39話 ダリアさんと誕プレ買いに行く
2021年1月中旬、土曜日。
ぼく、上田 真司は、川崎の駅前にいた。
「ううー……寒いなぁ~……今日も」
駅前の金時計前に、11時に集合だって言っていた。
今日、ぼくは里花ではなく、別の女の子と出かける。
「おっつーん、ドーテーくーん♡」
11時と少し前に、ダリアさんが改札から出てきた。
背が高く、ハデハデなギャルさんだ。
黒姫 ダリアさん。ぼくたちと同い年で、里花の親友。
日に焼けた肌に、銀の髪の毛。
すらりと長い手足と、ちょっとびっくりするくらいおっきなおっぱい。
ヒョウ柄のインナーにジャケット。
超ミニスカートにブーツ、という、とても派手な見た目だ。
「ドーテーくん、はやいねー」
「そうかな?」
集合時間5分前くらいだし、別に早いとは思わない。
「女の子とのデートに遅刻しない、うんうん、ポイント高いよ~」
「あはは、ありがとう」
ぼくはダリアさんに頭をぺこっと下げる。
「ありがとうね、ダリアさん。里花の誕生日プレゼント、選ぶのつきあってくれて」
さて、ぼくらがここに居る経緯を話そう。
それは里花と付き合うことが出来た翌日まで遡る。
ぼくはダリアさんから、里花の誕生日が近いことを教えてもらった。
誕生日のお祝いをしてあげて欲しい、とダリアさんに頼まれたのである。
『あの子ほら、友達少ないし、お祝いしてあげて、彼氏くん?』
もちろん了承。
里花にはお世話になってるし、祝ってあげたい。
でも何をあげれば良いのかわからない。
そこでダリアさんに知恵を借りることにして、こうして買い物に来た次第。
「…………」
ぽかーん、とダリアさんが口を開いている。
まるで、ぼくの行動が予想外みたいだ。
「えっと……どうしたの?」
「あ、ううん。なんか新鮮でさ」
「新鮮?」
ダリアさんがこくんとうなずく。
「デートしてくれてありがとう、なんて男から言われたの、なんか久しぶりでさ」
「そうなの?」
「うん。あーしの付き合ってた男って、なんかデートしてやってるみたいな、彼女はデートに付き合って当然だろ、みたいなやつ多かったし、あーしもそれが当然って思ってたからさ」
ぽりぽり、とダリアさんがほおを指でかく。
「……なんか新鮮で、その……はずい」
ちょっぴり頬を赤くして、ダリアさんが小さくつぶやく。
「え?」
「あ、ううん! なんでもないよ~ん。さ、いこっか。あー、そうだ!」
ダリアさんがにまーっと笑って、前屈みになって言う。
「ほらドーテーくん、女の子とデートのときは、彼女の服装を褒めてあげないと~♡」
あ、確かに……。
「りかたんの時の予行練習でいいからさ、ほらほら、いってごらーん♡ それとも、ちょっと刺激が強すぎたかなー?」
確かに今日のダリアさんは、とても刺激的な服装だ。
肩むき出しのヒョウ柄インナーからは、おっぱいがこぼれ落ちそう……で、でかいなぁ……。
たしかに、綺麗だ。
けれど……。ぼくはこう思った。
「寒くない?」
「え……?」
またも、ぽかーんとする。
ポケットからカイロを取り出して、ぼくはダリアさんに渡す。
「はいこれ、ポケットカイロ。使って」
「う、うん……」
おずおず、とダリアさんが受け取る。
「今日の服すっごい似合ってるし、きれいだけど、寒そうかな。体壊したら嫌だし、カイロ使って」
「あ、え、あ……う、うん……あんがと」
カイロを手に取って、きゅっ、と握りしめる。
「……あったかいよ」
小さくダリアさんが、しかしうれしそうに、つぶやく。
「すっごくあったかい」
「そっか、良かった。あ、ごめん! 寒いよね、早くショッピングモールいこっか!」
ぼくは建物へと向かって歩く。
ダリアさんは後ろからついてくる。
「……まいったなぁ。地味に嬉しいや」
「え? なにー?」
「ううん、なんでもないよ!」
ダリアさんが笑顔で近づいてくる。
ぼくは立ち止まって彼女が来るのを待った。
「…………」
また、ダリアさんが目を丸くしていた。
「え、どうしたの?」
「あ、えっと……。いこっか」
「うん!」
ぼくらは並んで歩く。
ぽつり……とダリアさんが言う。
「なんか新鮮」
「新鮮?」
「うん。なんつーの? こーして、彼氏役といっしょに並んで歩くの。新鮮」
人の波を縫いながらぼくらは建物へ向かって歩く。
「普通じゃない、一緒に歩くのって?」
「ううん。だいたいの男って、先に歩いて行ってさ。男の行きたい場所に、あーしが着いてくみたいな」
ダリアさんはたくさんの男の人と付き合ってきた、らしい。
そんな名の知らない男の人たちと、ぼくを比べているのだろう。
「そうやって歩幅を合わせてくれるの、ひさしぶりでさ」
「へー……そういうもん?」
「うん。そーゆーもん。だから……うん。ポイント高いよ~」
にへら、とダリアさんが笑う。
