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7話 元カノの後悔 その1



 上田 真司の元カノ、中津川(なかつがわ) 妹子(いもこ)


 彼女は現在、クラス主催の、クリスマス会に参加していた。


 グループlineで、前々から企画されていたのだ。

 終業式の日に、みんなで学校に集まって騒ごうと。


 学校の体育館の許可を取り、みなおしゃれしてクラスメイト達が集まっている。


 その中でも妹子はとりわけ美人で目立っている。


 さもありなん。

 彼女は今日本で一番大きな出版社、大企業【タカナワ】グループの社長令嬢。

 容姿端麗、成績優秀なうえに、金持ちの家に生まれたのだ。


 そこいらの一般庶民とは違うのだ、とナチュラルに妹子は周りを馬鹿にする。


 今日だって、自分が一番きれいで目立っていると思っている……が。


 他人からどう見られるよりも、彼女には気になってることがあった。


「ちょっと、そこのきみ?」

「うぇ!? お、おれっすか? いやぁ、中津川さんに声かけてもらえて光栄だなぁ」


 通りかかったクラスメイトに、妹子が声を掛ける。

 名前? 覚えていない。


「今日って来てないの、上田君だけだよね?」


 グループlineに入ってない上田は、今日のことを知らない。

 だからこの場にいなくて当然。それはいい。問題は……。


「いや、たしか松本さんも来てないみたいだよ。誘ったのに、断ってさ」


 ぴくん、と妹子は反応を示す。

 松本 里花(りか)


 妹子と同じクラスメイトであり……今、自称 上田の恋人を名乗っている。


「てかさー、もしかして松本さんって、この間のイケニエの……」

「ねえきみ、松本さんって、なんで来てないか知ってる?」


 相手の発言にかぶせるようにして、妹子が言う。

 この時点ではまだ、上田と里花の関係を、本当に恋人ができたと思っている。


「たしか彼氏の家に行くからって言ってたけど……」

「彼氏の家ですって!?」


 彼氏、つまり上田の家に行ったということだ。


「なんでよ!?」

「さ、さぁ……。おうちデートとか」

「はぁ!? なにそれ、信じられない……!」


 自分と別れてまだ1日しか経ってないのに、もう恋人を作ってる。

 しかもその恋人とおうちデート?


