22話 バイトからの帰り道
里花がバイトを終えて、帰ることになった。
夕方……というか、もう完全に日が落ちてる。
カフェの前にて。
「それじゃ里花。また明日」
「あ……」
「? どうしたの?」
里花はもにょもにょと口ごもる。
「……ううん、なんでもない。おやすみ」
その様子を、同じくバイトを終えたギャル・ダリアさんが「やれやれ」と溜息をつく。
「あんさードーテーくん。一つ頼みがあるんだ~」
「頼み? なぁに?」
「うちのりかたんをお家まで送り届けてほしいんよ~」
ダリアさんが里花を抱き寄せる。
「ちょっ!? ダリア……!」
「あーしいつもバイト帰りはりかたんをお家まで送ってるんだけどさ~。今日はちょーっと別の【お仕事】が入って無理なんだ~。だから送ってってちょ」
お仕事……。
な、なんだろう……?
「お仕事は、お・し・ご・と♡ だよ」
ぺろり、と舌なめずりするダリアさん。
あ、あんまり深くツッコまないでおこう。
「これからすーぐ行かなくちゃいけなくってね。そんなわけでりかたんをよろしく」
「ちょっとぉ! ダリア!」
ぽんぽん、とダリアさんがぼくの肩をたたく。
「……彼氏なんだから家まで送ってってやらないと駄目だぞ。夜遅いんだし」
あ、なるほど……気を遣ってくれたんだ。
てゆーか、そうか……そうだよね。
世間一般の彼氏っていえば、彼女を送り届けるもんだもんね。
「……ありがと」
にこっとダリアさんが笑うと、ぼくらに手を振る。
「ばいび~★」
すてて、とダリアさんがさっさと帰ってしまった。
あとにはぼくと里花だけが残される。
「……変な気つかうんだから、ばか」
「えっと……家まで送るよ。ダリアさんと比べたら、ぼくなんて頼りないかもだけど」
ぱぁ……! と里花が笑顔になると、ふるふると首を振る。
「そんなことないわ。しんちゃんがいれば夜道も安全だもんっ。百人力ね!」
「あはは、ありがと。じゃ、帰ろっか」
こうしてぼくは、里花を家まで送り届けることになった。
ふたりで里花の家まで歩いて行く。
ちらちら……と里花がぼくの手を見ている。
「どうしたの?」
「べ、別に……その……手ぇ……つめたそうだなぁ~って思ってぇ~」
じーっ、とぼくの手を見てくる里花。
「そ、そうだね……冷たい、かな」
「そ、そうでしょ! だ、だからほら……手……ね?」
里花が顔を赤くしながら右手を出してくる。
おずおずしてる感じがとても可愛らしい……。
ぼくは里花の手をきゅっ、とつかむ。
口元をほころばせて、ふふん、と里花が鼻を鳴らす。
「勘違いしないでよね~♡ これは寒さ対策と夜道で迷子にならないようになんだから~♡」
偽とは言え恋人関係になったぼくたち。
学校の外でも恋人のふりをする必要があるのか、といわれると難しいところ。
でも学校の人がいつどこで見てるかわからないから……。
という建前もあるんだけど。
本当は里花と手をつなぐことに、ぼくがどこか、喜びを覚えてるんだよね。
「あの……さ。しんちゃん……もう着いちゃうの、アパート」
「え、結構近いんだね」
「うん……そうなんだ……」
里花が暗い顔をする。
ちらちら、と何かを期待する目を向ける。
帰りたくない……のかな。
「えっと……その……あ! 見て里花! 焼き芋売ってる!」
「えっ!? どこー!?」
「ほらあそこ! 行こうよ!」
公園のそばで焼き芋を売ってるおじさんがいた。
ぼくはおじさんから二人分の焼き芋を買った。
「あ、おかね……」
「いいよ、ぼくが出すから」
「でも……」
申し訳なさそうにする里花。
ふとぼくは、ダリアさんとの会話を思い出す。
