25話 元カノの後悔 その3
上田 真司が、ヘリに乗って下校した。
その直後のこと。
校庭にて。
「ヘリってやべえな……」「ああ、おれはじめてみたわ……」
グラウンドに集まっているクラスメイト達。
話題はもっぱら、真司に関することだった。
「てか上田ってさぁ……何者なん?」
「そうだよね。今日の昼休みみた? 黒服のお手伝いさんいたぜ」
「そう! しかもちょー豪華な弁当だった!」
昼休み、三郎が教室へ来たことも、クラスメイト達の間で話題になっていた。
「極めつきはヘリ……だよなぁ」
「プライベートのヘリってやつ?」
「専用のヘリの運転手までいるとかさ、どんだけだよ! すげえ……」
そして、クラスメイト達のなかで、とある仮説が生まれる。
「「「もしかして上田って……超金持ち?」」」
そうとしか考えられなかった。
「うわ! まじかぁ~……上田あいつ金持ちのボンボンなのかよぉ!」
「しまったぁ! くっそぉ~……仲良くしときゃよかったわぁ-……」
「今からでも遅くないかなぁ。上田くんと仲良くして」
「てゆーかぁ、中津川さんってあんま金持ちじゃない……?」
「しっ……! ばか……」
クラスメイト達の視線が、とある人物に向く。
真司の元カノ……中津川 妹子だ。
「…………」
ぷるぷる、と妹子は怒りと屈辱で肩をふるわせている。
「……中津川さんって金持ちって印象だったけど、上田くんと比べるとねー」
「……三学期から調子乗り出したじゃん? あたし金持ってますアピールがうざいってゆーか」
「……けど上田と比べると、ほんとたいしたことないのね」
女子達が陰口を……というより、本人に聞こえるように言う。
女子達は妹子に悪感情をそもそも抱いていた。
それはひとえに、クラスの女子達から絶大な人気のあった、木曽川 粕二を妹子が独占していたからだ。
その時点でかなり気に入られなかったのだが、三学期に来ての、まるで女王様みたいな態度。
女子達の不満はピークに達していたのだ。
「……なに、かな?」
女子の悪口を聞いた妹子は、彼女たちに向かって詰め寄る。
「べっつにぃ~? ただぁ、あんたってたいしたことないんだなぁって。お嬢様のくせに~」
かちんっ、と妹子が頭にきて、女子につかみかかる。
「なに!? たいしたことないって!?」
「だってそうでしょ~? 上田くんはヘリもってるんだよヘリ。あんたはどうなのよ? 持ってるの? ねえ、大企業のお嬢様?」
にやにや、とクラスの女子たちが馬鹿にしたように嗤ってくる。
ぎり、と悔しそうに妹子は歯がみした。
「上田はすごいよねぇ! プライベートヘリに、使用人付きのお金持ちさん! で? あんたはどうなのよ? ヘリはあるの? 使用人は? どの程度の金持ちなのよ、ねえ自慢しているくせにさぁ」
「う、う、うるさいわよ!」
どんっ! と女子を突き飛ばす。
だが逆にドンッ! と肩をたたかれた。
ぐしゃりっ! と雪でぬかるんだ土の地面に、妹子が倒れる。
「きゃあ! ……っつめた、なにすんの!?」
だが女子達は馬鹿にしたように笑ってさっていく。
「女王様ぶってんじゃねーぞばーか」
「所詮顔だけのクズじゃないの」
「あーあ、松本さんうらやましー。金持ちな彼氏捕まえてさ~」
女子達が妹子を置いて去って行く。
男子達は戸惑っている様子。
「だ、大丈夫……妹子様……」
男子の一人が手を差し伸べる。
だが、妹子はその手を払った。
「一般庶民の分際で、なに同情してるのかな!?」
妹子は精神的に弱っていた。
真司に格の違いを見せつけられ、そのショックからまだ立ち直れていないのである。
「私は君程度の人間に同情されるような、ランクの低い存在じゃないですけど!?」
……頭に血が上っていたせいで、わからなかった。
今の妹子の発言が……男子達に、どう影響を及ぼしたかを。
「あーあ、萎えたわ。いこーぜ」
一部の、妹子をちやほやしていた男子達は去って行く。
「ちょ、ちょっとどこいくの!?」
取り巻きを止めようとする。
だが……彼らは立ち止まらない。
「中津川って美人で金持ちだからって思ってたけど、たいしたことねえわ」
「面がいくらよくっても、性格ブスだしね」
