第1話 お悩み相談室を開催します
演奏のように美しく奏でられる足音。
一糸乱れぬ隊列。日光を返す銀白の鎧。
熱狂した民衆の声援。誇らしげな大人。憧れの顔をする子供達。
それに顔を緩めることなく凛とした騎乗部隊。
その姿に恋をした。
始めは甘い憧れと願望だった。
何も好きになれない、何も熱中できない私が初めてなりたいと思ったものだった。
だから死に物狂いで努力した。
憧れになりたくて。夢を叶えたくて。
夢はかなった。騎士団の七つの長の一つである騎士隊長に私はなった。
今の私は、あの時憧れた騎士団の大半を指揮する立場にある。
そんな私は、あの時見た憧れの騎士に問いたいことがある。
助けた人間がいずれ悪になると分かっていたら、私はどうすればよい?
「それが、姉上の悩みですか?」
「ああ、そうだ。」
「どうせ後で裁くのだから、その時点で救う必要はあるのか。そういうことですか?」
「‥‥少し、違う。」
私は自分の思いを言語化するべく一瞬思案する。
「苦しんでいる人間は救う。けれど、その救った人間により苦しむ人がいる。なら私は、その人間を本当に救うべきなのか。そこが分からなくなってしまったんだ。」
ところどころ質素な雰囲気を醸し出しながらも、豪勢な部屋。窓の近くにおいた我が愛剣『燃えルンルン』が日光を反射している。愛剣を立てかけた窓から注がれる日光が、私の机を照らし出す。
その明るい光に目を細めながらも、皿の上の茶菓子に手を伸ばす私と弟。今、私は末の弟であるファイーブと共にいる。
私ことツーは王国騎士団『白月』の騎士隊長。因みに第二王子でもある。
そして目の前で紅茶と菓子に舌鼓を打つ少年の名前はファイーブ。ファイーブは王国の第五子。我々王族の末弟だ。彼は未だ12という幼い齢ながらも数々の政策案を打ち出し、大人顔負けの知識と技量で王国を導いてきた。
既存の枠にとらわれない発想力と洞察力はまるで私達とは異なる世界の住人であるかのよう。そして農業、工業、商業、軍事、政治。あらゆる分野において輝かしい成果を上げている。
今までは正義に基づく行動をし、それを貫くだけの信念と力があった。しかしどこか気だるげだった。しかし最近では、生まれ変わったように精力的に働くようになった。今まで消極的だった王位継承戦にも、積極的に関わるようになってきた。
これだけなら別によかった。
だが最近、ファイーブの様子がおかしい。
何かに取り憑かれたような。正義や悪を軽視しているわけでは無いのだが、それ以外の基準で動いているような‥‥こう、なんとも言えない違和感があった。
なにか動機に基づいて活動しているのだろうが…、その動機に囚われているかのような。そんな様に私には思えた。
それが気になっていた。しかしだからと言ってファイーブに訊くこともできず。モヤモヤしていたのだ。そのことを妹のフォーに相談してみたところ、『互いに悩みでも打ち明ければいいんじゃない?』と言われたのだ。
名案だ。
こうして善は急げとばかりにファイーブを部屋に連れ込んで話をしたわけだ。
で、今は私が悩みを打ち明けた。
助けた人間がいずれ悪になると分かっていたら、私はどうすればよい?
私の悩みを聞いて、ファイーブは少し意外そうな顔で私を見る。
「‥‥姉上は、何故そう思うのですか?そう思う切っ掛けが?」
「ああ。」
脳裏に思い浮かぶのは、エナンチオマー侯爵。
エナンチオマー侯爵は私が幼い頃助けたことがある。腕利きの暗殺者数人に襲われていたところを、偶然通りかかった私が撃退したわけだな。騎士として当然の行為だが、エナンチオマー侯爵からひどく感謝されたっけ。
私も当時は気をよくしたものだ。
その後、彼は様々な援助を騎士団に申し出てくれた。お陰で私達騎士団は経済的苦境を感じることなく活動できた。王位継承戦でも助けてくれたっけな。私の派閥は社交界に参加している者が少ない。そんな我が派閥でもまともに戦えたのは、偏に彼のお陰と言って良い。
彼は私に感謝していたが、私の方が感謝したいぐらいだ。
助け合いは助け合いを呼び、善意は円環の如く循環する。
そう思っていた。あの時までは。
あの侯爵は、かの人は数多くの孤児を攫い人体実験を繰り返すような人でなしだったのだ。洗脳し暗殺者を仕立て上げ、人体実験を繰り返し、民から酷税を徴収していた。
私はそのことに気付かないどころか、フォー暗殺の企てすら見逃してしまう始末。
「私がエナンチオマー侯爵を助けたばっかりに、何百という罪の無い子供達が死んだ。」
「姉上、しかしそれは…。それは決して姉上の所為では。。。」
「分かっている。あれは私が背負える責任ではない。私は自分の力をそこまで拡大するほど傲慢でもないし、それぐらいは弁えているつもりだ。」
だが、それでも。それでも、だ。私は非難されるべき人間であるという思いは消えない。事実としてあの時助けずに侯爵が死んでいれば犠牲にならなかった子供は多くいた筈。
