第25話 エピローグオブブラザー
1ヶ月後
「はっくしょん!」
大音を出したスリーを政務室の全員が見る。も、数秒で目を書類に戻す。誰一人声を掛けない。繁忙が人から優しさを奪い取るのだ。。。単純にスリーのことがどうでもいいと思っているのだろう。
スリーだしな。皆内心くたばれクソ王子とでも思っているのだろう。
「…風邪か?」
「いや、ただのくしゃみです。」
「なんだ。手を止めて損した。今の無駄にした時間の分は働いて倍にして返せよ。」
「いや、手止めてないよね。こっち一切見ずに書類処理してたじゃん。」
「当たり前だ。お前の為に割く時間は無い。」
「兄上は10秒前の台詞との矛盾に気付いてくれ。それにしてもこれはあれかな。どっかの美人さんに噂でもされているのかな」
「十中八九死ねとか言われてるんだろうな。」
「どうしてそんな酷いこと言うの!?」
賭けてもいいが事実だと思う。
あの後、母は職務から離れた。正式な発表では、『賢者が死に悲しみの余り体調を崩した』ということになっている。一番王室から離れた青緑殿に居を移した理由も同じだ。
母上はフォーに守ってもらうと言ったが、それはあの二人に限った話。母上の所業がバレていない今、フォーの派閥は『第一王妃がいる派閥』となり対外的に評される。
それを理解しているフォーが組織を運営することで、彼女の陣営は強化される。敗者であるのに守られているなんていう屈辱は耐えられない母上だが、その守られているという事実が露見することの方が耐えられない。
母の王者としてもプライドは決してそれを許さない。
だから王族としての矜持から、母上は自分の為に必死でフォー派閥の味方をするだろう。
フォーとしては得しかないわけだ。
「…そうやって自分の母親を妹に売る代わりに、フォーに婚姻を取り付けるなんて。兄上も怖いねぇ~。」
「黙れ。」
そういう理由もあってか、母上をフォーに預けるのは双方にメリットがあった。ついでに、母上のせいで帝国との外交戦略が緩み切っていることが分かった。
それを立て直すまでの時間稼ぎとしてフォーを帝国に嫁がせるわけだ。
「フォーが結婚するなんてねぇ。兄としては嬉しいやら花婿への憎悪やらで複雑ですよ。」
「…フォーに恨まれる方が私は怖い。」
「大丈夫ですよ。いいブランドの女と男が手に入るって喜んでいましたから。」
言い方。人の親や夫をアクセサリーのように言うなよ。
コンコン。
「あ、はーい」
「第一王子宛にお手紙です。」
私か?
手紙を受け取った私は、すぐさま中身を見る…またか。
読むのが面倒になったのでスリーに渡す。
「なになに‥‥あ、また抗議の手紙。」
最近こういった手紙が多い。
なんでもファイーブが考案した『目安箱』とかいうもので、国民の意見を取り入れる意見箱に蒐集された手紙が書かれている。宛先も指名していれば、その王子宛に意見紙が届くというわけだ。
ハッキリ言って、無駄だと思う。
落書きとか意味不明な要望も多い。
『モテたい』とか『イケメンと結婚したい』なんて言われても知るか。私にどうしろと言うのだ。
「なになに、『身分制度は無能な貴族を産むので生産性が下がると思います。現に今の王国は過去50年前から何も変わっておりません。このような進歩を産まない制度は廃止すべきだと思います。』だって。」
稀に読める文章があってもこれだ。
「ふん。愚民共が。我ら王族がカスどもの為にどれだけの尽くしているか分かているのか。ゴミみたいに文句ばかり垂れやがって。」
理想ばかり述べやがって。それがどれだけ難しいかも分からないとは本当に愚か極まりない。一度でいいから帝国の狸どもや教会の狂信者どもとの脅し合いに参加させてやりたいわ。
「ははは!この差し出し人は中々尖ったセンスの持ち主のようだね。他にも色々と政策を進言しているよ。」
・貴族の給金を下げて税金を下げろ。
一昨年それをして結局変わらなかった。
・戦争は王様達の殴り合いで勝敗を決めてください。
いいけどそれでお前ら納得できるのか?三代前の帝国皇帝は8歳の女児だったぞ?そんな小娘殴って領土を手にして情けなくならない?
