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ミステリーという名前にしてれば何とかなる

まだ肌寒い時期。そんな外気に反抗するかのように、俺の部屋はめっぽう暑い。


「あ、姉上?」


ああ、憂鬱だ。何でこんなことに。


「あ、あの。ま、まずはその物騒な剣を降ろしませんか?」


「黙れスリー。お前の口から吐かれる一言一句に私は怖気が止まらない。」


酷くない?


「ですのでツー様、私は何も悪くないのです!!そうでしょうスリー様!?」


俺に懸命に掴んでいるのは、男爵家の男。下僕のように俺の足に縋っているが、俺とは面識はゼロに等しい。王宮で見たことあるし王宮勤務なんだろう…そうとも限らんか。王宮に呼び出されたとかでも王宮に来るだろうしね。


それにしても姉上の燃える剣はマジで怖い。部屋の絨毯とかが燃えないか今も心臓がバクバクだよ。


ていうか室内は火気厳禁て習わなかったのか?習わなかったとしても普通は分かっておくれよ。姉上が気軽に燃やしたものは全て国庫から賄われているんだよ?


…さてと。現実逃避も大概にして現実に戻ろうか。


姉上の眼が思ったよりガチだ。


「スリー。お前のことは昔から嫌いだったが、此度の件で私の堪忍袋の緒が切れた。我が剣でお前を切り刻んでやる!!!」


「スリー様!!お願いします!ツー様を止めて下さい!!」


いや、本当なんでこんなことになったんだ‥‥。


話は少し遡る。

と言っても大したことでは無いから三行で語ろう。


男爵が来た。

姉上が来た。

俺は姉上に怒られ、男爵には縋られている。



…誰か助けて。


正直俺も事情がよく呑み込めていない。優雅に茶を飲んでいたら御覧の出来事。

説明が一番欲しいのは俺なんだよな。


「姉上、せめて俺に事情を説明してくれませんか?」


俺の言葉に姉上は悍ましい声を聞いたと言わんばかりにしかめっ面で俺を見る。物凄く失礼な態度をしているが姉上だからね。そういうの失礼だと思っていないのだろう。


話してあげるだけ私って優しいとか思ってそう。


「分かっている癖に、姑息な時間稼ぎを使うとは。そうはいかんからな。」


「いやそれ冤罪ですから。」


「‥‥。」


「‥‥。」


真っ直ぐと俺を見る姉上。俺も疚しい事は無いので姉上を見返す。すると俺の誠意が通じたのか、溜息を吐きながら姉上は事情を説明し始めた。


「昨日、私はいつものように王都をパトロールをしていた。」


滔々と語り始める姉上。俺は未だ脚にくっつく男の顔を蹴り離しながら耳を傾ける。


「そこで私は、うずくまっている女性を見つけたんだ。聞けば貴族の男に結婚を迫られ、拒否すると殴られたのだそう。」


「お、おう。」


王子が気軽に王都でパトロールにツッコミたい所だが。それ以上に何考えているのか分からん男だな。その女性は拒否して正解だったと思う。


そして話の文脈的に考えるならば、だ…。


「その殴った貴族が男爵だと?姉上はそれを見たので?」


「いいや、こいつは逃げ足だけは早くてな。私が見つけた時は人目が集まって退散した後だった。」


「なるほど。」


俺は男を見る。平均よりは上背があり、魔力、顔立ち、体格も申し分ない。

…おい俺を涙目で見るな。仲間みたいに思われるだろうが。


「それで?」


姉上の蔑むような視線に耐えながら、俺は話を促す。


「そこで急いで女性から話を聞いて、特徴を纏めた。それを基に探し当てたのがこいつだ。」


「え、そんな理由でこの人捕まったの?」


可哀そうすぎない?こんな貴族のステレオタイプみたいな顔立ちと体格の人間なんてそこらにいるよ?


けれど俺の言葉は姉上的には赤点だったようだ。親の仇を見るかのように俺を睨んでいる。


「何を言うか!!特徴にピッタリ一致するでは無いか!!」


「‥‥いや、いやいやいや。」


それだけで剣をぶん回して追いかけたの?そりゃあ涙目にもなるわ。


「その、証拠は?」


「無い!!だが私の長年の勘が言っている!こいつからは犯罪者の匂いがすると!」


んんんん????

失礼だが姉上は今お幾つでいらっしゃる?24とかだよね?

どんな24年間を歩めばそんな結論に至れるんだ?