「わたしに申し訳ないとか思わないわけ!?」


 まるで当てつけのような振舞いに、妹子は二人に腹を立てる。

 しかもむかつくことに……。


「なんであいつらがクリスマスおうちデートしてて、わたしができてないのよ!」


 妹子は不服だった。

 本来なら、木曽川と二人きりで、クリスマスの夜を過ごしたかったのだ。


 けれど彼はそれを拒んだ。

 みんなでクリスマス会のほうを、妹子より優先したのである。


 彼女の自尊心はすでに傷ついていたところに、里花と上田がおうちデートしている知らせを聞いて、腹が立ったのだ。


 自分ができてないことを、やりやがって、と。


「お、おれにそんなこと言われましてもぉ~」


 モブクラスメイトが半泣きになっているのだが、構わず、妹子は動く。


 彼女が向かった先には、今の彼氏、木曽川 粕二(かすじ)がいる。


 妹子は、恋人である彼に、この会を抜けて二人でデートしないか、と誘いに来たのだ。

 そうでないと、上田たちに負けた気がしたから。


 しかし……。


「な!? き、木曽川くん!?」

「お? なによ妹子~?」


 彼の両隣には、クラスの女子がいたのだ。

 ふたりも女を侍らせ、木曽川がだらしのない表情を浮かべている。


「何してるのよ!」

「あ? みりゃわかんだろ、仲良くおしゃべりしてんだよ、なぁ?」


 木曽川は見た目だけは抜群に良い。

 彼を慕う女子は多いのだ。


 妹子もその一人だった。

 彼と結ばれて幸せだったのだが……。


「離れなさい!」


 べしっ! と木曽川が侍らす女子の頬を、妹子がぶつ。


「いったーい! なにすんのよ!」

「それはこっちのセリフよ? わたしの彼に、わたしの許可なくべたべたしないでちょうだい」


 妹子は基本的に他人を見下している。

 それは彼女が裕福な家に生まれ、社長令嬢という立場があるからだ。


 自分の所有物を、自分より下の人間に触れられるのも嫌なのである。


 この場合彼氏である木曽川のことだ。


「な、なによその言い方! 別に木曽川くんはあんたの所有物でもなんでもないでしょ!」


 だが妹子はスルーして、木曽川に問いかける。


「ねえ、ここ出ない? ふたりでデートしましょ?」


 もちろん木曽川は自分に従うとばかり思っていた。

 だが……。


「あ、嫌だね」

「え?」


 突然の拒否に妹子は戸惑う。


「ど、どうして?」

「今はみんなでクリスマス楽しんでんじゃあねえか、なぁ!」


 両脇の女子を抱き寄せて、だらしのない表情を浮かべる。

 妹子はその不誠実な態度が、気に入らなかった。


「じ、自分に恋人がいるのに、他の女に触れるなんてどういうことなの!?」

「あ? 別にいいだろ。女と仲良くしてもさ」


「よくないわよ! どうして恋人だけを見て、大事にしなさいよ!」


 妹子は学校で一番の美少女だと呼ばれてるし、そして自負している。


 だがそれと同じくらい高い自尊心を持っていた。

 木曽川の不誠実な態度は、自分をないがしろにしているように思えて声を荒らげたのである。


「ちっ……うぜえ女」

「なっ!?」


 木曽川から突如、暴言を吐かれて、一瞬フリーズする。


「束縛するタイプの女だったかー。めんどくせえやつ」

「な、な、なにそれ……」

「いや、べっつにー。ただ……ちょっとしらけたっつーか」


 しらけた? なんだ、それは。

 戸惑う妹子をよそに、木曽川はクラスの女子たちとその場を離れる。


「なに、それ。恋人を一番にするもんでしょ! だって、あいつだって……そうしてたのに!」


 あいつとは言うまでもなく、元カレである、上田の事だ。


 上田は妹子をとても大事にしてくれた。


 何事においても、最優先してくれていた。

 ほかの女と仲良くすることもなかった。

 まるで、お姫様のように扱ってくれた。


 それが彼氏の取るべき当然の態度だって、思っていた。

 だというのに、なんだ、さっきの木曽川の態度は。


「もっとわたしを、大事にしなさいよ! あいつはできてたわ!」


 その後も妹子は木曽川に何度もからもうとした。

 だが全部スルーされてしまう。


 お姫様扱いどころか、完全に邪魔ものだ。

 上田はそんなぞんざいな扱いをしてこなかったからこそ、木曽川の軽薄な態度が気になってしょうがなかった。


 ほどなくして、パーティがお開きになる。


「ちょっと、送っていきなさいよ」


 妹子は木曽川に上から目線でそう語りかける。

 ちっ、と木曽川が舌打ちをする。

 だがいちおうは恋人ということで、了承する。


「わかったよ。ったくうぜぇな」


 木曽川が体育館を出て、駅へと向かって歩き出す。


「ねえ、ちょっと? いつまで歩かせるの?」

「は? おまえなにいってるの?」


 はぁ、と妹子はため息をつく。


「車はどこに待たせてるのよ」

「く、車ぁ?」


「送ってくれるんでしょ、車で」


 さも当然とばかりに、妹子がいう。

 送っていくとはつまり、車での送迎をさしていた。


 金持ちの家に生まれた妹子にとっては、送るとは、駅までではなく家までが当然だった。


「んなこと一言も言ってねえだろ、馬鹿にしてるのか?」

「馬鹿にしてるのはそっちでしょ! 送るって言っといてなに、車の一つも用意できないの? はぁ、サイアク。これだから貧乏人は」


 木曽川の堪忍袋の緒が切れる。

 彼もまた、自尊心が高いほうの人間なのだ。


「あ、そ。勝手に帰れば~」

「な!? お、女を一人で帰らせるというの!?」


 木曽川は妹子を置いて、一人で帰っていく。


「こんな夜中に帰らせるなんて信じられない! 何考えてるのよ!」

「うっせー。傲慢女! じゃあな!」


 木曽川がひとりで帰って行ってしまう。

 残された妹子はぽつりとつぶやく。


「なによ、なんなのよあの態度! 最悪じゃないの! あいつはあんなことしなかったのに!」


 上田は決して、こんなふうに、彼女をぞんざいに扱わなかった。

 しかし木曽川は自分を置いて、平然と帰って行った。


「あいつは……真司くんは家までちゃんと送ってくれたわよ!」


 彼女は言う。


「リムジンで!」


    ★


 中津川 妹子は、理解していない。


 彼女自身が、金持ちの家という、特殊な環境で生まれ育ったがゆえに。


 元カレもまた、一般的【ではない】家に生まれていることに。


 生まれて初めての彼氏が、実はレベルの高い人種であると、彼女が同レベルだからこそ、気づいてなかったのだ。


 彼女の求める水準が高すぎたこと、それに応えられていた元カレが、ハイスペックであったことを、彼女は知らなかったのである。


 だがいずれ理解するだろう。


 上田 真司の家が、妹子が見下すような一般庶民ではない、【本物】であることを。


 妹子の家が、いずれ破滅する定めにある、【偽物】であることを。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 流石に高校生にもなって妹子と主人公が普通でない事を気つかないのは無理があるかと
[良い点] この手の作品にありがちな主人公持ち上げ展開も、工夫次第で、ここまで面白くなるんだと、ビックリしてます。
[良い点] 妹子のずっと空振りしている感じがクスッと笑えました。 [気になる点] 妹子のセリフの「どうして恋人だけを見て、大事にしなさいよ!」が不自然だと思います。
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