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その日、王国は嵐に見舞われていた。


豪雨は川の水をみるみる増やし、洪水を呼び、濁流で全てを呑み込んだ。水害という概念を知らなかった農民たちは、畑と一緒にあっけなく流された。


暴風は木々を折り、家を吹き飛ばし、人や家畜を攫って行った。屋外にあったものは全て奪われ、呆然としている人間がゴミよりも多くいた。


暴風と豪雨は土砂崩れを巻き起こし、森の形を変え、市町村を大きく歪めた。


それを巻き起こしたのは、たった一匹の生物。


それは、第弐級風精霊と呼ばれていた。


「大丈夫だよ!僕が助けてあげるからね!!」


そしてそんな化け物に向かう王子がいた。








「それで、第弐級風精霊の処刑はどうするのですか?」


王宮の一室で発せられた言葉は、ファイーブの意識を否応なく声に向けさせる。


「そうですねワーン様。対悪魔殲滅用の地下牢があるのでそこで処分する手筈です。」


「‥‥なぜ王宮にそんな物騒なものが?」


「そういう馬鹿が王族から頻発したからです。それと贄として王族を指定する場合も多く、結果として王宮に作るのが一番効率が良いということになりました。」



話をしていたのは、自らの長兄ワーンと宰相。長兄ワーンが自らには決して向けもしなかった敬意を宰相に向けているのを見てファイーブは面食らうも、話の内容の方に傾注するべく耳を傾ける。


