54話 ダリア、妹として彼らを支える
上田 真司の妹となったダリアは、ある日の放課後、里花から相談を受けていた。
彼女たちがいるのは、駅前にある喫茶店【喫茶あるくま】。
今日はバイトがないので、ふたりで学校の帰りに、ここへ寄ったのである。
「そんで、あーしに相談って?」
ダリアの前には、金髪に染めた美少女がいる。
松本 里花。真司の彼女の。
元々染めていた金髪は、だいぶ髪の毛が伸びてきたことで、今は根元が黒くなっている。
最終的に黒髪の清楚な美少女となってクラスメイト達を見返す計画があるらしい。
「あの……ね……その……しんちゃんに、聞かれたくないことで……」
だろうとは思っていた。
里花はこのところ、毎日のように真司達のマンションに遊びに来ていた。
学校から三人で帰って、そのまま遊ぶというパターンが多かった。
しかし今日は里花から呼び出しを食らって、ダリアは二人で下校。
途中で話があるからと行って今に至る。
「その……ね。しんちゃんと……その……………………」
里花は顔を真っ赤にしてうつむいている。
なかなか切り出さないところから、ダリアはピンときた。
「シンジくんとえっちしたいの?」
「なっ!? なんでわかったの……?」
里花がびっくりした表情となる。
やはりか、とダリアは溜息をつく。
「ダリアさんをなめるではないわ」
「なるほど……さすがね」
どうやらこの子はようやく決心がついたようだ。
大好きな彼に体を許す、という決心が。
一抹のさみしさを覚える一方で、友達とその彼氏が上手くいってそうで安堵する。
ダリアは真司のことも大好きだが、里花のことも大好きで、彼らの幸せを誰よりも願っている。
「どうすれば、いいかなぁ~……」
「まー……りかたんから誘うのは、むずいよね。はずいだろうし」
「うん……」
もじもじ、と里花が顔を赤くしてみじろぎする。
「デートでも行ったら?」
「で、でも……その……しんちゃん、そういうとこ行きたいって、言ってくれないし……自分から言うのも、そのぉ……」
真司はいい子ではあるし、里花もまた優しい子である。
だが二人ともかなりの奥手だ。
そんな二人がベッドをともにするのは、何か大きなきっかけが必要だと思われた。
「じゃあ、旅行にでも誘ったら?」
「旅行?」
「そ。旅行先なら、同じホテルに泊まるわけだし。誘いやすくない?」
「な、なるほど……! その考えはなかったわ!」
真面目な顔をして自分に教えを請う里花。
ダリアからすれば手のかかる妹みたいなものでもある。
「でも自分から旅行に誘うのも……なんかへんじゃない?」
「そうかな? 誕生日にどこか連れてってほしいなぁ……くらいでさ、いいんじゃね?」
「しんちゃんにおねだりするの、なんか恥ずかしくて……」
里花は男にモノをねだるようなタイプではない。
だから真司に旅行を連れ出すのが難しい……と。
仕方ない。
「あーしが一肌脱ぐとするか」
「ダリア? いいの?」
「おうよ。あーしに任せなさいな」
ぽんぽん、と里花の頭をなでる。
「だりあぁ~……ありがとぉ~……」
半泣きの彼女が手を握ってくる。
「気にしなさんな。じゃ、段取りはあーしに任せといてね」
★
ダリアは里花と別れたあと、自宅へと向かう。
「旅行ねえ……」
里花からえっちしたいという言葉を聞いて、姉的な気持ちになる。
ついにあの子も男と、もっとその先を望むようになったのかと。
「…………」
里香に協力する気持ちに嘘偽りはない。
あの子には真司がお似合いだし、彼と結ばれるのが一番だと理解してる。
今彼女のなかにあるのは、妹として、兄と友達を助けたいう気持ち。
……でも。できることなら、彼と自分も結ばれたい。えっちしたい。結婚したい。
そういう気持ちが、やっぱりどこかにはある。
「でもそれは贅沢すぎるってもんだぜ、あーし……」
今、真司と同居して幸せに暮らしている。
これ以上の幸福を望むのは、やはり……欲をかきすぎている。
寂しそうに笑った後、うんとうなずいて帰路に着く。
ダリアは高級マンションへと到着。
エレベーターを使って上の階へと向かう。
「ただいまー」
ダリアは靴を脱いで廊下を歩く。
リビングでは、真司がいた。
「お兄ちゃん、ただいま♡」
だが……真司から返事がない。
どうしたんだろう?
