33話 遊園地を楽しむ
ぼくたちは千葉デスティニーランドへと遊びに来た。
里花はかなりのデスティニーマニアみたいで……。
「見てみてしんちゃん! すたん・マウスのお家よ! きゃー! ほんものー!」
とか。
「このアトラクションはね、【空中要塞ダイクロフト】を模して作られたコースターでね!」
などと、オタク知識を存分に語ってくる。
「それからあれは……って、ごめんねしんちゃん」
ぼくらがコースターを降りた後、里花が突然申し訳なさそうにする。
「どうしたの?」
「いや……その……なんかべらべらと、まるで知識をひけらかすみたいにしちゃって……」
ああ、ソンナコト気にしてたのか。
「ぜーんぜん。オタクってほら、語りたがるもんでしょ?」
「でも……興味のないこと一方的に聞かされるのって、いやじゃない?」
「まあ人によるかな。ぼくはうれしいよ、だって好きなひとの好きなこと、知れてうれしいし」
かぁ……と里花が顔を赤くする。
「そ、そっか……好きな人の……ね」
「え? あ、えっと! その……」
まずい、勘違いさせてる?
ぼくみたいな陰キャおたから好きとか言われたら嫌がられる的な!?
いいやでも……ここで変な嘘とか言わない方がいいかな。
だってうれしいし楽しいのは、事実だし。
「えっと……だから、その……里花の好きなことをぼくはもっと知りたいんだ。だから、里花が楽しそうにしてるの、スゴイ楽しい」
「……うん。そっか」
にこっ、と里花が微笑む。
「あたしもね、しんちゃんに趣味を知ってもらえるの、すごくうれしい」
ちょっとさみしそうに里花が言う。
「おたく知識披露して、嫌われたこともさ……あるんだよ実は」
「え、そうなの?」
「うん。ギャルな見た目してるせいかな、似合わないって。きもいって……ね」
そっか……おたくとギャルなんて、水と油みたいなものだもんね。
でも……なんだか腹立つな。
里花に勝手なイメージを持っておいて、勝手に嫌いになるなんて。
「大丈夫、ぼくは嫌いにならないから。里花の、おたくっぽいとこも、好きだよ」
「え……?」
ぼっ、と里花の顔が赤くなる。
し、しまったぁ! 変に誤解させてしまったかもぉ!
「あ、えっと……好きって言うのは、可愛いとか、そういうのと同義語で……」
「か、かわ……」
さらに里花が赤くなる。
ああもう! 誤解が誤解を生むぅ!
「い、いこっか。まだ他のアトラクション、たくさんあるしさ!」
「そ、そうね! まだこんなの序の口よ! 語っていいっていうなら、遠慮しないんだからね!」
里花が笑顔でぼくの手を引く。
「うん、よろしく」
「じゃ、いこー!」
★
その後ぼくらはデスティニーランドを満喫した。
里花の解説付きだったので、アトラクションへの理解が深まって更に楽しむことが出来た。
ひとしきりアトラクションを回り、ぼくらは休憩がてら、レストランにやってきた。
「すっごいわこのレストラン……いつも超満員で、絶対に入れないってとこなのに……」
「へー、そんなすごいとなんだ」
おいしい料理がたくさん出てたし、まあ人気が出るのもうなずけるかも。
しかもデスティニーのキャラ達によるショーまで、目の前で開かれていたしね。
「うん。だからしんちゃんには感謝感謝だよ。本当にありがと!」
「いえいえ、どういたしまして」
里花が食後のコーヒーを飲みながら、思い出に浸った感じで言う。
「こんなに楽しいの、生まれて初めてかな。記録更新だよ!」
「記録更新……。前に来たのっていつ?」
「ママが離婚する前だから、小学校のときかな。うち、貧乏だったからさ」
里花が少しさみしそうな顔で言う。
「離婚前からまずしくてね、ママも働いててさ。パパは家のことなんもしてくれないし……」
「そうだったんだ……大変だったんだね」
「うん……でもね、ママのことは好きよ。いつだってどんなときだって、優しく抱きしめてくれるの」
里花の微笑みながら言う。
「ママがね、ある日ここに連れてきてくれたんだ。お金もないのにね。そのときママと一緒にいろいろ回ったのが、すごい楽しくってさ。だからデスティニーは特別で、大好きなの」
「母親との思い出も込みで、この遊園地が好きなんだね」
「そーゆーこと。まああのときはめちゃ混みで、アトラクションとかほとんど乗れなかったけど……」
それでも楽しかったのだろうなぁ。
見ててそれは伝わってくる。
彼女はずっとはしゃいでた。
「そっか……じゃあ、また来ようよ。今度はお母さんも誘ってさ」
え? と里花が目を点にする。
「どうしたの?」
「あ、えっと……なんでママが出てくるの?」
「え、だって里花が子供の時以来来てないっってことは、お母さんも同じなんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「お母さんも含めてさ、遊んだらもっともっと、楽しいよ!」
里花がデスティニーを楽しんでいるときに、ぼくは気づいたんだ。
時折ふと、さみしそうな顔になるの。
アレは多分、母親に申し訳ないって思ってたんだろう。
母親が働いているのに、遊んでていいのかって。
「てゆーか、この間の、本家のじいちゃんからもらったお金ってどうしたの?」
「あ、あれってマジの話だったの?」
「たぶん。お母さんに聞いてみて。口座にお金振り込まれてないかって」
「う、うん……わかった」
里花はこくんとうなずいて、スマホでLINEを送る。
すると、数分後。
PRRRRRRRRRR♪
「あ、ママ。うん、そう。どうだった……? え!? マジだったの!?」
『そーなのよぉ! やっちゃんもうびっくりしてぇ! ひぃえええ! な、なにこれ詐欺!? 間違え振り込み詐欺!? どこに電話した方が良いのかなぁ!?』
電話の向こうからものすごい大きな声がする。
里花のお母さんだろう。
……あれ?