「そうですか。しかしそれならあの第弐級風精霊も無事に処理できますね。」


「ええ。影もいますから。」


「ちょっと待って下さい!」


ファイーブは堪らずと言わんばかりに声を挙げる。


「フェーンは怪我で暴れていただけなんだ!それなのに殺すだなんてあんまりじゃないですか!」


「…フェーン?誰ですそれは?」


「宰相、ファイーブが第弐級風精霊に名付けた名前ですよ。」


宰相の疑問にワーンが捕捉する。それを聞いているのかいないのか、ファイーブは立て続けに話を進める。


「フェーンが傷ついた理由は、東の伯爵が私利私欲でフェーンを支配しようとしたからんだ!」


「…はぁ。」


「だからフェーンを罰するのは間違っている!!」


「それで第弐級風精霊を許せと?この大災害を巻き起こした怪物を殺さず生かせというのか?」


信じられないと言った顔でファイーブを見るワーン。彼にとって第弐級風精霊の処刑は決定事項だった。


「だから!それは森を開拓しようとした強欲な貴族によって傷ついたからでしょ!フェーンは悪くないじゃないか!」


「私もファイーブに賛成だ。彼等の生活圏を脅かし、それどころか危害を加えようとした貴族。そして痛みにのたうち回ったフェーン。どちらが悪いかだなんて一目瞭然だ。」


「姉上!」


ファイーブの長姉ツーもいつの間にか話に入っており宰相は目を見開く。

だってツー様騎士なんだもの。騎士が宰相と執務室の王子の会話に割り込むだなんて何してんだ、って思っているのだ。


でもそれに慣れてるワーンは構わず話を進める。


「事情を考慮したから磔に晒して処刑せず、『ファイーブとの激闘の末討たれた』という形で処刑するのだ。これ以上ない温情だと思うが?」


「その貴族への罰は無いのですか!?」


ファイーブが突然声を張り上げ宰相は驚くも、これまた慣れているワーンは話を進める。


「それは今関係無い。今の議題は、その第弐級精霊をいつ、どこで、処刑するかだ。」


「‥‥ワーンよ、それはちと性急ではないか?これでは被害者であるフェーンがあまりにも報われない。」


そしていつのまにか王も!?宰相は驚きを隠せず口をあんぐり開けている。少なくとも手を挙げて発言しろよお前は大人だろと彼は思っている。


‥‥まだまだ仕事有り余っているのに何他所の会議に顔出してんの、とも思っている。何せその滞納分のツケを払うのは宰相なのだ。


そんな彼の胃痛に気付かず、また勝手に発言する人間が。今度はツー王子である。


「聴けば、そのフェーンとやらは産まれて幼いそうだ。」


「そうです!子供の癇癪で命を取る大人がどこにいますか!!」


ツーとファイーブの発言に、青筋を立ててワーンは怒鳴り返す。


「その癇癪で何人という民の家が無くなったと思っている!!」


「家はまた建てればいいじゃないか!でも命は奪われたら戻ってこないんだよ!」


ファイーブが大きく声を張り上げる。


彼は自分のペットであるフェーンが殺されることが許容できない。一方でワーンとしてはあれだけの被害を齎した災害の主を無罪放免など示しがつかないと思っている。



「兄上はフェーンが第弐級風精霊であることを理解しておいでで?」


「ああ、知っているとも!だがそれは何の関係も無いだろう!」


ツーの問いかけにワーンは正論100%で返す。しかしそれを聞いてもなおツーは鼻でワーンを笑う。



「第弐級風精霊を手懐けるだなんて英雄しかしてこなかったものな。しかも処刑一択の兄上に対しファイーブの選択は赦し。」


「‥‥だから?」


「ファイーブは英雄と王の器の両方を示したわけだ。」


「は?」


ワーンがツーの言葉を理解しようとするも、何を言っているのか分かっていない。話の論点をすり替えるツーもツーだが、ワーンはココナッツ並に頭が固いので突拍子もない話に柔軟な対応ができないのだ。


混乱しているワーンを見て、ツーは勝ち誇った顔で言う。


「いやなに。英雄でも王でも無い人間が、その両方を持つ人間に嫉妬する様は見苦しいなと思って。」


「私の意見が私情によるものだと言いたいのか?」


一喝してツーを怒鳴り付けようとしたワーンだが耐える。ここで怒鳴ればツーと同類であるからだ。


(ファイーブ王子も王や英雄ではないよな。。。)


そして宰相は、心中で冷静なツッコミを入れていた。チラリと王を見るも、彼はファイーブとツーの発言には首を縦に振るがワーンの発言には興味を示さない。


(これは駄目か‥‥また。)


宰相が察したのと同じタイミングで、王は腰を上げて鷹揚に口を開く。


「双方それまで。」


ワーン、ツー、ファイーブを見る王。そして頭を下げる3人の王子達。


「第弐級風精霊であるフェーンの件。ファイーブが責任もってこれを世話をせよ。」


「は!」


「そんな!?父上、第弐級風精霊はそこらのペットとは違うのですよ!」


瞬時に礼をするファイーブに対し、慌てて異議を唱えるワーン。それを見て国王はゆっくりと口を開く。



「かの英雄王は、第壱級炎精霊を友とし戦乱の世を駆け抜け、国を築き民を導いたと聞く。なればこそ。これは王国の為でもある。」


「理由になっておりません!!それに高位精霊の暴力に頼らねばいけない情勢ならまだしも、今の王国でそれをする意味がありません!現代は暴力で優劣を付ける時代では無いのです!」


「…だからお主は未熟者なのだ。」


「父上!それは反論になっていません!!」



「黙れ!これは王命である!!」


(不味いな。。。)


宰相は徐々に集まってきた人々を見て思う。


ここで『公式な議会手続きを経ずに発せられた王命は無効』と言い切れる。しかし、これだけ周囲の人間が聞いているのに王命を覆すような結果になれば王の威光が薄まってしまう‥‥。


宰相は考える。何が最良なのかを。


「‥‥分かりました国王様。その旨で話を続けましょう。」


「そんな!?宰相!?」


「王がそう命じるのであれば。」


「しかし!!」


「‥‥はぁ。」


未だ納得のいかない顔をしているワーンを見て国王は深いため息を吐く。


「ワーンも宰相ほどの力量を身に着けてから文句を言って欲しいものだ。」



尚、こんなことを言っている国王は御年46歳。実際の執務能力はワーンの方が上だったりする。


まぁ、父王はドンケツでワーンはその一つ上というレベルなのだが。



つまり宰相からすれば目糞が鼻糞を笑ってやがるぜ笑笑 という話なのだ。

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