31話 学校をサボってデートする
ぼくたちは教室を出て、屋上へと向かっていた。
ぼくらの通うアルピコ学園の校舎は5階建て。
屋上から都内の様子をうかがえる。
近くに東京タワーが見える。
「ふぅ……外きもちいね」
「…………」
里花は浮かない顔をしていた。
ぶるぶる……と震えているのが、つないだ手から伝わってくる。
「ごめん、里花」
「……どうしてしんちゃんが謝るの?」
「いや、だって……ぼくのせいで、余計な混乱を招いたから、こうなったんじゃないか」
ぼくが金持ちだって知ったクラスメイト達は、手のひらを返してきた。
里花はぼくをかばってくれたのに、逆に、里花は彼らから悪意を向けられた。
「しんちゃんのせいじゃないわよ。悪いのはあのクズどもだけ。……むしろ、ありがとう」
里花はニコッと微笑む。
「しんちゃん、とってもかっこ良かったよ」
……里花に褒められると、なんだか体がいつも以上に熱くなる。
そわそわして、彼女の目をまともに見れなくて……。
これって……やっぱり……。
「これからどうする?」
里花が屋上のフェンスに寄りかかりながら言う。
風が吹いて彼女の染めた金髪とミニスカートを揺らす。
「今更教室に戻るのもね。早退したし」
「なら……ね、しんちゃん。どっか遊びにいかない?」
「遊びにって……サボりってこと?」
「そ。学校サボって二人でデート。ほら、恋人っぽくない?」
里花がいたずらっ子のように笑う。
確かに、青春アニメみたいだ。
「二人きりで制服デート、かぁ……」
スゴイ憧れるなそれ!
「あ、え、か、勘違いしちゃだめよ! これは恋人の振り……練習なんだから、恋人の!」
「あー………………そっかぁー…………」
そうだった、忘れそうになるけど、ぼくらは本当の恋仲ではない。
あくまで復讐を前提とした、共犯関係。
「……あたしのばかばかっ。いくじなしっ、へたれっ」
里花が急に頭を抑えてしゃがみ込む。
「え、なんだって?」
「何でもないわよ! さ、いきましょ。こっそりね♡」
ぼくたちは先生に見つからないように、屋上を後にする。
ふたりで協力してのミッションはとてもドキドキした。
ほどなくして、ぼくらは下駄箱で靴をかえて外に出る。
「どこいく?」
とぼくが尋ねると、里花はちょっと悩んで言う。
「デスティニーとかどう?」
「デスティニーランド? 千葉にあるやつ?」
間違いやすいけど、決してディズじゃあない。デスティニーね。
「そうよ。休日だとめちゃくちゃ混んでるけど、平日なら空いてるかなって。ま、それでも観光客で混んでるけどね」
里花がスゴイ詳しい。
ファンなのだろうか。
「でも普段よりは並ばずに済むか……うん。そうしよっか」
ぼくは【連絡】をする。
「? しんちゃん、何してるの?」
「え、これは……」
と、校門を出たところで……。
「へーいおふたりさーん! おつー!」
「さ、三郎……さん?」
里花が目を丸くしている。
スーツ姿の筋肉マッチョマン。外見が完全にターミネーターの彼は、ぼくの知り合いの三郎さん。
「な、なんでこの人いんの?」
「さっき屋上で連絡したんだ。今日昼飯いらないって。そしたら、迎えにきてくれるっていうから」
にかっと三郎さんが笑う。
「聞いたぜぇ? デート行くんだってな! 送ってくぜぇおふたりさん!」
「ちょっ!? 何で言っちゃうのよ!?」
里花が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「電車代が浮くかなって」
千葉にあるデスティニーまで遠いからね結構。
「でも……いいの?」
「もちろん! だって仕事がサボ……真司くんのためだもん! 次世代の恋のキューピットやるのも、開田グループに属するメンバーとしての使命!」
この人サボって言ったぞ。
多分仕事をさぼれてラッキーとでも思ってるのだろう。そう言う人なんですこの人。
「ささぁ、どうぞどうぞ! 三郎タクシーがお二人をデスティニーまでお届け!」
乗ってきたリムジンのドアを開け、中に勧めてくる。
「いこうよ」
「……そーね。せっかく来てもらったし」
ぼくらはリムジンに乗ってデスティニーまで向かう。
「ええ、はい。そうです。真司くんを……ええ。え、サボりじゃないですって。本当ですって。デスティニーに送り届けるだけ……え? あ、はいはい。あーはい。はいはい、それでは」