「りかたんにも、是非そうしてあげて」
「うん! わかった!」
ぼくが返事をすると、なぜだろう、ダリアさんはちょっぴり切なそうな顔になったのだった。
★
その後、ショッピングモールをぐるっと回る。
里花が欲しそうな、喜びそうな店を、ダリアさんに教えてもらう。
ぼくは女子のおしゃれのこと何にもわからなかったから、本当に助かった。
ダリアさんのおかげで、里花が喜びそうなプレゼントを購入。
支払いを終えて、店の外に出る。
「買えたー?」
「うん! ばっちり!」
「そか。よかったね~」
「ありがとう! ダリアさんのおかげだよ!」
「いえいえ~。ん?」
ダリアさんがふと、ぼくの手に持っているものに気づく。
「ドーテーくん、それなに?」
ぼくは袋を2つ、持っている。
「里花のプレゼント」
「ふたつもプレゼントする?」
「え、違うよ。はいこれ、ダリアさんの!」
「え……?」
ぽかん……とまたダリアさんが口を開けて、驚いている。
「あ、あーし……の?」
「うん。どうぞ!」
袋をダリアさんに手渡すと、おずおず、と彼女が袋を受け取る。
「な、なんで……?」
「え、だって選ぶの手伝ってもらったし、そのお礼」
「お、お礼って……あーし別になにもしてないし……」
目を泳がせながら、ダリアさんが言う。
「何言ってるの! だってダリアさんがいなかったら、里花にこのプレゼント買えなかったし。君のおかげだ。だからお礼するのは当然だもん」
え、普通だよね……世話になったら手土産もってお礼するのって。
「…………」
ダリアさんが袋を、そしてぼくを、じっと見つめる。
「どうしたの?」
「……うれし」
消え入りそうなくらい小さな声で言う。
「……やば。なんか……地味に、うれしいわ。こういうの……ほんと……なんか……うん」
目を閉じて、きゅっ、と袋を抱きしめる。
その手にはぼくがあげたカイロが握られていた。
「プレゼント、もしかして迷惑だった?」
「ちがうっ!」
ダリアさんが強くそう言う。
「あ、えっと……ごめん……」
大声だしたことを謝るダリアさん。
「その……迷惑なんて思ってないよ。ほんとうれしかったから。うん……ありがと」
彼女が顔を上げて、小さく微笑む。
「ほんと……うれしいよ」
そっか……良かった喜んでくれて。
「思ったより早く終わったね。お昼ご飯いこうよ!」
「…………」
歩き出そうとすると……きゅっ、とダリアさんが手を握ってきた。
「どうしたの?」
「え? あ……その……あれだ。予行練習。女の子をエスコートする練習さ」
頬を赤くしながら、眼をそらしつつ言う。
「ほら、プレゼント買うのおわったっしょ? 次はデートの練習につきあってあげるよ。本番ではじかかないようにね」
「ほんとっ? ありがとう!」
ダリアさんは眼を細めてうなずいて、ぼくの手を引いて、歩き出すのだった。
★
真司と手をつなぎながら、黒姫ダリアは歩き出す。
真司の言動に、ダリアはいちいち驚かされる。
ダリアにとってデートとは、【儀式】に近い。
数多くの男と付き合ってきた彼女は、当然、たくさんデートを重ねている。
はじめの頃あった、デートへのあこがれや、男の人と出かけるドキドキは、今の彼女にはなかった。
男と待ち合わせして、適当にどこかぶらつき、最後にはホテルに入って終わる。
行為を重ねて理解した。
結局、デートとは最後の、ホテルに至るまでの【時間つぶし】なのだ。
男達がダリアに求めのは、その豊満な体と、磨き抜かれた性の技であって、彼女とともにする時間ではない。
ダリアは、理解してしまったのだ。
デートとは、とどのつまり、ただのセックスとそれまでのつなぎであると。
ドキドキなんてすることなんてなく、男達も、早くやりたいと思っているだけ。
つまらない、くだらない時間だと……そう思っていた。
……だから。
真司と過ごす時間が、とてもキラキラ輝いて見えた。
彼は何をしても、ありがとう、という。
時間を割いてくれてありがとうなんて、ここ最近言われたことない。
プレゼントだってそうだ。男達はこっちがおねだりすれば、はいはい、と嫌そうに渡してくる。
でも今日は違った。
真司はお礼だと言って、何も頼んでないのにくれた。
……まるで、本当のデートのようだ。
遠い昔、自分がまだ男を知らなかった時分、確かにこういうことはあった。
男の人がくれる時間が、品物が、特別で、キラキラしてて、大切なものに思えた。
……久しく忘れていた、デートが楽しいという感覚。
ダリアは、思い出した。
デートって、こんなに楽しいものなんだと。
儀式でもない、義務でもない、時間つぶしでもない。
男の子と、楽しい時間を過ごす。
これが……デートなんだ。
そんな大切なことを思い出させてくれた、真司に感謝し……。
……同時に、胸が痛んだ。