29話 里花、親友と風呂に入る
上田 真司の家に泊まりに来ている、松本 里花とその友人ダリア。
夕食後、ふたりはバスルームへとやってきたのだが……。
「「なんだこれぇ……!?」」
ダリアも里花もそろって仰天する。
さもありなん。
「こ、個人の風呂に……露天風呂あるんですけど~?」
「しかもサウナまであるって……! 凄すぎるよしんちゃんの家!」
バスルームの内風呂に、数種類の湯船。
さらにガラス窓の向こうには露天風呂まで完備されていた。
どこの高級ホテルだと、里花もダリアも内心でツッコミを入れる。
「じゃ、ごゆっくり。ぼく男湯入ってるから」
「「しかも男女風呂あるの!?」」
もはや凄すぎて感覚がおかしくなってきた。
「あ、あーしたちホテルに泊まってるのかな……」
「ダリア、安心して。ここはしんちゃんちよ」
「個人のレベル軽く超えてんだよねぇ~……」
はぁ……と里花とダリアが溜息をつく。
「えっと……ぼく何かやっちゃいました? ごめんね……」
別に何か真司がやったわけではない。
財力を見せつけられたからといって、彼は絶対にそれを自慢することはない。
里花は真司のそう言う気取らない性格が好きだ。
「なんでもないわ。それより……あたしたち着替えたいから、出てってもらえます?」
「それともぉ~? あーしたちとめくるめく混浴♡ でもしちゃう~♡ あらっちゃうよ~おちんちんとか♡」
「し、失礼しますぅううううう!」
真司は顔を真っ赤にして出て行く。
「ちょ、ちょっとダリア! 変なこと言わないでよねっ! しんちゃんに!」
ダリアはごめんごめんーと軽いノリで流す。
この友人はどこまで本気で言ってるのか、時たまわからないことがあるのだ。
男との距離感がオカシイ。
というかものすごく男慣れしている。
……だから、【不安】になる
「さ、着替えよっか、りかたん」
「……そーね」
里花は脱衣所で着替える。
ダリアが上着とシャツを脱ぐと、そこには目を見張るほどの、大きな胸があらわになる。
スイカと見まがうばかりの大きさ。
それでいて、ブラから解き放たれても形がほとんど崩れない張り。
「いつも思うけど……ほんとスゴイわよね、ダリアのおっぱい」
「ん~~? なになに~? ちゅっちゅしたいの~? いいよ♡ あーし別に女もいけるから♡」
「け、結構です!」
その場を離れようとするが、ダリアが後ろからくっついてきた。
ぐんにょり♡ と背中に乳房が押しつけられひしゃげる。
……これは、やばい。
自分が女でも、こんなおっぱいをくっつけられていたら、どうにかなってしまいそうだ。
大きくて、柔らかくて、それでいて途方もない甘い香りがする……。
エレベーターでのことを思い出す。
真司は、この化け物クラスのおっぱいに触れていた。
……心変わり、してしまわないだろうか。
「だーいじょーぶだよ♡」
「え?」
ダリアの顔を見やる。
にこっ、と彼女が笑った。
「ダイジョウブダイジョウブ、りかたんとドーテーくんの関係は、あーしのおっぱいごときじゃ破壊されないって~」
どきり、とした。
親友に内心を見透かされていたのだ。
ふたりはシャワーで体を流して、湯船へと向かう。
「どこに入る~?」
「…………」
どこでも良かった。
「じゃ、せっかくだから露天風呂れっつらご~」
里花の手を引いてダリアが外へと向かう。
高層マンションの上層階に、見事な露天風呂が広がっている。
さすがに落ちないようにスロープはあった。
だが……都内の夜景を一望しながら入れるなんて、贅沢な風呂だと里花は思った。
「まーまー、りかたん。おとなりかもーん」
ダリアが見事なプロポーションをおしみなくさらしながら、湯船に浸かる。
里花はバスタオルで自分の体を隠す。
「そんなもんとっぱらえ~♡」
「いやでも……恥ずかしい……」
ダリアのご立派な体つきと比べて、自分はなんて貧相なのだろう。
きっと多くの男をあの体でメロメロにしてきたに違いない。
経験も豊富で、ナイスバディで、それでいて明るい性格。
……自分もこんなふうになりたかった、と里花はつぶやく。
「えーい、まどろっこしーなー」
ダリアは立ち上がって里花のバスタオルを奪う。
「ちょっ!?」
「はいどーん♡」
ダリアに突き飛ばされ、里花は湯船にダイブする。
ふたりは並んで湯船に座り、ほっと息をつく。
「りかたん元気ないね」
「そーかな?」
「うん。もしかして……あーしにドーテーくん、取られちゃうんじゃー、とか思ってない?」
……なんでこうも、心の中を言い当てるのだろうか。
「わはは、りかたんとはけーけんちが違うのだよ~。たくさんのおじさまの相手してるとね、鍛えられるんだよね~」
ダリアが【そういう】ことしてるのを、里花は知っている。
だが彼女の抱える事情を知っているので、とがめる気にはなれない。
