第3話 でもああはなりたくない
非論理的な拒絶と差別、損害しか生まないと癇癪に嫉妬。実力に伴わないプライドに、脆く傷つきやすい自尊心。非生産的で狂気に駆り立てる同調圧力。これらの理屈で語れない人間の性を、感情を、ファイーブは理解できないし、受け入れることが出来ない。
だってそんな感情はマチガッテイルのだから。
悪魔と対話を模索する人間がいないように。悪鬼に懲役が無いように。
間違っているからそれを悪としてしか捉えられない。
そこから先には進まない。彼にはこの歪んだ感情を受け入れる心が未だないから。
綺麗な水の中でしか生きていいけないファイーブは、泥水の汚さも、その中で必死に策を凝らす愚物や、そいつの見苦しい戦略も知らないし、分からない。
まぁ10歳でそんなことできたら逆に凄いわよね。精神が70とか老獪ならば出来るだろうけど、10歳にそんな心がある訳ない。あったらもう人間じゃないよね。妖怪か悪魔かなんかだよ。
実兄みたいに心が捻り曲がった男じゃあるまいし、普通は無理。でもその《《無理で問違った感情》》を知ることは、貴族相手には必要不可欠なのだ。何たる矛盾。
やはり世界はカス。
逝ね女神。こんな世界リコールだわ。
「だからこそ!ファイーブが王となるのは必然なのだ!」
そして丁度演説が終わった。私とシェードはマナーに則り感極極まった顔で拍手する。くそつまらない話をどうもありがとう。
「素晴らしい演説でした姉上。」
「そうか、分かってくれたか。」
微妙に話が通じていない感は否めないが、無視。
「でも姉上。」
「なんだ。」
「一応聞きますけど、ファイーブの王位継承権は5位ですよ?」
「そうだが、私、お前、あの外道スリーは王座に興味がないだろ。ならば実質ファイーブの継承権は2位だ。」
それは暴論、、、なのかな?正しいように聞こえるし、間違っているようにも聞こえる。うーん分からない。だから議論という名の論破合戦は嫌なのだ。
言いようで真偽の尺度が曖昧になる。詭弁が事実になり、真実が幻になる。頭こんがらがっちゃう。
だから私はこれ以上継承順位については尋ねない。代わりに次の疑問に移る。
「姉上のその主張を受け入れたとして。それでも2位ですよ?1位じゃありません。生まれもワーン第一王子の方に利がありますし、それは理解しておいでで?」
「なんだと!?」
驚愕の表情を浮かべる姉上だが、驚くのはこっちの方だ。
兄上の母上は帝国のハイスペック完璧姫。対してファイーブは父上が私情で手を出した庶民との子供だからね、出生で兄上の方に利がある。まあ要は父上屑で死ねばいいのにて話。
いや違うね。感情が先走ってしまったけど、母親の差が継承順位に響くよって話だ。
それを姉上は知らなかったと?
いやいや、ありえないでしょう‥‥よね?
「‥‥姉上?どうしました?」
「お前は、今あの愚兄の方がファイーブよりも王位に相応しいというのか!?たかが親の出自が優れているというだけでか!?」
「いえ、そういう話ではなく。政治と制度と慣習という観点から述べた客観的事項でして。」
「政治!!制度!!慣習!!いつもそれだ!!いつもそいつらが邪魔をする!!」
私の発言に大いに傷つきましたと言わんばかりに椅子から勢いよく立ち上がる姉上。その弾みで椅子に罅が入るが大丈夫。今日は壊されない様に高級品はしまってあるのだ。流石私、準備バッチシ。
「でもその椅子気に入ってるから弁償してくださいね。」
「お前までそういうことを言うのか!」
「話聞いてました?あと妹にお前て言わないでください。指もささないで下さい。」
「そういう慣習にも私はウンザリなのだ。」
慣習じゃねえです。礼儀です。他人に敬意を払えって意味ですよ。リスペクトですよ。騎士団でマナーは習わないの?