ぴっ、と三郎さんが電話を切る。
「誰と話してたの?」
「上に報告してた。まったくもうサボりじゃないってのにねー!」
いやあなたサボる気まんまんだったじゃん……。
「さぁデスティニーへレッツらゴー!」
★
1時間もしないで、千葉にある【千葉デスティニーランド】へと到着した。
「あっという間だったわね」
「三郎さん運転上手だからね」
「いやぁ、それほどでも~」
三郎さんにドアを開けてもらい、ぼくらはゲートへと向かう。
「……ねえ、しんちゃん? なんかゲート前、だーれもいなくない?」
「うん……観光客すらいないね」
土日祝日はめちゃくちゃ混んでて、近くの駅まで行列ができている。
平日は人が少ないとはいえ、ゼロってことはありえない。
だって今日が休みの人もいれば、観光客だっているはずだし。
「しんちゃーん! ワンディパス買ってきたよーん! はいこれどーぞー!」
三郎さんがチケットを【3枚】持ってやってくる。
「いいの?」
「もち! あ、お金は心配なく! 経費で降りるんで!」
ぼくは2枚を受け取る。
「何で三枚?」
「ほ、ほらぁ……ね、邪魔はしないけど、ボディガードはいるでしょ! 邪魔はしないよ! 神に誓って! ゲート付近で待ってるから!」
たぶんボディガードという名目で、仕事をさぼろうとしているらしい。
まったく……。
「さぁさぁ若いお二人は早く制服デスティニーを楽しんできな! おれは一人でデスティニーを……じゃなかった、二人の帰り待ってるからね!」
ぼくらはチケットをありがたく使わせてもらうことにした、のだけど……。
「「人、居なくない……?」」
ゲートをくぐって中を歩いて数分。
誰一人としてすれ違わない。
デスティニーのマスコットキャラ達はいるものの、客の姿が見えないのだ。
「ね、しんちゃん……これ、どうなってるの?」
「さ、さぁ……? 他のとこはどうなってるだろう?」
ぼくは園内にいるはずの、三郎さんに電話をかける。
他の場所はどうなってるだろうか。
『あ、どうしたの真司くん?』
「なんか人居ないんだけど……そっちも?」
すると三郎さんはごく自然に言う。
『え、今日、ここ貸し切りだよ?』
「は……?」
今……なんて?
『なんかー、高原様に報告したら、真司くんのためにデスティニー貸し切るってさ』
「ちょっ!? 嘘でしょ!?」
『まじまじ。あ、ごめんそろそろ順番だから切るねー! あでゅー!』
三郎さんからの通信が途絶える。
マジかよ……。
「どうだった、しんちゃん?」
ぼくと三郎さんの会話知らない里花が、小首をかしげる。
「えーっと……その、なんか……貸し切りみたい」
「は!? え……はぁあ!? な、なんですってぇえええええええええ!?」
里花が仰天して大声を張り上げる。
ですよねー。
「千葉デスティニーランドを貸し切るって! どんだけすると思ってるのお金!?」
「さ、さぁ……?」
本家のじいちゃんは、基本的に家族に甘い。
一番溺愛してるのは、直系であり孫娘の流子ちゃん。
でも高原じいちゃんには孫が何人か居て、その全員にデレ甘いのだ。
「じいちゃん、時折こういう度を超したお節介をしてくる」
「超えすぎよ! デスティニー貸し切りなんて! やばすぎんでしょ!?」
「ぼくもそう思う……」
別にぼくは、三郎さんにここまで乗せてくれればいいやって思いで、連絡しただけなのに……。
じいちゃんが暴走して、デスティニー貸し切っちゃうなんて……思っても見なかった。
「さすが旧財閥を母体とした、超巨大企業、開田グループの総帥ね……。そんな人に愛されてるなんて、さすがだわしんちゃん」
「いやまあ……でも、なんか申し訳ない。たぶん今朝は普通に営業してただろうし」
客も良い迷惑だったろう。
「今からでもごめんなさいにして、貸し切り解除してもらおうか?」
「あ……」
里花が、ちょっと残念そうな顔になった。
驚きはすれど、この状況を楽しもうとしていたらしい……。
そうだよね、貸し切りでデートなんて、普通出来ないだろうし……。
うん、ごめん、知らないお客さん達。
「やっぱ、たのしもっか。せっかくだし」
里花が晴れやかな表情になり、こくんっ、とうなずく。
こうしてぼくらは、貸しきりの遊園地を二人きりでデートすることになったのだった。