8話 コミケにデート、彼の正体
翌日の昼、ぼくの熱はすっかり下がっていた。
里花は空いてる部屋を使って一泊してくれた。
26日、昼下がり。
ぼくんちのリビングにて。
「何から何まで、本当にありがとう」
ぼくはテーブルの前に座って、ぺこりと頭を下げる。
昼ご飯のカレーうどんを作ってもらったけど、すっごく美味しかった。
「いえいえ、どういたしまして」
里花は微笑んでお皿を回収し、台所に向かおうとする。
「あ、ぼくも手伝うよ!」
「そう? じゃ……その、一緒に、しない?」
「うん!」
ぼくらは並んで台所に立つ。
里花がお皿を洗って、ぼくがふきんで拭く。
「なんかこうして立ってると、夫婦みたいだね」
「にゃ゛……!」
里花が持っていた皿をこぼしそうになる。
つるんっ……!
「わわっ!」
パシッ……!
……セーフ。ぼくは割れる前にお皿を回収できた。
「ご、ごめんなさい……」
「ううん、平気。でもどうしたの?」
「あ、あんたが妙なこと言うからでしょ!」
確かに本当に付き合ってもないのに変なことを言ってしまった。
うーん反省……。
一方で里花は耳まで真っ赤にして「夫婦かぁ~……♡」と何か小さくつぶやいていた。
鼻歌交じりにお皿を洗っている。
……ふとぼくは申し訳なさとともに、こんなことを言った。
「ねえ、里花。君にお礼がしたいんだ」
「お礼?」
里花から皿を受け取る。
「そう。お礼。クリスマスイヴから今日まで、たくさんお世話になったし。だから何か君にしてあげたい」
凹んでるぼくを励ましてくれただけでなく、風邪引いたぼくの看病までしてくれた。
さすがにこれで何もしないのは、良心が痛む。
「そう……なら」
里花が蛇口を捻って水を止める。
「デート……したい」
「で、デートぉ……!?」
デートって……あのデート!?
男女がする……でもぼくら付き合ってるわけでもないのに。
「か、勘違いしないでよ! デートって言うか、二人きりで出かけるだけなんだから!」
「あ、そっか。二人きりで出かけるだけか」
「そ、そうよ。男女が二人きりでね」
なんだー、デートじゃないんかーい。
ま、そうだよね。
ぼくみたいのと、本気でデートしてくれる人なんていないもんね……ははは。
「うん、いいよ」
「……やった、デートだっ♡ しんちゃんと、やったやった~♡」
「え、なに?」
「なんでもないわよ!」
ややあって。
里花が剥いてくれたリンゴを、ぼくらはリビングで食べている。
「出かけるっていつ?」
「そうね……明後日とか」
28日、かぁ……。
「あー、ごめん。ぼく年末さ予定詰まっててさ」
「あら、家族旅行とか?」
「ううん、コミケ行くから」
「コミケ!?」
年末に行われる、大きな同人イベントのことだ。
「あんた、コミケ行くのっ?」
里花がテーブルに手をついて身を乗り出してくる。
「う、うん。毎年行ってる」
「へえ……! いいなぁ~」
目をキラキラさせる里花。
……あれ、なんだろう、そのリアクション。
「もしかして……行ってみたいの?」
「うん! あたし、昔からコミケって行ってみたかったのよね~」
「へえ……意外。里花ってこういうイベント興味ないのかなって思ってたけど……」
ギャルだし、二次元趣味からは遠い人種かと思ってた。
「コミケに興味あるなら……行ってみる?」
「いくー! やったっ!」
ぐっ、と里花が拳を握りしめて笑顔で言った。
「じゃあ朝早くから並ばないとねっ!」
あれ、しかも結構コミケのこと詳しそう……。
もしかして二次元とか好き……だったり?
はは、まさか、ギャルが?
「あ、ごめん。お昼からでも良い?」
「? いいけど……コミケって朝行かないと、同人誌ぜんぜん買えないんでしょ?」
あ、そっか。
里花は勘違いしてるんだ。
ぼくが、一般参加者だって思ってるみたい。
「えっと……確かにそうだけど、ぼくが参加するのって、コミケで同人誌売るからなんだ」
「なっ!? ど、同人誌を……売る、ですってぇ!?」
え、何驚いてるんだろう……?
「つ、つまり……サークル参加者ってこと?」
「うん。そうだよ」
「す、すごいわ……!」
がしっ! と里花がぼくの手を握ってくる。
うひゃあ! 美少女がぼくの手を握ってくる!
や、やわらけえ……!
「しんちゃん同人誌作って売ってるのね!」
「う、うん……いちおう」
「はぁ……! すごい! 尊敬しちゃうわぁ~♡」
え、ええー……そんな、尊敬することかなぁ。
ぼく以外でも、たくさん売ってる人はいるし……。
ぼくだけが特別ってわけじゃないけど……。
「ほら、アニメとかでさ、みんなで同人誌作って売るみたいな展開あるじゃない? あたしああ言うのに憧れてて……だからそれをマジでやってるしんちゃんスゴイって思う!」
「あ、ありがと……てゆーか、アニメ見るんだ」
「見るわ! ちょー見る!」
「へぇ……意外。どんなの?」
「最近だとデジマスのアニメめっちゃよかったわ!」
デジマスとは今日本で一番有名なライトノベルだ。
つい最近、アニメが放送されて、来年には劇場版が放映されることが決定してる。
「デジマスいいよね! どの子が好き?」
「もちろん、ヒロインのちょびね! しんちゃんは?」
「ぼくもちょび大好き! 一途な女の子って可愛いよねー!」
「わかるー!」
ぼくらはしばし、デジマス談義で盛り上がった。
どのキャラが好き、どの展開がよかった、など、時間を忘れて話し合う。
ああ、楽しいなぁ……
同級生と、こうしてアニメの話で盛り上がれるなんて……!