騎士としての職分を怠ったから。いや、そもそもの話、侯爵を助けてしまったから。
「‥‥私の正義で、孤児を死に追いやっていたのだと思うとな。一体私は何をしているのだという自己嫌悪に苛まれてしまうよ。」
「そうですか。」
私の言葉に顔を歪めるファイーブ。私に声を掛けようとして、そして口を噤む。生半可な言葉は掛けるべきではないと思ったのだろう。
優しい奴だ。こんな話に同情してくれるとは。
…と、参ったな。茶会の目的を忘れて、ついつい自分の話に夢中になってしまった。
私は小さめのスコーンを手に取り、ジャムを塗り付ける。そして場を明るくするように、少し大きめの声でファイーブに問いかける。
「それで、私は話したぞ。ファイーブの悩みは何なのだ。」
スコーンを口に頬張りながら、私はファイーブを見る。弟もそんな私を見ながら、少し抵抗感の混じった顔で口を開く。
「やっぱり話さないというのは。。。。」
「む、だが私は話したぞ。」
条件の後だしはフェアじゃないだろう。私の返答を予想をしていたのか、苦笑した顔。自分でもそう思っていたのだろう。
「‥‥そう、ですね。」
そして観念したようにファイーブは語りだす。
その声はひどく疲弊しており、苦悩に満ちていたことが印象的だった。
「‥‥僕には、好きな人がいました。」
「そうなのか!!それはめでたいな!!」
自分の恋バナは嫌いだが、他人のなら大歓迎だ!しかし、縁談を片っ端から断っていたファイーブにそんな人がいたとは!
意外でしかないな!
「ええ。」
だがファイーブの哀しい目を見て違和感を覚える。そしてその違和感の正体に気付く。
…いました、ということは。
「もしかしてその人は。。」
「死にました。」
「‥‥そうか。」
生半可な慰めは、却って本人を傷つける。だから私は、これしか言えなかった。
以前、ファイーブが部屋に閉じこもって出てこなくなった時があった。私や彼の友人がどれだけ問いかけても、出てこなかった。ほんの三日やそこらで出てきたが、今思えばあの時のことなのかもしれない。
あの時のファイーブの落ち込み様は尋常では無かったからな。
沈黙が場を支配する。その沈黙に寄り添うように、ぽつぽつと、ファイーブは雨のように話し始める。
「それで、まあそれはいいのです。乗り越えたわけじゃないですし、その人を忘れたわけじゃないですけど、僕なりにその人の死を受け止めることは出来ました。」
「じゃあ。。。」
「でも、そこまでなんです。受け止めた、で終わりです。」
ファイーブは両手を目にやり、顔を覆い隠す。
「死んでしまって。悲しみに暮れて。そこで僕の時間は止まってしまっているんです。どうしても『よし、次の恋愛にいこう!!』という気分にはなれない。なりたくないんです。」
ファイーブは今まで数多くの婚約を打診されているも、断り続けている。無論それを咎めるような人間は我が派閥にはいない。全員純粋な好意から勧めているだけであって、本人の意志を尊重している。
だが理由は気になっていた。その理由がこれだったのか。
「…その人が割り切れないってことか?」
「ええ、その通りです。」
ファイーブはモテる。今まで数多くの人間を苦境から救い出してきたから、両手で数えきれない人間からの恋慕が寄せられている。魅力的で、美しくて、気品がある女性なんてそれこそ選び放題だ。
それでも、なのだろう。
「・・・とても好きだった人で。今でも愛してます。」
それでも、その失くした人には勝らないのだろう。
「とても悲しい別れ方をしてしまって。ずっとそれから忘れられなくて。動き出すことが出来なくて。」
ファイーブは話を続ける。
「・・・いや、そういうのではないんです。もっと、こう気持ちが、凍ったような。彼女の部下や、同業の人間、上司…。周りの人間は気持ちを整理してしまっていて。僕もそれなりに整理する。でも、やっぱり僕は思い出に縋りついてしまっている。」
ファイーブは目を下に向ける。
「だから夢の中でその人に言われるんです。『前を向けって。もう終わったことなんだから幸せになれ』って。それはまやかしなんかじゃなくて、その人もきっとそのように思っているんだって分かっています。だから好きになったんですから。」
それでも、と微かに呟きながらファイーブは赦しを請うかのように下を向く。顔に両手を添える様は、まるで前を見ることを拒絶するかのよう。
「無理ですよ、そんなの。そんな簡単に清算できるような想いなら、僕はここにはいませんよ。こんなに苦しんでいませんよ。」
私は、ファイーブに何も言えなかった。
「僕は、『受け入れた』から先には進めないのです。」
謝罪のように吐き出されたその声が、私にはひどく印象的に聞こえた
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