「許されない!!男は殴っただけでは無く身体魔術を使って女性を無理矢理拐そうとしただとか!」


それは確かに許されないね。


犯人がこの男だったらだけど。


違うかったらどうするつもりなんだろ。剣ぶん回して追いかけてごめんなさいで許してくれるとでも思っているのかな。…思ってそう。姉上だし。


騎士団ていつもこんな調子なのか?憲兵が速攻でフォーの派閥に参加を決意した理由が分かった気がする。


え、俺こんな馬鹿らしい話に巻き込まれるの?嫌なんですけど?

でも姉上の眼を見る限りそうも言ってられなさそう。


俺は言い訳するかのようにおずおずと口を開く。


「‥‥それで、その。この男は否定していますが?」


「ふん、そんなの嘘に決まっているだろう!私はそんな見え透いた虚言には騙されない!」


な、なんと。

フォーの嘘に騙されている人が言ったら説得力ゼロだな。


ここで姉上、いや騎士団の仕事について説明しておこうか。


騎士団の仕事は基本的に戦争だ。


戦争の闘技者として参加し、結果を残す。他にも冒険者が狩れない害獣の討伐も行う。龍とかだね。稀に影と一緒に捜査をすることもあるが、基本的に騎士団とは即ち戦力であり武力。


こうして使われる騎士団だが、近年、一つだけ問題が起きた。


平和なのだ。世界は。


大規模な戦が無く、精々が蛮族との小競り合い程度。騎士団数十人を動員することはあっても、全員は出動するような事態はここ30年無い。


スーパーピースだ。


で、だ。


騎士団のすることが無くなった。


戦争の舞台が剣と血の合戦場から政治と暗殺に移行した現代。こうした時代の流れをもろに受け、騎士団が活躍する機会がめっきり減ってしまった。


ここで騎士団の予算の削減や規模縮小の話が出てくるのは当然の流れ。無論騎士団は猛反発。けれど仕事が無いのも事実。


つまりは騎士団解体の危機。


そこで姉上含め騎士団は考えた。仕事が無いなら作れば良いじゃない、と。王都内で防犯パトロールを始めたり、殺人事件を解決したり、貴族の護衛を担ったり。


ここまでは良かった。

自分が出来ることを新たに探し、仕事を作ろうというのだ。啓発本の良例として紹介されるぐらいの最高のアンサーだ。


だが作った仕事は他所の部署の仕事を奪うことにつながった。要人の保護、王宮の警備等と言った貴族関連の荒事は近衛兵の仕事だし、王都などでの民間人の治安維持は憲兵の仕事だ。


彼等としては面白くない。姉上の我儘を王と賢者がゴリ押ししたっていうのも原因の一つだろうね。誰だって不公平な扱いは嫌だ。


こうして噴出した問題に対し、王宮はどうしたのか。逐一騎士団の仕事を割り振ることにしたんだ。騎士団は王宮の指令に基づき働くことになったのだ。



まあ、そんなこんなで現在。姉上は憲兵の真似事をしているわけだ。姉上が割り振られる仕事はそれがメインだね。


護衛?


姉上にそんなことできるわけないだろ?炎剣を振り回す奴だぞ?対象を守るより先に自分で護衛対象を焼き切ってしまうよ。


近衛兵の真似事は別の騎士団がしているのだ。


それで憲兵の真似事をしている姉上は私刑を要求しているわけだね。


「今すぐ法廷に連れて斬首だ!」


怖い。


「女性を殴り!その上既婚者に言い寄る屑野郎だ!!情けなど無用!!」


その理論で行くなら犯罪者は皆斬首なんだが。


姉上の厄介なところて、これを本心かつ義侠心で言っている所なんだよね。下心とかが無いから懐柔とかできず、やりづらい。しかもなまじ正論が混じっている分、反論もしづらいし姉上は自分の意見が間違っていると思えない。


「法が裁かないのなら私が直に裁いてやる!!私が法になってやる!!」


裁判官が嫌いそうな言動No1だな。


「まぁまぁ姉上落ち着いて。こいつの取り調べは俺がしておきますよ。」


そんな姉上を宥めなければいけない俺はなんて可哀そうなんだ。まぁ、憲兵とか近衛兵の行政は俺が担っているからなんだけど。


「でもその前に、その女性の話を聞いていいですか?」


「よかろう。」


よかろうて。何様だよ。






結論。


街娘は凄い美人さんだった…。


そして姉上が言った事はオーバーでも何でもなくて。彼女の顔や体の至る所に包帯が巻いてあった。言われずとも暴行の痕。少しずれた包帯からは痛々しい生傷が覗いており、眠れてないのか、眼の下に濃い隈がくっきりとある。


