47話 ダリアさんとデート、夢の終わり
黒姫ダリアは、上田 真司とともにお台場にきている。
ジョイポリス内のアトラクションを、ふたりで一つずつ回っていった。
VRのゲームやジェットコースターなど。
「あらかた乗ったねー」
「そーねぇ~♡」
ダリアはずっと真司に抱きついていた。
エンコーしているときは、男達に求められて、抱きつく。
だが今の彼女は自分から彼に抱きついていた。
損得勘定抜きに、ただ、彼のそばから離れたくない。
「あ、次あれいこっか?」
「え゛……?」
真司が指さしたのは、お化け屋敷だ。
おどろおどろしい看板が、見ているものに恐怖を与える。
「い、いやぁ……あれは、いいんじゃ、ないかなぁ?」
ダリアは露骨に、お化け屋敷から離れようとする。
だが真司はきょとんと首をかしげる。
「どうして? アトラクション結構回ったし、あとここだけだよ」
「ま、えっと……いいんじゃね? うん。ほら、全部回らなくても……ほら、ね? うん。やめとこ……ね?」
ふと、真司が気づいたような表情になる。
「もしかして……苦手?」
その通り。
ダリアはお化け屋敷が大の苦手であった。
「あーし……おばけとか、ほら、怖くて」
「おばけって。大丈夫だよ。そんなの居ないし」
「そ、そう……?」
「うん。ほらみて、チープなお化け屋敷じゃん?」
……言われてみると、確かに安普請だ。
なんだ、怖くないじゃん。
「入ってみようよ」
「そ、そだね。うん……」
5分後。
「ふぎゃぁあああああああああああああ!」
ダリアは全速力でお化け屋敷から脱出。
ぺたん……と一人地面にお尻をつけていた。
「だ、大丈夫……?」
後ろから真司が慌てて出てくる。
がしっ、と彼の腰にしがみついて、ぶるぶるぶるぶると振るえる。
「いたじゃん! おばけ! めっさ! いたじゃん!」
「いや……あれスタッフが仮装した姿だよ」
だが中で目撃した恐ろしい(だいぶチープな)お化け達におびえて、ダリアが震える。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
真司はダリアの銀髪をなでる。
「ごめんね、怖い思いさせちゃって」
「ほんとだよっ。もうっ。ばか……ばか……怖かったんだからぁ……」
真司が優しく声をかけて、なでてくれるたび、こころが安らぐ。
結構早い段階でダリアは正気に戻っていた。
でも、こうしていれば自然に、真司に抱きついていられる。
甘えられる。
……キモい親父に甘えられることは多々ある。
どういうわけか、年上のおじさんたちが自分に求めるのは、男に甘えてくるんじゃなくて、女に甘えることばかり。
こうして男の人に甘えることなんて、久しくしていなかった。
なんと、こころが安らぐことか……。
だから……いつまでも怖がってるふりをした。
ほどなくして。
近くにあったフードコートでお茶をすることになった。
「ダリアって結構甘えん坊なんだね」
真司が買ってくれたコーラを飲むダリア。
ぶっ、と吹き出しかける。
「い、いいじゃん……別に……」
「うん。全然良いと思う。むしろ、ダリアの知らない一面知れて、うれしかったよ」
ぽりぽりと頬をかく。
「りかたんには、内緒ね」
「もちろん」
「……ほんとに言っちゃ駄目だよ?」
「わかってるってば」
ふぅ……とダリアが息をつく。
ほわほわとした、暖かな感情が胸の中を満たす。
……誰かに甘えることが、あんなにも心地よいモノだとは思わなかった。
「ダリアって、あんま人に甘えないよね」
ふと真司がそんなことを言う。
「まーね。なんつーか……頼れる人がいなかったてかさ」
「そうなの?」
「ん」
しまった、とダリアはまた自分が口を滑らせてしまったことに気づく。
「ま、そんなのどーだっていいじゃんな?」
にかっ、とダリアが笑う。
真司は何か言いたげだった。
けれど小さく息をつく。
「そだね」
「ん♡ あ! 見てシンジくん! プリクラあんじゃーん! 一緒にとろうよ!」
フードコートの近くにプリクラの筐体があった。
ふたりでそこへ入っていく。
「今プリクラって、こんな全身入るような感じなんだね」
バストアップの写真しか取れないのだと思っていた。
しかし二人がいるのは、写真スタジオみたいな趣の場所。
「ほら、シンジくん。こっち寄って♡」
「わわっ」
お金を入れると撮影が開始される。
ダリアは……これが最後だとわかっていた。