ダリアはリビングのテーブルに近づいて気づく。
彼がテーブルに突っ伏して眠っていた。
「…………」
可愛い寝顔だ。
寝てる姿は女の子に見え無くもない。
でも……ああ、やっぱり素敵だ。
「風邪引いちゃうよ、お兄ちゃん……」
知らず、顔が近づく。
大好きな彼が眠っている。
……いけない。
駄目だとわかっていても……。
やっぱり、こうして彼の顔見ると、がまんできなくなる。
彼への愛おしさで、胸がいっぱいになる。
妹としてではなく、女として彼を求める気持ちに駆られる。
駄目だ……自分は、真司の妹で、里花の友達なのに……。
強く、引かれてしまう……。
ダリアは……眠っている彼の頬に、キスをする。
ちゅっ……♡
「んぇ……?」
真司がゆっくりと目を開ける。
ばっ、とダリアは慌てて距離を取った。
「お、おはよお兄ちゃん……」
ダリアは顔をそらし、何度も髪の毛をさわりながら彼の横顔をチラ見する。
ふぁー、とのんきにあくびをする姿を見て、ほっと安堵する。
「おかえり。遅かったね」
「うん、ちょっと話し込んじゃってさ」
ダリアは鞄を置いて台所へ立とうとする。
「あ、大丈夫だよ。今日は宅配頼んでるから」
「え? どうして」
「ダリアがいつ帰ってくるかわからないし、帰ってきてそうそうご飯の支度なんて嫌でしょ?」
ダリアは真司の気遣いに、何度も胸を締め付けられる。
「ピザ届くまでもうちょっとかかるから、待っててね」
「ん……」
ダリアは真司に近づいて、もじもじと身じろぎする。
「どうしたの?」
「……お兄ちゃん。お膝……」
一瞬首をかしげた彼が、察したようにうなずく。
「いいよ、おいで」
真司はソファに移動する。
ぽんぽん、と彼が自分の太ももをたたく。
ダリアは顔を赤くしながら、彼の膝の上に頭をのせる。
膝枕である。
彼の妹になってから今日まで、何度もこうして、里花がいないところで彼に甘えている。
「お兄ちゃん……頭……なでなでして」
「はいはい」
真司は何も嫌がらない。
兄として、妹のわがままに付き合ってくれる。
彼の触れられるたびに、彼への愛しい思いでいっぱいになる。
……わかっている。
これは、代替行為だ。
恋人として甘えられないから、妹として甘えている。
なんと卑怯なんだろうか……と自らを責める。
でも辞められない。抜け出せない。
それくらい、彼に甘えることに、どっぷりとはまってしまっているから。
里花と話しているときの、お姉さんぶった自分は、家に帰ると完全に消えてしまう。
ただ、兄に甘える妹になってしまう。
……とはいえ、親友のアシストは忘れていない。
「ねーえ、お兄ちゃん」
「んー?」
「旅行いきたいなぁ」
真司の反応を見やる。
「旅行かぁ……いいね!」
ほっとする。
良かった断られなくて。
「りかたんとお兄ちゃんと、三人でいこ」
三人といってしまうのは、仕方ない。
だってここで、里花と二人で旅行に行ってきなよ、なんて言ったら、じゃあどうしてそんなことをって追求は免れないから。
自然な形で里花と真司に旅行へ行かせるためには、三人でというのが一番。
当日になって都合が悪くなったとすれば……ほら、二人きりの旅行の完成……。
「じゃあ三人でどっかいこうよ!」
「そ、だね……」
いいんだ、これでいい。
兄と親友。
どちらも不器用で、どちらも優しい、彼らの幸せこそが自分の真なる幸福なのだから……。
「どこがいいかなぁ。三人で計画たてないとだね!」
「ん。そだね……」
きゅっ、とダリアは赤ん坊のように体を丸くする。
「ねーぇ、お兄ちゃん」
「ん? なぁに?」
「……頭なでなで……止まってるんですけど?」
彼は苦笑しながら、ダリアの銀髪をなでてくれる。
ああ、好きだ。大好きだ……。
真司のことが愛おしくてたまらない。
でも……ぐっと我慢する。
ぐっと。
だってそれは、妹としてやってはいけないから。
友達も、彼の信頼も、裏切れない。
「お兄ちゃん……ピザ来るまで……寝るね」
「うん。来たら起こすからいいよ」
だから、めいっぱい、妹として甘えようと、そう思うダリアであった。