6話 風邪引いたらギャルが見舞いにきた
12月25日、金曜日の夜。
終業式を終えて、家に帰ったぼくは……。
「げほごほっ! ぐ、ぐるじぃ~……」
一人ベッドに横になって、咳き込んでいた。
「ぜえ……はぁ……ぜえ……!」
頭が重い。体が火あぶりにされてるみたいに熱い。
汗がだらだら出て、くしゃみと咳がとまらない。
ぴぴぴ、と体温計の音が鳴る。
【38.5℃】
「……風邪、だ」
まごう事なき風邪である。
朝から結構くしゃみしてたからなぁ。
それに昨日はめちゃくちゃ寒かったし、ラブホへ行って風呂に入り、そのまま寒空のもと歩いて帰ったからなぁ。
「へっくしゅん! うう……はなみずやべえ……」
ぼくは枕元のティッシュに手を伸ばす。
けれど、もう無くなっていた。
「そんな……ティッシュのかえは……どこ……げほげほ! うう……」
体が尋常じゃないレベルで重い。
寒さで体はガタガタ震えるし、かといって顔はめちゃくちゃ熱い。
「はは……なにこれ……地獄ですか……」
クリスマスイヴに恋人に振られるわ、クリスマスには大風邪をひくわで……。
ぼく、なにか悪いことでもしちゃいました……?
「もうだめだ……死ぬんだ……」
と、そのときだった。
ぴんぽーん……。
「あぇ? だれ、だろ……」
ぴんぽーんぴんぽーん……。
……家にはぼくしか居ない。
両親は、海外出張中だ。
ぼくはのそりと起きて部屋から出る。
長い廊下を抜けてリビングへと。
インターホンの受話器を取る。
「……はい」
『あ、しんちゃん?』
「……り、里花!?」
画面に映っていたのは、同級生にしてギャルの、松本 里花だ。
コートを着て、もこもこの白いマフラーを首に巻いてる。
「……ど、どうしたの?」
『あんた、帰りにやばい顔色悪かったから、心配になって様子見に来たの』
「……そ、そうなんだぁ。わざわざありがとう」
優しい……優しいよ里花。
『その感じだと、風邪引いてる?』
「うぇ? あ、えっと……だい、ダイジョウブダヨ。元気……ぶぇっくしゅん!」
大きくくしゃみをすると、インターホンの向こうで、里花があきれたように溜息をつく。
『やっぱり。無理すんじゃないわよ』
「ご、ごめん……」
『あの、さ。ここ……開けてくんない?』
「ど、どうして……?」
がさっ、と里花が手に持っていたビニール袋を持ち上げる。
『看病、させてよ』
★
ぼくの部屋のある25階まで、里花がやってくる。
ドアを開けると、里花がぼくに挨拶をする。
「や、しんちゃん。上まで遠いわね」
「げほごほっ……ご、ごめんなさい……」
ぼくはうつさないよう、マスクをしている。
向こうも同じなのか、マスクをはめていた。
「いいから謝らなくって。病人はほら、さっさと布団に入った入った」
ぼくらは無駄に長い廊下を歩いて、寝室へと向かう。
さっきまで使っていたキングサイズのベッドに、ぼくは横たわる。
「……ここも、変わってないなぁ。相変わらずゴージャス」
「え、なに?」
「ううん、なんでもない。それより寝る寝る!」
ぼくは里花にベッドに押し込まれる。
 
「あ、あの……看病って、ほんとに?」
「そうよ。風邪っぴきのしんちゃんの面倒みにきたの」
 
「そんな……どうして?」
「どうしてってなによ」
 
「だって……ぼくらは、ニセコイな関係なんだよ? 今は冬休み、ここは学校じゃないんだから、恋人みたいなこと、しなくていいのに」
 
里花はため息をつく。
 
「勘違いしないでよね」
「……ああ、ぼくのためじゃない、ってこと?」
 
「そっちじゃないわよ」
 
里花が微笑むと、ぼくの額の汗をハンカチで拭う。
 
「たとえ恋人じゃなかったとしても、風邪ひいて一人で苦しんでる人を、ほっとくようなひどい女じゃないわ。そこんところを、勘違いしないでよねってこと」
 
優しいまなざしと言葉に、ぼくは泣きそうになる……う、うぅう、うぅうううう!
 
「ちょ、何泣いてるのよ」
「ずびばぜん……」
 
昨日ひどい目に遭ったばっかりだから、余計、里花のやさしさが胸にしみる。
なんていい人なんだこの人は!
 
ニセコイ関係なく、困ってる人を助けてくれるなんて……。
 
「いい人……」
「ちょ、ちょっとやめてよ」
 
「こんな陰キャでオタクなミジンコに優しくしてくれるなんて……」
「あのねぇ……そこまで自分を卑下しないの。ミジンコなんて言うなし」
 
「でも……クラスメイトはきっとぼくをそう思ってるし」
「そんなの無視無視。クラスメイトのぼんくらどもなんて気にしないの。それとも……恋人の言葉は、信じられない?」
 
里花が可愛らしく小首をかしげる。
なんて可愛くて優しくて、素敵な人なんだ……。
こんなぼくにまで、優しくしてくれるなんて。
本当の恋人だったら、どんなにうれしいだろう。
 
「……ありがとう。信じてみる」
「ん。そーしなさい」
 
にこっと笑うと、ぼくの頭をなでる。
 
「おかゆ作ってくるから、台所借りるわね」
「うん、ありがとう……」
 
申し訳なさはあるけど、今は彼女の好意に甘えることにした。
体調が治ったら、しっかりお礼しよう。
 
里花が部屋を出て行って、ぼくは一人思う。
 
「オタクに優しいギャルって、実在したんだなぁ」
 
空想上の産物かと思ってた。
里花には感謝感謝だよ……ってあれ?
 