だから笑顔で、写真を撮る。
幸せな時間を切り取って、永遠に納めるように。
やがて撮影が終了。
シールが出てくる。
はさみが置いてあったので、それを半分にする。
「ふふっ♡ シンジくーん? なーんか全部顔あかくなーい?」
「そ、そりゃそうでしょ!」
後ろからダリアがハグしたり、ほっぺにチューしたりと、なかなかにきわどい写真ばっかりだった。
「でもちゅーはちょっと……」
「な、なぁに~? シンジくーん。本気にしちゃってるわけー? こんなの……お遊びじゃーん? ね……?」
お遊びのキスということで、ごまかした。
本当は遊びじゃなく、本当のキスをしたかったのだが……。
でも、いいんだ。
これが……精一杯だ。
これ以上は、戻れなくなる。
自分は夜の住人だから。
まぶしい光の下で、これ以上の幸せを感じてしまったら。
もう……帰れなくなる。
「いやぁ、良い写真とれたわー。うん……あんがとね、シンジくん」
ぎゅっ、とダリアが自分の胸に、写真を抱く。
「これ……大切にする。宝物だよ」
「そんな大袈裟な……」
「ううん、そんなことないよ」
大好きな人とのツーショット写真。
今まで、エンコーのときに何度も取ったことがある。
でも初めて、こういう写真を大事にしたいって思ったのは。
「ずっと大事にとっておくよ」
★
その後、ダリアたちはジョイポリスを出て、お台場の周りをぶらりと散歩した。
いつの間にか日が暮れていて、ふたりは海の見える公園にいた。
「あっちゅーまだったわ~」
「だねぇ」
ベンチに座っている。
ただそれだけなのに、とても満たされている。
彼が自分の手を握ってくれているからだ。
「…………」
この手を、離したくない。
ダリアは切にそう思った。
けれど黄昏の海を見ながら、ダリアは思い直す。
そうだ。
この闇こそが、自分の生きる世界なんだと。
これ以上、光の住人たる彼に、迷惑をかけられないと。
「うん。満足しました」
ダリアは立ち上がる。
「本当にあんがとね。楽しかった」
「ダリアさん……?」
真司がぎょっ、と目をむいている。
「え、どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ……どうして、泣いてるの?」
「あ……? え……? うそ……」
自分の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
「やだ……なんで……」
そんなの決まっていた。
彼と別れたくないからだ。
光に触れて、これ以上無いくらい、彼を好きになってしまったからだ。
「ダリア……」
「来んな!」
知らず、声を荒らげてしまった。
びくっ、と真司が体をこわばらせる。
「……ごめん。でも、良いんだ。ほっといて」
「でも……」
ダリアはぐしっ、と目元を拭う。
にかっと笑って言う。
「彼氏彼女は、もーおしまい! 君は今からりかたんの彼氏だからさ」
声が震えそうになるのを、ぐっとこらえる。
崩れ落ちそうになるのを、ぐっと耐える。
「ありがとう。すっごく楽しかった。でも……明日からはまた、友達でいて」
「…………わかったよ、ダリアさん」
ずきっ、と胸が痛んだ。
さんとつけられたのが、予想以上につらかった。
自分が言い出したこととはいえ、でも……これでいいんだ。
「ほいじゃ、今日はここでいいや」
「え、でも……家まで送るよ」
駄目だ。
彼を、家になんて連れて行けない。
あんな最低最悪の大家に、彼を引き合わせるわけには行かない。
「……そういう優しさは、自分の彼女だけにあげなよ。じゃあね」
ダリアはきびすを返して、歩き出そうとする。
でも、その手を真司が後ろからつかんだ。
「……離してよ」
「やだよ。だって……なんか悲しそうなんだもん」
真司の顔を見たくなかった。
自分の顔を、見せたくなかった。
「ね、ダリアさん。困ったら、頼っていいんだよ。甘えていいんだよ?」
……今すぐ振り返って、彼の胸に飛び込みたかった。
抱きついて、みっともなく涙を流して、泣き言を言いたかった。
さっきみたいに、甘えたかった。
「…………ごめん。もう、夢から覚めなきゃ、だから」
ダリアはその手を振りほどいて、走り出す。
「ダリアさん!」
彼の制止を振り切って走り出す。
振り返ることはなく、タダひたすらに……。
朝日から逃れるかのように……。
彼女は、夜の世界へと……帰って行くのだった。