4話 元カノの前でいちゃつく
ぼく、上田 真司。
クリスマスイヴの日に、恋人の中津川 妹子から浮気されたうえに振られた。
けれどぼくはクラスのギャル松本 里花に告られ、偽の恋人関係をすることになった。
「はぁ~……鬱だ……」
翌日、25日、金曜日。
今日、学校の終業式がある。
でもぼくの足取りは非常に重かった。
そりゃそうだ。
教室へ行けば、元カノの妹子が待っているんだから。
「いきたくないなぁ……なんか体もだるいし……クシュンッ!」
くしゃみをしながら、ぼくは学校の校門をくぐる。
【アルピコ学園】。
ぼくの通う学校だ。
スポーツの名門校である。
でもぼくは特に部活に入ってる訳じゃあないので、関係ない。
ぼくは下駄箱で靴を履き替えて、教室へと向かう。
みんな冬休みを目前に控えているからか、どこか浮かれていた。
それに多分昨日デートが成功した人たちだろう。
はぁ~……うらやましい……。
そろそろ教室にさしかかろうとした、そのときだ。
どんっ。
「きゃっ」
「わわっ、ご、ごめん……あ」
女子トイレから出てきたのは、綺麗な女の子だ。
色素の薄い髪をボブカットにしている。
薄い胸、けれど無駄な肉のない綺麗な体。
肌は白く、化粧っ気はないのに、とても目立つような見た目をしている。
「い、妹子……」
元カノ・中津川 妹子だ。
ぴくっ、と目元をゆがませる。
「ごめん、【上田】くん。呼び捨てにしないでくれないかな?」
にこっと笑いながら、結構きついことを言ってくる。
たぶん人の眼があるからだと思う。
「ご、ごめん……」
「別に謝らなくって良いよ。というか、声をかけてこなくっていいし」
「え……? そ、そんな……なんで?」
「なんでって……? そんなこともわからないの? 馬鹿なの?」
……なんだ、その言い方。
妹子は、確かに見た目は良い。
ぱっと見で清楚系というか、明るくて優しい人っぽい見た目をしている。
一部の男子からは天使とか呼ばれてるけど……。
「わ、わからないよ……」
「もうお互い別れて他人同士なんだし、不干渉でいきましょ」
「他人って……でもクラスメイトだし……」
ちっ……! と妹子が小さく舌打ちをする。
「とにかく、もう2度と私に話しかけてこないで。キモいから」
「き、キモいって……」
さげすんだ表情をぼくに向けてくる妹子。
「そうでしょ。気持ち悪い。あんな汚らわしいものを見て、悦に浸る変態となんて、話したくないわ。魂が汚れる」
……ひどい。
なんてひどいんだ。
ぼくが何をしたってんだよ。
ただアニメが好きなだけじゃないか!
それをそんな、犯罪者みたいな言い方って……そんなのないよ!
「なに? 話があるならさっさとしてよ。誰かに見られたらどうするのよ。あんたと一緒に居るとこを」
と、そのときだった。
「しーんちゃーん♡」
ぼくの後ろから、ぎゅっ、と誰かがハグしてきた。
「う、うわぁああああああああ!」
背中にむにゅって!
なんかでっかい何かが、むにゅって当たったよ!
「ま、松本さん!?」
妹子が驚愕の表情を浮かべる。
松本さんはぼくに寄りかかったまま、にこーっと笑う。
「おっはよ。しんちゃん♡」
「あ? え? はぇ……?」
ど、どど、どういうこと!?
何で急にこんなフレンドリー!?
いつもは松本さん、教室では話しかけてくんなオーラバリバリの、怖い感じなのに!
「……偽の恋人関係でしょ、忘れたの? 復讐」
松本さんがぼそっ、と耳元で言う。
あ、そっか。
そうだった。
ぼくらは同盟を組んだんだ。
ぼくを裏切った妹子と、馬鹿にしてきたクラスメイト達を、見返してやるんだって。
「ま、松本さん……どうしたの、上田君と、やけに仲いいみたいだけど?」
妹子が目を泳がせながら聞いてくる。
「うん、仲いいもなにも、あたしたち付き合ってるし~?」
「は、はぁあああ!? つ、付き合ってる!?」
「そ♡」
ぎゅーっ、と松本さんがぼくを背後から更に抱きしめてくるぅ!
