37話 親友への電話
松本 里花は、上田 真司に思いを告げ、ふたりは恋仲になった。
その日の夜、里花は自宅に帰ってきた後、親友の黒姫ダリアに連絡を入れようとする。
「…………」
里花は、躊躇する。
真司から、ダリアが必死になって探してくれていたことを聞いた。
親友に迷惑をかけてしまい、申し訳ない思いでいっぱいだ……。
ちゃんと、謝らないと。
里花はLINEで通話をかける。
すぐに彼女が出た。
「あ、ダリア……」
一瞬、里花はおびえる。
自分がずっと音信不通だったことを、怒られるんじゃないかと。
だが……。
『あ、りかたん、おつー』
不思議なくらい、ダリアはいつも通りだった。
こんな寒い中、親友がいなくなったことで心配させ、探させたというのに……。
「あの、あのね……ダリア……あたし……」
『あーあー、良いって。全部丸く収まったんでしょ~?』
優しい声音で、ダリアが言う。
「……ごめん。心配かけて」
『んーん、気にしなさんな』
「あと連絡すぐにしなくてごめん……」
『そっちはドーテーくんからすぐにあったからだいじょーぶ』
「あ、そうなんだ……」
『うん。里花が見つかったって、すぐLINE来た。あやつは出来る男じゃの~』
たくさん迷惑をかけたというのに、ダリアはいつも通り接してくれる。
謝っても、それ以上の追求をしてこない。
……その優しさについ甘えてしまう。
ただ、何があったのかは話しておかないと。
「……あのね、実は今日……実はしんちゃんとデスティニーにいって、その帰りに……」
母・山雅と遭遇。
そこから自分が思い出の女だったことが判明してしまう。
彼におびえて逃げてしまったが、真司は受け入れてくれた。
『そっか……。付き合うことになったのね』
「うんっ」
改めて、真司と付き合えたことの実感がわいてくる。
胸がぽかぽかする。
幸せな気分で、空も飛べそうなくらい、体が軽い。
『今どういう気持ちな~ん?』
「もう夢みたいなんだ……小学校の頃からずぅっとずぅっと大好きな人と付き合えて……えへへへ~♡」
大好きだった人が、自分のことを好きになってくれた。
なんて幸せなことだろうか。
『そか』
と、ダリアは短く答える。
里花は、違和感を覚えた。
ダリアは恋バナが大好きだ。
いろいろと詮索されるだろうことを予期していた。
たとえばもうやったのか……とか、いかにも言いそうである。
『まぁー……その、あれだ……なんにせよ、りかたんが無事で良かったよ』
「うん……本当の、本当に……ごめんね」
迷惑をかけてしまったことを謝る。
だが……。
『なんの、こと……?』
電話越しで、なんだかダリアがこわばった声を出す。
「え? だから、夜寒い中探させちゃったこととか、急に連絡がつかなくなって、心配させたことだけど……」
『あー……そっちね』
そっち?