「しかも金もさ、なんだかたいしたことないみたいだし」
「上田ってマジで金持ちだよな。今からでも遅くねえから、お友達になりてぇなぁ」
……性格だけでなく、家柄までも、彼らは馬鹿にしてくる。
もっとも、彼女の父親が勤める出版社、TAKANAWAは、超巨大企業。
妹子も確かに富裕層に分類される。
しかし真司は、それを超越するほどの金持ち、というだけだ。
クラスの女子、男子たちから、あきれられ、見放された妹子……。
「なによ……何よ……何よ何よ!」
だんだん! と妹子は地団駄を踏む。
「私だって凄いでしょ!? 真司くんがオカシイだけじゃない!」
全くもってその通りだ。
だが妹子と違って真司は、別に家柄も金持っていることも自慢していない。
一方で妹子は、自分の権力をふりかざしてクラスメイト達からの注目を浴びていた。
真司のほうがスゴイ。
そうなったとき、妹子の価値が下がったのだ。
もともと彼女の尊大な態度は、すべて、親が金を持っている美人というだけで許されていた。
だが、金持ちのランクが真司より下であること、そしてなにより、今のひどい態度……。
化けの皮が、今回の件で剥がれてしまったのだ。
もし妹子が真司のように、謙虚な態度を貫いていたら……。
少なくともクラス全員からあきれられることはなかったろう。
今日の帰りだって、車で迎えに来るから、みんなよければのってかない?
という態度で接していれば……。
ようするに今の事態を引き起こしたのは、自分に権力があると錯覚し、横柄な態度を取った、己のせいである。
自業自得だった。
「な……によ、なによ! こんなの詐欺だわ!」
体は泥まみれ、目から悔し涙を流しながら、妹子は地団駄を踏む。
「詐欺よ! 真司くんがあんな金持ちだったなんて! 言ってなかったじゃないの!」
真司が裕福であることは察していた。
だがそれでも、自分のほうが上であると思っていた。
自分はTAKANAWAの社長令嬢で、真司よりも格が上であると……。
「認めない……認めないわ!」
妹子はスマホを取り出し、父親に連絡する。
「もしもしパパ!? 迎えはまだなの!?」
父親に怒鳴り散らす。
父は妹子に道路が渋滞していることを告げる。
「ヘリはないの!? ねえ自家用ヘリで迎えに来てよ!」
そんな高いのは無理だし、持ってないという。
「なんで!? 真司くんは持ってるのに! どうして……!」
今忙しいからと、電話を切られてしまう。
妹子がかけなおそうとするが、電源をきられてしまった……。
父親を以てしても、自家用ヘリは高い、と言っていた。
確定してしまった。父親よりも、真司のほうが……金を持っているのだと。
「私の方が、下だって……言うの……?」
その通り。
妹子のほうが下である。
TAKANAWAは所詮、日本の一企業に過ぎない。
一方で上田の親族は、旧財閥を母体とする、超大企業【開田グループ】。
しかもそのグループのトップにして総帥、開田 高原からの寵愛を受けしもの。
たかが一企業の小娘ごときと同格であるはずがない。
ましてや、馬鹿にしていい相手ではない。
「…………」
真司を捨てた、自分が。
まるで……見る目のない、馬鹿のようにうつった。
「…………」
妹子は歯がみして、地団駄を踏む。
大企業の社長令息であり、しかも、気遣いの出来る優しい男……上田真司。
彼を地味でつまらない下民であると、見下し、捨てた女……中津川 妹子。
時間が経てば、やがてうわさになるだろう。
元彼の価値に気づけずに浮気した、馬鹿女であると。
いずれ……いや、必ず周りからそう思われる。
プライドの高い妹子にとって、それは許されざること。
「なんなのよ、なんなのよぉおおおおおお!」
焦り、後悔、劣等感。そのほか諸々。
行き場のない思いで頭がぐちゃぐちゃになった妹子は、寒空の下、慟哭するほかなかった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は嘆くのだった。
結局、その日は徒歩で家に帰る羽目となり、体がずぶ濡れになったことも相まって、高熱で倒れることとなるのだが。
言うまでもなく、クラスの誰も、彼女を心配するものはいないのであった。