35話 りかちゃんじゃなくて、里花が好き
ぼくはダリアさんから連絡を受けて、里花が家に居ないことを知った。
やってきたのは、ぼくとりかちゃんの、思い出の秘密基地。
マンション裏手にある公園の、遊具の中。
「…………」
里花は遊具の中で丸くなっていた。
「さ、里花。帰ろうよ。ダリアさん……心配してたよ」
ぼくは里花に手を差し伸べる。
けれど彼女は首を横に、強く振る。
「ほっといて!」
里花はが声を荒らげる。
三角座りしていて、膝の上に顔を埋めている。
表情はうかがえないけど……泣いてるのはわかった。
「ほっとけないよ」
ぼくが近づこうとする。
けれど里花は、
「近寄らないで……! あっちいって!」
とぼくを拒絶する。
ともすれば、相手を傷つけるようなセリフだ。
けれどぼくの心は傷つかなかった。
泣いてる里花を見て、ぼくは……この場を余計に、去りたくなくなった。
「それはできない」
「どうして!? なんであたしのとこにきたの!?」
里花が顔を上げる。
「しんちゃんにとって思い出の女だから!? ごめんなさいね! こんなギャルに落ちぶれちゃってて!」
里花が、ヒートアップしていく。
「ああそうよ! わかってるわ! しんちゃんの思い出のなかのりかちゃんは、それはもう美人で素敵だったのでしょうね! それがこんな、髪の毛を染めるような、ギャルで、さぞ幻滅したわよね! 笑いに来たんでしょ!?」
ぼくは……目を閉じる。
りかちゃんとの思い出は、確かに、キラキラと輝いていた。
でも……ぼくは。
ぼくがここに居る理由は、違うんだ。
そこは、勘違いして欲しくなかった。
「違うよ」
「嘘っ!」
「違うんだ。里花、ぼくは……りかちゃんじゃなくて、君が心配だから、探しに来たんだよ」
「え…………?」
ぽかん……と里花が口を開く。
ああ、やっとこっち見てくれた……。
「どういう……こと?」
「どういうことも何も、ぼくは……里花が居なくなったって聞いて、スゴイ心配したから、君を探しに来たんだ」
ダリアさんからの連絡を聞いて、ぼくは知らず体が動いていた。
焦っていた、里花が、いなくなるんじゃないかって……。
そのとき、ぼくは確信した。
里花に対する思いを。
「なんで……なんでぇ……?」
里花が涙をボロボロと流す。
ぼくはもう、思いを口にする。
「きみが……里花が、好きだからだよ」
クリスマスの日にフラれ、今日までずっと、ぼくのそばに居てくれた彼女が、好きなんだ。
「りかちゃんだから、好きなんじゃないよ。松本 里花さんのことが好きなんだ」
確かに、ぼくにとってりかちゃんは大事な人だ。
でも……ぼくが好きなのは、りかちゃんじゃなくて。
クリスマスの中、恋人に振られて傷心のぼくに、手を差し伸べてくれた……。
松本里花なんだ。
「うそ……うそだよぉ~……」
ボロボロと里花が涙を流す。
「だってぇ……あたし、こんな……ギャルだし……しんちゃんに……好かれる理由なんて、ひとつもないのに……」
ぼくは耐えられなくなって、彼女を抱きしめる。
「好きだよ。大好き」
ぎゅっ、と彼女を強く抱きしめる。
里花はびくっ、と体をこわばらせた。
まだ緊張してるんだ、信じてくれないんだ。
なら、思いが伝わるように、強く抱きしめるだけだ。
「クリスマスの日に助けに来てくれた君が好きだ。吐いて失神したぼくを運んでくれた君の優しさにほれた。どんなときでも、笑ってぼくのそばにいてくれる……君が、【里花が】、大好きなんだ」
強く、強く、抱きしめる。
「ぼくが好きなのは、昔の君……りかちゃんじゃない。今ここいてくれる、里花、君なんだ。ギャルとか、思い出の女とか、知らないよ! ぼくはありのままの、今この場にいる君が、全部好きなんだ!」
ぼくはあらん限りの大きな声を上げて、彼女に思いを告げる。
やがて……彼女が小さく言う。
「……ほんと?」
消え入りそうなくらい、小さな声で、里花が聞いてくる。
「……ほんとうに? 今のあたしのこと……好き?」
声が、思いが届いてくれた。
なんてうれしいんだろう。
けれどまだ彼女は不安そうだ。
ならば何をすれば良いのか答えは一つ。
「うん! 今の君が大好き!」
「……あたし、ギャルだよ?」
「ギャルな君も素敵だ!」
「……あたし、オタクだよ?」
「趣味が合うって素敵だよね!」
「……しんちゃんは……優しくて……魅力的で……お金持ちで、あたしなんかじゃ……もったいないくらいの、いい男なのに……。あたしなんかじゃ、釣り合わないのに」
「関係ないよ! ぼくは……ぼくは君が良いんだ! 君じゃなきゃ駄目なんだよ!」
ぼくの隣にいてほしいのは、元カノじゃない。
形のない思い出の少女でもない。
今ここにいる、彼女なんだ。
「…………」
やがて、どれだけそうしてただろう。
きゅっ、と里花がぼくを、抱き返してくれたのだ。
「好き……すきぃ~……」
里花がぐすぐす、と泣きながら答える。
「あ、あたし……あたしも、しんちゃんが、好き……!」
ぎゅーっ、と強く里花が抱きしめる。
やった、通じてくれたんだ!
ぼくはうれしくてたまらず、彼女を強く抱きしめる。
「好き♡ 好きっ! 大好きっ!」
「うんっ、ぼくも好きだよ、里花!」
彼女は顔を見上げる。
涙で、お化粧がぐちゃぐちゃになっていた。
ぼくはポケットからハンカチを取り出して、彼女の化粧を取ってあげる。
「うん。お化粧する君も素敵だけど、あんまり気取らない君はもっと綺麗だよ」
「ほんと?」
「うん!」
ふにゃ……と里花は子猫みたいに笑うと、ぼくに飛びついて、抱きしめる。
がんっ、と頭を後ろにぶつけた。
「ご、ごめん、しんちゃん!」
「へーき! 全然へいちゃら!」
ぼくは里花に笑いかける。
「里花、もう謝らないで。申し訳なさそうにしないで。ぼくらは……本当の恋人になれたんだから」
もうニセコイの関係じゃない。
ぼくは彼女が好きだし、彼女のすべてを受け入れたい。
だから、そんな謝らなくていい、かしこまらなくていい。
そばに笑っていてくれれば、それでいい。
「帰ろう、里花」
ぼくは立ち上がって、彼女に手を差し伸べる。
里花は笑ってぼくの手をつかんで……。
「えいっ♡」
ぐいっ、とぼくの腕を引き寄せる。
そのまま正面からハグして、そして……。
ちゅっ♡
「なっ!?」
すぐに顔を離すと、里花が幸せそうな笑みを浮かべて……。
「だいすき、しんちゃん!」