がある。」
「?」
覚悟だと?なぜだ?
「その両方を失うという、大きなリスクを背負う覚悟です。」
「..........!?」
「両方を得る、それが一番です。でも、その選択肢を入れるということは、両方を失う未来も出てくるのは当然のこと。違いますか?」
その男に言い返せるだけの言葉が私には無くて。
「貴方に、それが背負い切れるか?」
また私は、何も言い返せなかった。




