56話 里花、旅行前日
上田 真司と、熱海へと旅行へ行くことになった。
2月に入った、ある日のこと。
里花は自分の部屋にて、荷造りをしていた。
「ダリアー。あと何か必要なものあるかな?」
里花はスマホをスピーカーモードにして、明日の準備に取りかかっていた。
『そーねー。勝負下着は?』
「うう……持ちました……」
『あーしが書いた【初えっちで気をつけること(女子編)】マニュアルは?』
「お、置いてく……」
学習机の上に、分厚い冊子が置いてある。
ダリアお手製のマニュアルだ。
先日、ダリアが調査したところに寄ると、真司もその気があるらしいことが判明。
それから今日まで、ダリア指導の下、男の子との初めてのえっちを成功させるべく、いろいろと準備と練習をしていたのだ。
『えー? いいの、いざ本番になって忘れない?』
「あ、あんなははずかしいマニュアルもってって、しんちゃんにばれたら死んじゃうわ!」
『笑って流してもらえると思うけどねー』
ダリアと一緒に勝負下着もきちんと買ってある。
こんな派手でスケスケの下着……と何度見ても顔が赤くなる。
『まー、あとはなんとかなるっしょ』
「軽いなー……はぁ……不安だわ。うまくできるかしら」
『ま、100パーぐだぐだになるだろうね』
「……その心は?」
『だってドーテーと処女だもん。どっちも慣れてないんだから、そりゃぐだるってもんよ』
「ですよねー……」
どちらも経験値ゼロというのがあだになりそうだ。
『まー、でもいいんだよ。ぐだってもさ』
「そう?」
『そー。最初は誰もうまくいかないって。それが普通だからさ。気負わず、彼に身を任せて、素直になってりゃいいってもんよ』
ダリアのアドバイスを聞いて、里花はほっと、安堵のいきをつく。
「ありがと。ちょっと気が楽になったわ」
『そりゃあよかった。ほいじゃ、明日は頑張ってね』
どこか他人事のような言い方に、里花はいやな予感を覚える。
「ね。ダリア……ドタキャンはだめよ?」
以前、計画を立ててるとき、ダリアが言ったのだ。
今回の旅行は、二人で楽しんできて、と。
自分は当日休むつもりだといっていた。
だが里花は許容できなかった。
『……でも、君らの楽しい旅行なのに』
いつもお姉さんしてるダリアだが、不安げな声音で、そういう。
「駄目。ダリアもちゃんと来て。三人一緒でないと、いやよ」
里花にとってこの旅行は、確かに大切なものになる。
だが里花は親友とも思い出を残しておきたかった。
彼女もまた、大事なひとだから。
『……そか。わかったよ』
電話越しに、ダリアが喜んでいるのが伝わってくる。
ホッ……と息をつく。
「明日は遅刻しないようにね」
『そりゃこっちのセリフだよ。きんちょーしすぎて寝れないなんて駄目だかんね?』
「わ、わかってるわ! 大丈夫、寝坊なんてしないもの」
『ほいじゃーね』
ぴっ、と通話を着る。
ひと息をついたそのとき。
コンコン……。
「りかちゃーん? 入るわよー」
母、松本 山雅が、入ってきた。
里花に似た顔立ちで、スーツを着込んでいる。
かつては水商売をしていたが、真司のおかげで、今は高級ホテルで働いている。
「どうしたの、ママ?」
「りかちゃん明日から旅行なんでしょー? だからはい、やっちゃんからお小遣いだにゃー!」
母が長財布を取り出して、里花に万札をいくつか差し出す。
「こ、こんなにもらえないわよ……!」
自分ちはかつてかなり貧乏だった。
そんなときから比べると、今はだいぶ裕福になった。
とはいえ、母からこんな大金をもらうのは気が引けた。
「いいからもってって! 1泊2日の旅行なんでしょう? 入り用でしょうに」
「いいわよ。バイト代あるし」
「だめーだにゃん」
里花の手を握って、万札を握らせる。
「今までりかちゃんには、ずぅっと我慢させてたからさ。たまには保護者させてよ」
「ママ……」
父親と離婚してから今日まで、里花達は我慢の日々を送っていた。
ぼろアパートでの暮らし。
母親は水商売。母からすれば、娘にいらん負担をかけてしまっていた、と思っているのだろう。
そのせめてもの罪滅ぼし、とでも思ってこうしてお金を渡してきてくれてるのだと、里花は感じ取った。
「もらって? ね? 楽しんできてよ。やっちゃんね、りかちゃんの楽しかったーって思い出が欲しいんだ」
母の気遣いに、里花はうれしい気持ちになる。
ここで断ってしまったら、せっかくの母の気遣いを無駄にしてしまう。
「うん、わかった。ありがたくもらっておくね」
「うん♡ それがいいよー♡」
「でも……でもね。今度は一緒にいこうね!」
「ほえ?」
驚く母に、里花が笑顔で言う。
「いつかママと一緒に熱海にいくの! 今回は下見してくるから!」
「いやでも……」
「ママ、いっぱいおでかけしよ? 今までできなかった分、うーんとうーんと、楽しい思い出作ろうよ!」
我慢していたのは何も里花だけではない。
母の山雅だって、娘とはいろんなところへ出かけ、思い出を作りたかったはずだ。
だから里花は言ったのだ。
親友や、恋人も大事だけれど……母も自分にとっては大事な人なのだと。
「うん……! そーしよー!」
山雅がぎゅーっと抱きしめてくる。
ふたりでハグしたあと、ふふっと笑う。
「気をつけていってきてね」
「はいママ!」
「あとー。避妊は絶対するように♡」
「ぶっ……!」
げほごほっ、と里花が咳き込む。
「な、なんで……?」
「おんTHEですく♡」
机の上には、ダリアが用意した指南マニュアルがあった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「そっかー。りかちゃんよーやく処女喪失かー」
「そ、そそそそそ! そんなんじゃあないわよぉ!」
「お相手は? しんちゃん? 大穴でだりあちゃん?」
「しんちゃんよ……! ……あ」
自分で墓穴を掘ってしまったことに気づいて、顔を真っ赤にする里花。
ぽんぽん、と娘の肩をたたく。
「しんちゃんなら安心だね。あの子は優しいから、きっと素敵な思い出にしてくれるにゃー♡」
「うう……親に知られちゃった……はずかしい……」
微笑ましいモノを見る目で、山雅が自分を見てくる。
娘が他の男とセックスするというのに、注意してこなかった。
それだけ、母は真司を、そして娘を信頼しているってことだろう。
そう思うと、なんだか温かい気持ちになった。
「あ、りかちゃん。初めてで痛いだろうけど、我慢するのよ。あとちゃんとあんあんっ、てAVでよくあるようなリアクションとってあげること。男の子のあそこって精神に直結するから、ちゃーんとケアしてあげなきゃだめだからね!」
「わ、わかってるわよっ! もうっ! ママの下世話っ!」
……かくして、里花はダリア、真司とともに、旅行へと向かうのだった。
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