取調室に来た街娘は、始めはびくびくしていたものの、雑談を交わしていくうちに打ち解けた様だ。今、ポツリポツリと当時の話をして貰っている。


「一ヶ月ほど前から視線は感じていたんです。」


「ほぉ。」


「けれど気のせいかなとも思って。」


そうだね。普通の人間は視線とか悪意とか察知できんしね。俺も無理だし。どこぞの第二王子ならともかく、普通は気のせいだと思うよね。


「それで、取り合えず主人には伝えておいて。それで普段は主人とともに外出するのですけれど。」


「へぇ、御主人は奥さんの為にずっと家にいてくれたんだ。」


「ええ。」


俺の言葉に街娘は顔をあげる。


「良い御主人だね。」


「はい。」


よほど旦那さんを愛しているのだろう。眼の下の隈を触りながら、彼女は俺の言葉に力強く頷く。


そのまま話を促し、彼女は事件当日の事を語りだす。


「けれどその日は丁度、主人が外せない用事があって傍にはいなくて。」


「それで買い出しに行ったら、襲われたと?」


「はい…。」


一転、今度は暗い顔で下を見る街娘。あんまり当時の辛い状況を思い出させたくはないのだが、捜査上避けては通れない。


「どういう風に襲われたのか、言えるかな…?」


「は、はい。…求婚を拒否した後、胸倉を掴まれ気付けば地面に倒れていました。傷と、痛みから恐らく頬を殴られたかと‥‥。そこからは‥‥、すみません。思い出せないです。痛みから逃れるのに無我夢中で、気づけば周りに大勢の人が…。」


「そっか。ありがとう、話してくれて。」


グラスに注いだ水を差しだし、ひと呼吸入れる。顔色が悪い彼女は気分ではないのか、水には口を付けない。


俺は、心苦しく思いながらも聴取を続ける。


「胸倉を掴まれたのはそのスカーフで?」


「は、はい‥‥。」


「少し借りてもいいかな?」


「‥‥どうぞ。」


差し出されたスカーフは何の変哲もない水色のもの。そのスカーフを手に取った俺はすぐさま作業に移る。スカーフに分別粉を掛け、そしてはたく。その叩いた粉を分別瓶に入れてよく振る。すると瓶の中で漂う粉はみるみるうちに赤黒い色へと変容していく。


「あ、波長反応が出た。」


「なに!?私の時は出なかったのに!」


うーん?そうなのか?


「でも出てますよね?」


「うぐぐぐぐ‥‥。」


悔しがっている姉上を他所に、俺は同席してもらった女性憲兵に確認を取る。


「波長は1305.06か。。。。俺の知りうるデータの中ではこの波長を持つ人間はいないな。憲兵の所有しているデータにはこの波長と色の持ち主はいないよね?」


「ええ。」



女性憲兵さんは滅茶苦茶優秀な方で、魔力痕の検出の腕はピカイチらしい。そしてある程度の人間の魔力波長と色を覚えているらしい。化け物だね。


そんな桁違いに優秀な憲兵さんが続けて口を開く。


「ただ‥‥。」


「ただ?」


「貴族サマがお得意の力で情報を改竄していたら話は別ですが…。」


「おっと。チクリと刺す皮肉の腕もピカイチだね‥‥。まぁ、今回はその心配はないと思うよ。」


「なぜです?」


訝し気に俺を見てくる憲兵さん。うん、ちょっと貴族の事が得意ではないようで。

でも俺だって出まかせを言っている訳じゃないんだ。


「だって、憲兵の魔力データベースは王宮を介しているでしょ?憲兵のデータベースの改竄とは即ち王宮に金積んで王室がデータを改竄するってことだ。理論上は大いに可能だし、やっている奴はいると思うよ。」


「なら…。」


「でもね、それをする奴はこんな犯罪しないよ。」


別に求婚を拒否した女性を殴ることの罪が軽いと言っている訳じゃない。ただ、王宮にそれだけの金を積める人間が、こんな杜撰な犯罪をするわけがない。


「それに改竄したデータが憲兵所に提出されているとしても、だ。王家は貴族の魔力情報を全て管理してる。当然、本当の魔力情報をね。それを閲覧できる俺も照合したんたんだ。恐らく犯人は貴族じゃない。」


「そうですか…。」


女性憲兵さんは、嫌な顔一つ見せずに俺の言葉を受け取る。内心では貴族死ねとか思ってそうなのに、それをおくびにも出さないのは流石。プロだね。


「念のため俺の伝手で集めたデータとも照合してみるけど、俺の知る限り王国貴族にこの魔力波長は無いと思う。」


「念のため、私も憲兵所のデータから洗い直してみます。」


「ありがとさん。」




さてさてさーて。

面白くなってきたなぁ…。



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