うひぃ! 柔らかいおっぱいがくにって当たって……。
き、気持ちええ……。
「……上田君、なに、デレデレしてるのかな? そんな下品な胸に触れて」
ぴくぴく、と妹子がこめかみを動かしている。
一方でにんまりと、松本さんが意地悪い笑みを浮かべる。
「別に普通じゃない? 男の子っておっきいおっぱいのほうがいいっていうしぃ~? ねえ、貧乳さん?」
「…………」
ぴくぴくぴく、と妹子が笑顔のまま、こめかみを動かす。
た、確かに妹子のおっぱいはぺったんこだけど……。
「へ、へえそう……恋人……ふーん……へー……。ず、随分と、切り替えが早いじゃない? いいのかな?」
「はぁ? 良いも悪いも、捨てたのあんたでしょ? しんちゃんはフリーなんだから、誰といつ付き合おうと関係ないでしょ?」
「そ、それは……そうだけど……でも……そんな当てつけみたいに付き合うのって……どうかと思うなぁ」
みたい、じゃなくって当てつけなんだけどね。
でも結構、妹子は動揺してるっぽいな。
さっきまでぼくにあんなに当たり強かったのに。
割とスッとする。
「当てつけ? なにそれ言いがかりだし? あたしら深い仲だもん♡ ね、しんちゃん♡」
「そ、そうだね……松本……いたたたた!」
松本さんがぼくの脇腹をつねってくる。
耳元で、またぼそっという。
「……里花。里花って呼んで」
「……えー! そんな急に」
「……いいから、呼べ」
こ、怖い……。
でも……これは復讐なんだ。
下の名前で呼んだ方が、相手に与えるダメージは大きいぞ。……たぶん。
「う、うん。その……里花とぼくは、な、仲良しだもんねー」
「り、里花ぁ……!? つきあって、もう名前呼び……!?」
衝撃を受けてる様子の妹子。
そりゃそっか。
昨日振られて、付き合って、もうベタベタしてしかも名前呼びとなると……。
「も、もしかしてあなたたち……まさか、まさかだけど……前から付き合ってたの!?」
って思うのはまあ自然かも知れない。
ぼくが違う、と応えようとすると、松本さんはニヤっと笑う。
「さー、どうかなー?」
「それって浮気じゃない! 不潔よ!」
「へー! 浮気! ふーん……そっかそっか、浮気が不潔かぁ~?」
松本さんがニコッと笑って言う。
「まるで自分が、さも浮気してないみたいじゃなーい?」
「!?」
そ、そっか……妹子は自分が浮気していたことを、ぼくが知らないって思ってるんだ。
ぼくがそれ知ったら、非難されるって、自分の人気が落ちるって思ってる……のかも。
でも自分もまた浮気していたから、浮気を非難できない、と。
「どうしたのー? さっきまでの威勢はどこへいったのかな~? 浮気したことのない潔白な妹子さん?」
「…………」
ぐっ、と妹子が唇をかみしめる。
「さ♡ しんちゃん行こっか♡ 明日から冬休みだし~? たーっくさん、あそびましょー♡」
松本さんがぼくの腕を取って歩き出す。
ひ、肘におっぱいが当たってるけど!?
い、良いんですかね……?
「……なによっ。昨日の今日でもう女をつくって、見せつけるようなその態度! 少しは落ち込んでるかと思ってたのに!」
だんだん! と妹子が地団駄を踏んで、ぼくらをにらんでくる。
怖い……けど、隣には松本さんがいる。
不思議と怖くなかった。
「とりあえず第一段階はクリアね」
少し離れたところで、松本さんがぼくに言う。
「たぶんまだ罰ゲームのうわさが、あのくそ女の耳に届いてないから、別れた直後につきあったってことで悔しがってるんだと思うわ」
「で、でもそれじゃあ時間が経てば……」
「そ。あんたがだまされてるって、向こうは思うはず。また精神的なマウントをとってくるでしょうね。でも……くく、馬鹿な女」
にやぁ、と松本さんが邪悪に笑う。
「それこそこっちの思うつぼよ。だまされてるのはあいつらの方だって言うのにね」
松本さんとの計画は、三学期終了のときに、本当につきあってまーす、とバラすこと。
それまでは罰ゲームで付き合わされてる、って思わせておくんだって。
「あの……さ。松本さん。さっきはありがと。妹子に絡まれてるの助けてくれて」
ぴた、と松本さんが立ち止まる。
ぼくを見て、不機嫌そうに言う。
「……里花」
「え?」
「里花って呼んで」
ええええええええええええええ!?
「そ、そそそそんな、名前呼びだなんて……!」
「か、勘違いしないでよね! これはその……や、役作りの一環よ! ニセコイ関係だけど、いちおうは付き合ってるんだし、名前で呼ばないと不自然でしょ!?」
「あ、そ、そっか……」
じゃあ、改めて……。
「ありがとう、その……里花」
彼女は目を大きくむく。
くるっ、と後ろを向いてしまう。
お、怒らせちゃったかな……。
「……里花って♡ 里花って呼んでくれた♡ 【昔みたいに】っ。ちょーうれしいよぉ~……♡」
「え、っとなに? どうしたの?」
「んーん! なぁんでもないわ!」
よくわからないけど、とても上機嫌の松本さん……もとい、里花。
「さ、教室いくわよ」
「ええ!? 腕組んだまま?」
「もち! 付き合ってるんだから当然でしょ!」
ぼくは里花に引きずられるようにして、教室へと向かうのだった。
ちょっと強引すぎるとこあるけど……。
でも、嫌じゃないなぁ。