その女児は圧倒的交渉術と戦略眼で多くの土地を手に入れたキレ者だから実際はそうならないだろうけどな。
それにしてもこの手紙は。。。。。
「現場と歴史を知らない低能な人間の戯言だ。できるならとっくにやってるものだらけだろうが。」
「いやいや、こういう事を敢えて言う人間が案外次世代を切り開いていくのかもよ??」
「政務の辛さを知らん奴がか?」
「仕事は楽しいから!!お国の為なら!国民の為なら!例え辛くても眠くても頑張れます!!ハハハハハハ!!」
目が死んでる。口も半開き。私も経験したから分かる。末期症状だ。
「ここ数日、悲鳴をあげながら職務をこなしていた人間が言う言葉ではないな。というかお前はもう休め。」
「やったぁ~。」
そう言いながら急いでベッドにソファーにダイブするスリー。執務室の他の人間も目が虚ろになっていたので慌てて休憩を取らせる。
「ほら、コーヒーだ。」
「有難うございます。」
私のコーヒーを受け取り、先ほど渡した手紙をペラペラと見ながら笑うスリー。一体何が面白いのやら。
「…お前は、この差出人に自分の苦労を知らせてやろうとは思わんのか?」
こいつの言う政策は私が生まれる前から言われてきたこと。それが実現されていないのにはそれぞれ金銭やら何やら理由がある。皆それぞれが全力を尽くして諦めた政策だ。
誰だって理想を実現させたい。でもそれが出来ない理由がある。だから未だできていない。
考えれば分かる筈だ。それも分からないこの差出人では三日も政務室にいられないのが目に浮かぶ。
「いや、そんなの分からなくていいでしょ。」
けれどあっさりと。スリーは否定した。
「互いが互いの国民を守る為に、他国を侵略して、蹂躙する。優しいからこそ、他国に対して冷徹になる。畜生よりも外道の行為を働く。そんな矛盾に満ちた職業がありますか。」
にこやかに笑いながら、スリーはインの毛を撫でようと手を伸ばす。
「こんなカスみたいな職業は、知らなくていいし、見せる必要は無い。ある方が可笑しいし、そんな世界に接していることが可笑しいんですよ。国民はただ、阿呆みたいに文句いってればいいんです。」
‥‥避けるイン。
「その為に我々王族と貴族がいるんですから。その為の、豪華絢爛な生活でしょ?」
再度手を伸ばすスリー。
「不思議ですよね、本当に。幸せは金で買えない、贅沢に依存しないっていいながら、自分より贅沢な暮らしをしている人間を不公平だ、幸せの不平等だって責めるんだから。」
また避けるイン。
「でも、それでいいんですよ。そういう文句を言わせる為に王族が準備されているんですから。」
「‥‥そうか。」
「ええ。」
「…いい加減インを撫でるのは諦めたらどうだ?」
「いや!あとちょっと!!あとちょっとでワンチャンある気がする!!」
ねーよ。インの顔を見てみろ。どう見ても好感度マイナスだろう。
あ、噛みつかれた。痛そう。
「見て兄上!!俺、今にゃんこと触れ合っている!!」
お前はそれでいいのか??
それをポジティブだとか私は認めないぞ?
賢者が侵した罪により、ファイーブ派閥は大打撃。なにせ私を悪と吹聴していた人間が黒幕だったのだ。絵本よりも分かり易い悪役ムーブをかましてくれた。
そしてスリーの流れるようなフェイクニュース。曰く、賢者は幼い少年を部屋に連れ込み淫行に励むショタコン。抵抗組織は賢者に自分の息子を差し出した売春斡旋野郎。その他あることないこと言われて社交界でも嘲笑と蔑視の的となったファイーブ派閥は、今肩身の狭い思いをしている。
「まあ、どうせファイーブが何かやらかしてそういう雰囲気を消し飛ばすんでしょうけどね。」
「…ああ。」
スノーを借金漬けにしたり、聖女の件で教会を差し向けてもアイツはなんとかしてきた。逆境を順境に変えてきた。
理屈じゃない。
ただ、ああいうのは才能としか言いようが無いな。
そして私には無い才能だ。
だからこそ、全てを捨ててでも欲しかったこの椅子は、何を切り捨ててでも守り抜いてやる。
絶対にだ。
「それよりフォーの結婚式でする出し物決めましょうよ!剣舞とかどうです。」
「絶対いやだ。」
どう考えても血みどろの暗殺になるだろうが考えろ馬鹿。
「国歌斉唱とかどうだ?」
「新郎への嫌がらせですか?最高ですね!」
よしお前そこ座れ。
説教だ。
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