でも演説の途中なので私は聴衆として耳を傾ける。それに気を良くしたのか姉上はもっと声高々に主張する。
シェードが煩ぇって顔で耳を塞いでる。
・・・・あんた本当に自由ね。相手王族なんだからもっとへりくだりなさいよ。
そんなシェードが見えてない姉上は滔々と自分の意見を宣言する。
「いいか、フォー。私は前から疑問に思っていたのだ。」
「何がですか姉上。」
「何故生まれで将来が区分されなければならない?」
知るか馬鹿。確実なのはその格差社会のお陰で私が助かっているということだけだ。
「何故早く生まれただけで、無能な王を許容しなければならない?」
「なぜ身分で人の価値が決まる?なぜ学力で人の優劣を定めなければならない?」
「なぜ?なぜだ?なぜこんな理不尽なラベルで私達は内面を評価されなければならない?」
オイコラ、最後の二つは私情でしょ。自分が勉強してないから言ってるだけでしょ。まぁ気持ちは分かるけど。でも姉上は勉強してないだけで馬鹿じゃないの。
「なんだ。」
「イイエー。」
姉上は兄上に散々馬鹿馬鹿言われているけれど、決して勉強が出来ない子じゃない。確かに授業中に棒切れ振り回す様なワンパク女だった。あれは本当に迷惑だった。こっちはか弱き幼女の身であるのに、あんなものぶん回されては危なくて仕方がない。
齢12の頃に騎士団に入団した時は心の底から喝采を上げた記憶があるし、消えてくれてせいせいした。あ、今のはナシで。『親愛なる姉上が失踪してしまって私は心の底から悲しみました。』うん、これでいこう。
そのまま二度と顔を合わせることもないだろうなヨヨヨとスリーと泣いていたら、あっさり帰ってきた脳筋ことツー姉上。勉強嫌いで逃げ出した第二王子。
勉強が嫌いだからで騎士団隊長にまでなった阿呆でやべー奴だけど、彼女には勉学の素質があった。
やる気が壊滅的なだけで、勉強が出来ない訳じゃなかった。
…クソじゃんと思った。私は姉上のこと仲間だと思っていたのに。
この気持ち分かる?底辺仲間だと思っていたのにそいつは軽々と抜け出したのよ?しかも満点に近い点を叩きだしてだよ?
私の心がどれだけ傷ついたことか。
このことを知ったのは他の騎士隊長と姉上の会話を聞いた時だ。
騎士団だって覚えることが多い。二百を超える兵法・陣形に過去の戦争史、敵軍の兵士と味方の兵士の顔を覚えて、兵糧や武器の把握、運搬の指示に30を超える階級に加えて、戦略魔術や流派まで頭に入れなければならない。階級が上がれば書類仕事も増えるし、書式も変わる。
それらを「なんとなく」で覚えきった姉が勉強出来ないとかふざけている。人生舐めてる。人生イージーってか。私なんか徹夜で勉強して、ヤマ張って、お情けで部分点をふんだんに頂いたのに。しかも教師からの小言をたっぷりとサービスされてだ。
やっぱり姉上嫌いだわ。脳味噌奪ってやろうかしら。
「そう!!だからこそ私は・・・てどうして私の頭頂部を見てるんだフォー。」
「姉上は禿げればいいのに。」
「唐突すぎるし怖いな!?淑女に対して言っていいセリフじゃないぞ!!」
戦々恐々とした顔で私を見る姉上。心なしか頭を庇おうとしている。いや、ガッツリ頭に手を当ててるわ。ごめんね姉上。でもその脳味噌欲しいわ。100Gで売ってくれない?
そんな私の思いが通じたか、先ほど以上に怯えた表情を見せる姉上。
「・・・私に何か恨みでもあるのか?」
恐る恐る口に出す姉上。だとしたら済まない、と私が丁度聞こえないような小声で言っているのもバッチリ聞こえている。私はそんな姉上が大好きだ。
「ふふふふふ」
そんな姉上を見てつい笑ってしまった私を見て、ドン引きするシェードと姉上。その顔に心がザックリ斬られたように傷ついたけれど、今はいい。
「申し訳ない姉上。ただの冗句のつもりだったのですよ。」
「いやそんな顔じゃなかったしそんな台詞でもなかったろ。」
「ほほほ、御冗談を姉上。」
「・・・・いや冗談じゃないんだが。」
姉上に賛同するようにこくこくと首を激しく縦に振るシェード。
うっさいわね。冗談て言えば冗談なのよ。
<誰得設定>
騎士団について
『白月』『赤火』『青水』『緑木』『黄金』『黒土』『紫日』の7つの隊から構成されている、王国の武装組織。各隊には騎士隊長がおり、それらが話合って会議に内容を決める。各隊にはそれぞれ特色があり、人数も隊によって大きく隔たりがある。
騎士団の主な仕事としては、戦争への準備と戦争で勝つこと。この2つである。
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