38話 里花の誕生日
上田 真司と恋仲関係になった、松本 里花。
その週の金曜日。
自宅にて。
風呂からあがった里花は、ふぅ……と息をつく。
「新しいおうち……あったかぁい……」
里花が居るのは以前の超おんぼろアパートではなかった。
2LDKのマンションの一角である。
プルルルッ♪
リビングのテーブルの置いてあるスマホから、着信音が鳴る。
手に取ると、ぱぁ……! と表情が明るくなる。
ソファに座って、いそいそと、通話ボタンを押す。
「しんちゃんっ♡」
通話の相手は、恋人になったばかりの少年……真司だ。
『こんばんは、里花。今、大丈夫?』
「うん! うん! もちろんだよ! しんちゃんからの電話だったら、24時間365日ウェルカムだよー!」
里花が弾んだ声音で言う。
真司と会話できるだけで気分は最高になるのだ。
ぱたぱた……と足をばたつかせる。
「お風呂上がったばっかりで、ちょうどヒマしてたし」
髪の毛をタオルで乾かしている最中だ。
『新しいマンション、具合どう?』
「ちょー快適! 捻ってすぐお湯が出るの本当にうれしいわ!」
さて、なぜ里花たち松本家が、新しいマンションにいるのか。
それは真司の祖父・開田 高原氏の財力による。
高原からの資金援助があり、松本家の懐は潤った。
それだけではない。
開田グループ傘下の飲食店に、山雅が務めることになったのだ。
「ごめんねしんちゃん。ママのお仕事まで、紹介してもらって」
以前、真司が里花と母・山雅の家に遊びに来たとき、真司が提案したのだ。
他で働かないかと。
「まさか開田リゾートホテルで働けるなんて……しんちゃんのおかげよ」
都内にある三つ星ホテルのレストランに、母は務めることになったのだ。
『ううん、山雅さんの料理の腕が良かったから採用されたんだよ』
真司はとても謙虚だ。
彼の口利きがなければ、まずこんな高級ホテルで働くことはできなかったろう。
「しんちゃんは……ほんとうにすごいね」
お金を持っているにもかかわらず、絶対偉ぶらない。
困っている自分たちに救いの手を差し伸べ、恩着せがましくしない。
なんていい人だろう、と思う。
「優しくてかっこいいとこ……だいすきだよ♡」
好きと言ってから、かぁ……と顔が赤くなる。
『あ、あはは……照れるなぁ……えへへ』
「こ、こんなことで照れるなんて、し、しんちゃんちょっとチョロすぎじゃな~い?」
とはいえ自分も照れてるのでお互い様である。
このように、真司のおかげで松本家の経済事情は格段に上昇。
母は手に職をつけ、安定した収入に、さらに素敵な彼氏までできた。
里花の人生で、ここまで順風満帆だったときはない。
「はぁ~……しあわせ。この幸せが、ずぅっと続けば良いのになぁ~……♡」
『ところでさ、里花。聞きたいこと、あるんだけど』
「ん? なぁに~? 何でも言って!」
何でも答えるつもりだった。
『えーっと……その……あの……聞きにくいんだけど……だから……その……』
珍しく、歯切れが悪い。
『その……欲しいものとか……』
「欲しいもの?」
『ごめん、何でもないや』
「? そう……」
結局、真司が何を言いたいのかわからずじまいだった。
欲しいもの、と言われて、里花は思い出す。
「あ、そうだ! しんちゃん、明日ひま? 一緒に買い物でもいかない? 欲しい漫画あるのよ!」
彼氏彼女になって、初めてのデート!