「安心しなって、りかたん。あーしはあんたの大事な人を絶対取らないから」
ダリアは微笑んでそう言う。
だが里花の表情は晴れない。
「……あんたにその気がなくっても、しんちゃんがダリアのこと、好きになっちゃうかもじゃん」
そうだ、こんなに綺麗で、体つきもよくて、スキンシップの激しい美少女なのだ。
これで惚れない男なんていない。
……自分はダリアに劣っている。
顔も体も、性格も。
ぽかーん……とダリアが口を開いていた。
「あっはっは! いやぁ~……うん。りかたんは純情派だなぁ~」
実に楽しそうにダリアが笑う。
「見た目ギャルなのにね」
「やかましいわよ」
ダリアは静かに微笑むと、里花を抱き寄せる。
「大丈夫。ドーテーくんは、りかたんのこと好きだって思ってるよ」
男との経験が豊富な彼女の言葉には、かなりの真実味があった。
真司が里花のことを好き。
それを聞いただけで、体がふわふわと、まるで雲の上にいるような心地になる。
だが……どうしても自分の思考はネガティブになってしまう。
「……今は、でしょ」
近くにダリアがいるのだから、いつ心移りしてもおかしくない。
それでもダリアは首を振る。
「大丈夫、あーしは色んな男見てきたからわかる。ドーテーくんは……とってもいい男だって」
ダリアは里花を、小さな子供をさとすように、優しい声音で言う。
「お金を持ってる男ってたいてい、自分がいくらお金持ってるとか、親がすごいんだとか自慢してくるもんさ。でも彼は絶対そうしない。育ちがいいんだろうね」
開田グループの関係者である時点で、裕福な家庭であることは確かだ。
しかし中津川 妹子のように、真司が権力自慢をしているところを見たことがない。
「あーしたくさん男を見てきたけどさ、あれほど良い男はいないよ。本当に素敵な男性だと思う。りかたんは幸せもんだね」
ダリアが言うのなら、本当なのだろう。
でもだからといって、里花の悩みが晴れることはない。
「自分がドーテーくんに捨てられるとでも思ってるの? 本気で?」
「え……?」
ダリアは、少し怒っていた。
なんでだろうか。
「りかたん、それはちょっとドーテーくんに失礼だよ」
「失礼……?」
「うん。だって彼、一途に女を愛するタイプの男だもん。そんな彼から思われてるんだよ? 捨てるわけないじゃん」
真司がそう言うタイプだったとして、そもそも彼が自分を好きであるなんて保証はどこにもない……。
「ああもう、じれったいな~。じゃあ聞いてみれば? 自分のことどう思ってるって」
「そっ!?」
「そ?」
「そ……んなこと、恥ずかしくて……聞けないよ……」
好きな相手だからこそ、自分を好きかなんて気軽に尋ねられない。
ダリアはあきれたように溜息をつく。
「りかたんって、ほんと見た目だけギャルだよね。中身はとっても恥ずかしがり屋なんマジうける。あーしなんて気軽に聞いちゃうよ、好き~? って」
「そりゃあんたならね。誰もがあんたみたいに、気軽に男と接することできないのよ……」
真司は憧れの男の子だ。
小学校ぶりに再会した、運命の相手。
好きで好きでたまらない。
だからこそ……嫌われたら嫌だ。
この思いが、一方通行なのが、嫌だ……。
思いが通じてるどうかなんて、聞きたくない……。
「はー、やれやれ。難儀な性格してるね~」
ダリアが空を見上げる。
いつの間にか雪はやんでいた。
綺麗な夜空が広がっている。
「何度も言うけどさ、ドーテーくんは最高の男の子だよ。ここで捕まえとかないとさ、いずれ彼の魅力に気づいた女が、大勢寄ってくるよ」
ダリアは真面目な表情で友人にアドバイスしてきていた。
「いくらドーテーくんが真面目で、一途な男だとしてもね。その思いに疑いを持ってたら、自分の手から離れて行っちゃうよ? 気づいたときには……もう遅いんだからね」
どこか、実感のこもったような言い方だった。
きっと彼女は、同じような失敗をしたのだろう。
里花はダリアがどれだけの男とつきあってきたのか、知らない。
でも自分より遙かに多くの経験を積んでいることは確かだ。
「わかってるよ……」
「いーや、わかってないさ。りかたんは全く理解してないね。男女の仲ってやつをさ」
ざば、とダリアが立ち上がる。
「相手を思ってるだけじゃ駄目なのよ。相手も自分を思ってくれてるって、信じてあげなきゃ。いつまで経っても前に進めないよ?」
ダリアはそう言い残して風呂場を後にする。
「自分の気持ちにもっと素直になりなって。でなきゃ、あの最高の男、あーしが食っちゃうよ? いいの?」
「やだ……。しんちゃんは、誰にも譲りたくない……」
「じゃ、がんばるこった。ばははーい」
ひらひらと手を振ってダリアは脱衣所の扉を開け、見えなくなる。
里花は一人残って、思い巡らせることにしたのだった。