『気にしなくていいよ~。あーしと里花……マブダチじゃんか、な?』
これだけ迷惑をかけたというのに、ダリアは今も友達でいてくれるという。
「ありがとう! ダリア……大好き! あたしの親友!」
『ははっ。そりゃこーえーさ。……幸せになるんだよ、りかたん』
「うん!」
『ほいじゃ~……今日は寝るわ。お休み~』
「え、あ、うん……おやすみ」
ぴっ、と里花がスマホの通話を切る。
里花はダリアが変わらずにいてくれたこと、親友のありがたさに喜ぶ。
……だが、一方で、やはり違和感を覚えた。
「……いつもなら、もっと話し込むのにな」
普段何もないときですら、2時間3時間はざらに通話する。
だが今の会話は5分か10分くらいで終わってしまった。
何かあったのだろうか、と思いつつも、夜中まで付き合わせてしまって、もう眠いのだろうと結論づける。
「あたしももう寝よう……ふふっ♡」
真司にお休みLINEを送る。
すぐに既読が着いて、おやすみという返事が返ってきた。
「しんちゃん……だいすき♡ ずっとずっと、一緒に居てね♡」
★
一方、黒姫 ダリアは通話を切ったあと……
ここは、マンションの一画の、リビング。
だだひろいリビングに一人、ダリアはソファに腰掛けて、天井を見上げる。
「……りかたん、良かった。ほんと、良かった……」
ダリアは里花がどういう境遇をたどってきたのか知っている。
親が離婚して、貧しい生活を送っていた。
ぐれてしまった理由も知ってる。
ずっと……胸に秘めた淡い恋心についても、知っている。
里花が幼い頃に出会ったその子を、ずっとずっと思い続けていたことも、知っている。
「変だと思ったんだよね……」
だから急に知らない男と付き合いだしたときは、違和感しかなかった。
しかし真相を聞いて、ああやっぱりねと納得した。
「純愛かぁ~……」
ダリアはソファに寝そべる。
里花と真司がうらやましかった。
あんなふうに、昔から思い合って、そして運命の再会を果たし……ついに、思い人と結ばれる。
なんて素敵な恋愛だろう。
ひさしく恋を忘れていたダリアにとって、真司達の恋愛は、キラキラと輝いて見えた。
「…………」
ぶるっ、とスマホが震える。
「どーてーくんじゃん……」
真司からの通知を開く。
『今日は本当に、手伝ってくれてありがとう!』
……知らず、口元が緩んでいた。
ダリアはLINEのログを見返す。
まず真司に通話したとき、すぐに、一緒に探さなくて良いかと尋ねた。
だが……。
『大丈夫。当てはついてるし。それに外は寒いし暗いから、女の子ひとり外に出すわけにはいかないよ。家で待ってて』
次に……里花を見つけたとき。
『里花発見したよ! だから安心して!』
最後に……里花を送り届けたあと……。
『ダリアさんのおかげで、里花と付き合えたよ。いろいろありがとう!』
とくん……とくん……と心臓が高鳴っている自分を自覚する。
「あー……やっちまったなぁ……」
久しく、忘れていた、恋愛のときめき。
まさか、それを思い出したのが、親友とその思い人が、結ばれた日だなんて。
ダリアはLINEの記録を見やる。
付き合えたことに対するダリアの返事。
『ドーテーくんさ、駄目だよ。そんなふうに、誰彼かまわず優しくするの。そういうの……もう里花だけにしな。あーしはいいけど、女の子って気にするから、彼氏が他の女に優しくするの』
それに対して、真司はこう答えていた。
『アドバイスありがとう。でも……これからも仲良くして欲しいな。里花も……ぼくも、君に深く感謝してるし、それにぼく、優しい君が大好きだもん!』
……ダリアは目を閉じる。
ここ最近、付き合いのある男達。
彼らはみな、ダリアを女として見てくれていない。
気持ちよくなるための道具、としか見てくれてない。
久しく忘れていた、女の子扱いされる感覚。
忘れていた……恋するときめき。
「なんか、懐いわ。こーゆーの」
恋を自覚したとは言え、だからといって、ダリアは親友から男を取る気など毛頭ない。
親友がやっと、大好きな彼と結ばれたのだ。
真司は良いやつだ。
里花も、良い子だ。
運命の二人が付き合えた。
万々歳だ! 親友の自分がするべきなのは、二人の恋路の邪魔にならないよう、後ろから応援すること。
「あーあ、まさか、久しぶりに胸がキュンキュンするような恋ができると思ったら、友達の男が相手なんてね」
叶わぬ恋に落ち込む、と言うことはしない。
ダリアにとって、男と付き合うことも、また捨てられることも、日常茶飯だから。
「安心しなってりかたん。あーしはあんたの恋を応援するよ。がんばんな」
この胸のトキメキが、すぐに消えてなくなることも、彼女は知ってる。
一過性のものなのだ。
我慢していれば、胸の痛みとともに、時間が思いを風化させてくれる。
わかってる、だから過剰に落ち込むことはしない、叶わないことに嘆くこともしない。
……けれど。
「……ドーテーくん。あーしね……なんか、あんたのこと……好きみたい」
そう呟いてみると、なんだか思ったよりも、気恥ずかしく感じた。
まるで、初めて恋を知ったときのような、甘い胸の締め付けとともに。