「なんだろ……すごい、違和感が……」
 
ぼくは何か、とても大事なことを里花に聞き忘れてる気がする。
 
わからない……熱でぼんやりしてるからかな。
 
「ま、いっか……今は素直に甘えよう」
 
★
 
「おかゆできたわよー」
 
ほどなくして、里花がお盆を持って現れる。
 
「うぇ!? え、エプロン? JKエプロンだ! げほげほげほ!」
 
黄色いエプロンをした里花が入ってくる。
すごい、若妻感がすごい!
料理のできるかわいいギャルJKなんて、それなんて二次元?
 
「風邪ひいてんだから興奮しないの。ほら寝てて」
「あ、はい……」
 
里花がぼくの隣に座る。
ベッドサイドにお盆を置く。
 
土鍋をぱかってあけると、そこには美味しそうな卵がゆが入っていた。
 
「わぁ! いいにおい……これどうしたの?」
「作ったに決まってるでしょ。鍋借りたわよ」
 
ん? んんっ? やっぱり……変だ。
 
「土鍋なんて、うちにあったんだ……てゆーか、そうだ、里花」
「なぁに?」
 
ぼくは気づいたことを口にする。
 
「よく、キッチンの場所、わかったね」
「っ!」
 
そうださっきの違和感はそれだ。
彼女はぼくに、キッチンを借りるわねとはいった。
 
料理を作るからキッチンへ行く、それはわかる。
問題は、ぼくにキッチンの場所を聞かなかったことだ。
 
彼女は部屋を出て行ってからここへ来るまで、一度も場所を聞いてこなかった。
それどころか、ぼくすら知らない土鍋の場所まで把握していた。
 
「そ、それは……」
「それは?」
 
「わ、わざわざ病人を起こしてまで聞くことでもないでしょ? 寝てなきゃだし」
 
……まぁ、そっか。
キッチンの場所なんて、探せばあるだろうし、土鍋も置ける場所が限られてる。
そっか、ぼくが熱でダウンしてるから、わざわざ起こさないよう、配慮してくれてたんだ。
 
「ありがとぉ、優しいねぇ」
 
里花がなぜだか、ほーっと深く吐息をつく。
 
「……何で知ってるのか、ですって。来たことがあるからに決まってるでしょ、子どものころに」
 
「え、なんだってー?」
「なんでもないわよ! ごはんよしんちゃん!」
 
なんか某野原さんちの嵐を呼ぶ五歳児みたいだな。
 
里花がレンゲでお粥を救う。
ふぅふぅ、と吐息を吹きかけて、ぼくに向けてくる。
 
「ほら、あーん」
「え、ええ!? そんな食べさせてもらえるなんて! げほげほ!」
 
そこまでしてもらう義理はさすがにないはず……。
 
「勘違いしないでよね。せっかく作ったおかゆを、こぼしたり冷たくしたりして、無駄にしてほしくないだけだから。ほら、ちゃんと食べて」
 
うう、優しい……。
そうだよね、せっかく作ったんだから、ちゃんと食べてほしいもんね。
 
「ほ、ほら、あーん」
「あーん……」
 
顔を赤くしながら、レンゲをぼくに向けてくる里花。
ぱくり、と一口食べて咀嚼する。
 
塩気が強い、けど、鼻がつまってて味が分からない今は、これくらいのほうがいい。
それに卵がいい感じに塩気をマイルドにしてくれてる……。
 
「ど、どう?」
「うん、おいしいよ!」
 
お世辞抜きにおいしかった。
 
「よしっ!」
 
ぐっ! と里花がこぶしを握り締める。
 
「がんばって修行した甲斐があったってもんよ!」
「へー修行? なんの?」
 
「花よm……なんでもないわよ! ほらあーん!」
「むぐ!」
 
レンゲを突っ込まれる。
なんかちょくちょく強引なとこあるけど、でも、嫌いじゃあない。
 
ぼくは里花にお粥を食べさせてもらう。
その後、ぼくは里花に頼んで、ドラッグストアにいってきてもらうことにした。
 
風邪薬がなかったからだ。
一度家を離れて、里花がもどってくる。
薬を飲ましてくれた。
 
「ごめんね、使いパシリみたいなまねさせちゃって」
「いいわよ。あとティッシュもいちおう買っておいたから。あとスポーツ飲料も」
 
「薬だけで良かったのに……」
「余計なお世話だった?」
 
里花が不安げに聞いてくる。
ぼくは笑って首を振る。
 
「ううん、ありがと。とっても助かったよ」
 
里花は頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向く。
 
「そ、そう。よ、よかったわ……ほら、あとは寝ときなさい」
 
ぼくの頭に冷えピタを張って、ぽんぽん、と額を撫でてくれる。
優しい調子で声を掛けてくる。
 
「あんたが寝てる間、ずっとここにいてあげるから」
 
目を閉じてぼくは安どの吐息をつく。
すごい安らかな気分に包まれる。
 
クリスマスイヴにひどい目に遭って、死にそうだったけど、でも。
それがきっかけでこうして里花という、優しいギャルと知り合えたんだから。
 
怪我の功名じゃないけど、まあ……いっか。
うん……本当に、ありがと、里花。
 
……気づけばぼくは、深い眠りについていたのだった。
 
 