行きたくてしょうがない……だが。
『あ、えと……その……ごめん。明日は都合悪くて』
「え………………そう、なんだぁ……」
がっかり。
せっかく真司と一緒に楽しくお出かけできると思ったのに……。
『あ、でも! 日曜日は暇だから、どっかいこうか』
「ほんとっ! うん! いくいくー!」
その後まただらだらと話して電話を切った。
「はぁー……たのしかったぁ~……♡」
ソファにころんと寝っ転がりながら、真司との会話を思い出す。
話してるだけでこんなにも楽しく、幸せにしてくれる……。
彼氏って……すごい……。
「明日ひまになったなぁ……そうだ、ダリアと遊びにでもいこうかしら」
里花はダリアにスマホでLINEを送る。
【あしたひま?】
すぐに既読がついて返事が来る。
【そーりー。ちょっと用事あるのよ】
「……なぁんだ、つまらないの」
ダリアと真司から断られると、他に誘う相手は居ない。
「二人とも用事あるのか……ふーん、そんな偶然もあるのね」
ダリアのバイトはなかったはずだし、真司は言わずもがな。
まあそういうこともあるかと納得する。
と、そのときだった。
「りかちゃーん! たっだいま~ん♡」
ぱたぱた、と自分の母・松本 山雅が帰ってくる。
里花よりさらに童顔。しかしその目を見張るほどの大きな胸。
ロリ巨乳、されど甘いおとなの香りを漂わせる女性。
コレで一児の母なのだから、人と会ったとき必ず驚かれる。
かつては水商売をしていた母も、今では一流ホテルで働くシェフ。
スーツ姿で帰ってくる。
「おなかすいた〜? ご飯作るわね~ん!」
山雅は台所に立ち、調理を始める。
「仕事、楽しい?」
「ちょーーーーーーたのしいい! やりがいあるし、お料理スキルを存分に振るまえるのって最高!」
山雅は元々、シェフになるのを夢見ていた、といつだか聞いたことがあった。
両親が飲食店を経営していたのだ。
自分も店を継ぐつもりだったとのこと。
……結婚と出産で、家から勘当されて、その夢が潰えたらしいが。
「しんちゃんには感謝かんしゃだにゃーん♡」
母もまた、仕事をくれた真司に大変感謝していた。
「ところでさー、りかちゃん、明日ひまー?」
調理しながら母が尋ねてくる。
「ひまだけど、なんで?」
「そんじゃー、買い物いきましょ~? ほら、りかちゃんもうすぐ誕生日でしょ?」
「誕生日……そっか。そろそろか」
カレンダーを見やる。
現在は2021年1月の中旬。
1月終わりが里花の誕生日なのだ。
「いつもは忙しくてなにもできなかったからさ、たまには一緒にお出かけしたいなぁって♡」
母は自分のためにずっと忙しく働いてくれていた。
そんな母に感謝している。
だがさみしさを感じることは多々あった。
……しかし生活に余裕ができた今、母がかまってくれるようになった。
ありがたいことだ。真司には本当に世話になっている……。
「うん、あたしもママとお出かけしたい」
「おけーい! じゃあ明日はやっちゃんとお出かけだにゃうーん! ごはんできたよぉ~♡」
母の作った焼きうどんを、ふたりで食べる。
「明日どこ行く?」
「川崎のショッピングモールかにゃーん。あそこたくさんお店あるし!」
確かにここから近いし、店も多い。
「あ! ごめんねりかちゃん」
「なによ?」
「だってほらぁ、しんちゃんと~? デートするんじゃないの~?」
母には既に、真司と付き合ってることを伝えてある。
「おやすみなんだしぃ~? やっちゃんとじゃんくて、しんちゃんとしっぽりデートの方がいいかにゃー?」
にやにや、と山雅が笑って見てくる。
「いいのよ。しんちゃん、明日都合悪いっていうし」
「んまっ! 破局!? だめよりかちゃん! しんちゃんは逃しちゃ絶対駄目よ!」
がしっ、と山雅が肩をつかんでくる。
「それは、ママの仕事がなくなっちゃうから?」
「違うわよ! やっちゃんのお仕事なんてどーでもいいのっ!」
母が、本気で怒っていた。
本当に自分のことはどうでもいいと思っているらしい。
「しんちゃんみたいなとっても良い子、この世のどこ探したってほとんどいないのよ! いい? りかちゃんは、しんちゃんと結婚して幸せになるの。そして素敵な家庭を築くの。ね? しんちゃんはあなたを幸せにする力がある」
山雅は真司をとても信頼している様子だった。
「しんちゃんみたいな素晴らしい、ちょー優良物件、他にいないの。だから、何があっても、絶対の絶対に逃がしちゃ駄目よ? ……でないと、やっちゃんみたいに不幸になっちゃうよ?」
山雅もまた、男で苦労したのだ。
父親は山雅に子を孕ませ、結局捨てて逃げたくらいのクズである。
そのせいで不要な不幸を負うはめとなった。
だからこそ、母の言葉には実感がこもっていた。
「……うん、わかったよ」
「よろしい! ま、しんちゃんもりかちゃんもお互いラブラブだしぃ、万に一つも、別れるなんてありえないもんね~♡」
毎日通話してるところを、母には見られている。
さらに話してるときのデレデレ顔もバッチリ見られているのだ。
好きであることがばれすぎている。
「じゃ、明日は10時に川崎ショッピングモールね!」
★
翌日、里花と山雅は川崎へとやってきた。
なのだが……。
「え……? うそ……」
ショッピングモール内で、里花は、【彼ら】を目撃してしまう。
「どーてーくん、こっちの店いってみよ~」
「あ、待ってダリアさーん!」
……親友と彼氏が、休日、二人きりで、ショッピングを楽しんでいたのだ。
「え? なんで……え? ど、どど、どういうことぉ!?」