ほどなくして。
「えっと……話を戻すと、ぼく28日はサークル参加するから、朝から昼まで結構忙しいんだ。だから出かけるとなると昼からだけど……」
すると里花がこんなことを言ってきた。
「ねえ、もしよければ、しんちゃんの同人誌売るの、手伝わせて?」
「え、ええ!? そんな……悪いよ」
「ううん! 是非! やらせて! あこがれだったの、コミケで同人誌売るの!」
すごい、目をキラキラさせている里花。
結構オタクなんだなぁ。
でも、嘘言ってるようには見えないし、オタク友達ができたのが、うれしかった。
「ほんとうに、手伝ってくれる?」
「もち! てか、是非お願い!」
「そっか……じゃあ、お願いします」
こうして、ぼくは里花と、コミケに参加することになったのだった。
★
28日の、早朝。
ぼくのマンション前にて。
「ね……しんちゃん? 冗談よね……?」
厚着をした里花が、呆然とつぶやく。
「え、どうしたの?」
「この段ボールの山よ!」
10箱くらいある段ボールの山を指さし、里花が声を荒らげる。
「なにこれ!?」
「え、同人誌の入ってる箱だけど」
「ちょっ!? いったい何冊あるの!?」
「1000冊」
「せ……!?」
愕然とした表情で、里花がぼくを見やる。
え、あれぇ? ぼくなにかしちゃったかな……。
「しんちゃん……おかしいわよ」
「え、なにがおかしいの?」
「同人誌の冊数が、よ!」
おかしい……あ、そういうことか。
「少なすぎってこと? 大丈夫、会場にも郵送して、まだあと2000冊くらいあるんだ。こっちはセット販売用のやつで」
「はぁあああああああああああああ!?」
里花がまた声を荒らげる。
「さ、さ、3000冊!? ちょっとあんた刷りすぎよぉ!」
あれ、少ないの方で怒ってたんじゃないんだ……。
「いい? 同人即売会って、有名サークルじゃないところは、ほとんど売れないものなの」
里花が腰に手を当てて、訳知り顔で言う。
「弱小サークルは、まあせいぜい一日に売れても10冊、運が良くて50冊とかがそこらよ。3桁なんて滅多に売れないし」
「詳しいんだね」
「まあ、参加したことはないけど知識はあるのよ」
素人童貞みたいなものだろうか……?
「それが、3000冊? どこの超有名サークルよ! こんなに刷りすぎたら在庫かかえすぎてパンクしちゃうわ!」
「心配してくれてるの? ありがと~」
「うぐ……その笑顔止めて。心臓に悪いわ」
そんなにキモいかなぁ~……。
がーんだな……。
「えと、心配してくれなくても大丈夫だよ。去年は5000刷って完売だったから」
「は……?」
と、そのときだ。
「おーうい、真司くーん!」
ぶろろろおぉおお……と車が走ってきて、ぼくの前に止まる。
「り、リムジンぅ!?」
里花が驚く横に、黒塗りのリムジンが止まる。
中から出てきたのは、サングラスをかけた大男だった。
「た、ターミネーター!?」
洋画に出てきた、ターミネーターみたいな屈強な男が、笑顔で手を振りながら降りてくる。
「あ、おはよー。今日もお願いします」
ぺこっとぼくが頭を下げると、ターミネーターはにかっと笑う。
「はいはいよろしく! あれ? 真司くんそちらは?」
「あ、友達の里花。売り子手伝ってくれるんだって」
「そりゃあいい! おれぁ三郎! よろしくね里花ちゃん!」
ターミネーターこと三郎さんが、里花の手を握って、ぶんぶんと振る。
「え?」
「あ、時間ないな。急ごう!」
「おうさー!」
ターミネーターは段ボールを両手でひょいっと持ち上げてリムジンに乗せる。
「さ、里花。乗って!」
「え、え?」
リムジンは出発し、ものの数十分で、国際展示場の近くまで到着。
段ボール10箱を彼が下ろしてくれて、ぼくらは折りたたみのキャリーを使って会場まで運ぶ。
「ちょ!? ここ壁際じゃないの!」
サークル会場の壁側がぼくらのスペースだ。
「あ、みんな! おはようございまーす!」
ぼくは集まっているスタッフさんたちに挨拶をする。
「あ、里花。あいさつは後ででいいかな? セッティングあるし」
「え? え? え?」
ぼくはみんなと協力して、テーブルに敷物を敷いて、同人誌の山を作る。
その間にぞろぞろと人が集まってくる。
そして……。
「な、なによこの長蛇の列ぅうううううううううう!?」
あっという間に、ぼくらのサークルの前には、お客さんの列が出来上がった。
列はシャッターの外まで続いている。
「し、しんちゃん……? あ、あんた何物……?」
「え、趣味で同人誌書いてるだけだけど……」
「趣味ってレベル超えてるわよ! まるで完全に壁サークル……超人気サークルじゃあないのよぉ!」
すると通りかかった三郎さんが、きょとんとした顔で里花に言う。
「まるでもなにも、真司くんのサークル【Rika】は、日本随一の有名サークルで、彼は神絵師と名高いサークル主だよ?」