この声、ぼくどこかで聞いたことあるような……。
「だ、大丈夫なお金だと思うよ。うん……うん……うん、またね」
ぴっ、と里花が電話を切る。
「ちゃんと振り込まれてた?」
「うん……びっくりした。7500万円も入ってたって」
ちょうど給料日で、銀行へ行ってたとこだったそうだ。
しかし7500万円って。
じいさんがあげたの、5000万円だったのに、里花の事情を知って多少色をつけたんだろうな。
「しんちゃん……近いうちあのおじいさんのお家連れてって」
「え? いいけど……どうするの?」
里花が真面目な顔で言う
「お金、返すのよ」
「え? どうして?」
「だって……さすがにもらいすぎよ。こんな大金、もらえないわ……」
うーん、まあ言いたいことはわかるけど、なぁ……。
「いいよ、もらって」
「でも……」
「だってじいちゃん、お年玉として里花にあげたんだもん。せっかくもらったの返すのって、逆に失礼じゃない?」
「それは……そうかもだけど……でも7500万円よ?」
「金額は関係ないよ。じいちゃん、君に喜んでもらいたいから渡したんだ。それを無理です返しますってのは、相手の厚意を無下にする行いだとぼくは思う」
じいちゃんが色をつけたってことは、それだけ彼女のこと気に入ったってことだろうしね。
里花の家が貧しいならなおのこと、彼女にはあのお金をきちんと使って欲しい。
「……ほんとに、いいのかな?」
里花が不安げに聞いてくる。
「もちろん。あとでいろいろ言われることはないって。もしあとで返せとか……まあ言われないけど、言われたら、ぼくを頼って。なんとかするから」
里花が目を閉じていると、深々と頭を下げる。
「ありがと、しんちゃん。とっても助かるわ。ママも……スゴイ喜ぶと思う。ほんとの本当に……ありがと」
里花が綺麗な笑みを浮かべて言う。
ぼくは彼女が笑ってくれて良かったと思った。
……それと同時に、ぼくは思い出の少女の笑顔を、彼女に重ねる。
小学校の時、ぼくにオタク趣味を教えてくれた、鬼無里 りかちゃん。
りかちゃんと目の前の里花が、なぜだろうか……重なる。
「どうしたの?」
「あ、や……何でもないよ」
★
その後デスティニーランドを満喫したぼくたちは、三郎さんの運転で帰路についた。
「へいとうちゃーく! 里花ちゃんの家ぇ~い!」
リムジンがぼろアパートの前に止まる。
「ありがと、送ってくれて」
「いえいえ」「真司くんの彼女を送るのはとーぜんだからね!」
里花がアパートの前で微笑む。
「それじゃ……」
と、そのときだ。
「あーーーーーーーーーーーーー!」
ふと、女の人の声がした。
振り返るとそこには、ケバい化粧をした、女の人が居た。
って、あれ?
この人……。
「しんちゃーん! やっほー! 久しぶりねー!」
「や、山雅……さん?」
え?
え?
なん、で……?
だって……山雅さんって……だって……りかちゃんのお母さんだよ?
「なんで、ここに?」
「ちょっともぉ~里花ぁ。しんちゃんとデートかにゃーん? うらやましいぞコノコノ~……って、どうしたの二人とも?」
え?
え?
……里花が、なんで山雅さんと、親しげに話してるの?
え、だって……山雅さんは……りかちゃんのお母さんで……。
里花は……りかで……え?
「里花は……りか、ちゃん……なの?」