「いいって。バイト、生活費のためにやってるんでしょ。お金はその分貯めて」
里花が目を丸くする。
だが、ちょっと拗ねたような顔になる。
「どーも……。ね、食べてこ」
「うん……」
どうしたんだろう、今の顔。
ぼくたちはベンチに座る。
里花がぼくの真横に、ぴったりとくっつく……。
「あ、あのぉ……なんでそんな密着してるの?」
「悪い?」
ぎろり。
「あ、いえ……悪くないです」
「じゃあ黙って座ってなさい。ふん」
里花がはぐはぐと焼き芋をかじっている。
「ん~♡」
ぱたぱた、と里花が足をばたつかせていた。
美味しいのかな。
「ところでさ~しんちゃん。ダリアと……何話してたの?」
焼き芋を食べ終えた彼女が聞いてくる。
「何って……別に世間話だけど」
「だからその内容。気になるんですけど」
「ええーっと……里花がバイト代全部家に入れてることとか」
遊ぶ金のために里花はアルバイトしてないんだってさ。
よく考えなくても、片親だし、苦労してるんだよね。
「えらいねー、ってダリアさんと話してた」
「ふ、ふーん……あ、そ。他には? やけに……楽しそうに話してたじゃない?」
ちらちら……と里花がぼくに目線を向けてくる。
「彼女がいるのに、随分とそりゃあまあ、楽しそうに話してましたね~」
「いや……え、里花怒ってる?」
「べ、別に怒ってないし!」
「もしかして……ヤキモチとか?」
「は、はぁ~? ヤキモチとかぁ!? へんっ! か、か、勘違いしないでよね!」
ふんっ、と里花がそっぽを向く。
「…………」
「え、その後のセリフは」
「う、う、うるさーい!」
頬をおもち見たいにふくらませて、ぽかぽかと肩をたたいてくる。
「しんちゃんのばかばかばかっ。あたしという彼女がいながら、他の子にデレデレしてっ」
「ご、ごめんって……で、でも……ぼくらはニセコイで……」
「そ、それは……そうだけど! 学校の外だからって気ぃ抜いてると、演技ってばれちゃうじゃないのっ!」
ふんっ、と里花が鼻を鳴らす。
「外でもちゃんと、彼氏のフリは徹底して。たとえ相手がダリアでも! あんまり過剰にベタベタしちゃだめ」
「仲良くするなってこと?」
「そこまで言ってないわ。ただ……その……ああもう! しんちゃんの鈍感!」
里花の情緒が不安定すぎてやばい……。
「わかったよ。外でベタベタする相手は、里花だけにする」
里花が目を丸くして、ふにゃり……と笑う。
「うん♡ それでいいのよ♡」
里花がぼくに肩をよせて、頭を乗っけてくる。
甘くて、落ち着く匂いがする……。
「ねえ……もう遅くなるよ」
「うん。わかってる。でも……もうちょっとこうしてたい」
「……家、好きじゃないの?」
なんとなく、家に帰るのを避けてるような気がしたからだ。
「……ママのことは好きよ。でも……うん、お家はきらい。家に帰っても、誰もいないもの」
里花のお母さんは水商売をやっているという。
夜はいつも一人だったって……前に泊まったとき言ってたっけ。
「……ねえ、しんちゃん。今夜も、とま……」
「え?」
「な、なんでもない! 帰りましょ!」
里花が顔を真っ赤にして立ち上がり、ぼくに手を伸ばす。
ややあって。
里花のアパートへと到着した。
「送ってくれてありがと」
「いーえ。じゃあね」
「あ……」
里花がすっ、とぼくに手を伸ばす。
きゅっ、とぼくの手をつかんだ。
「…………」
里花がうつむいている。
「今日……ありがと。暗い夜道も……楽しかった。ほんとに、楽しかった」
でもさみしそうにしてるのは、別れたくない……からかな。
もっとそばに居たいから、かな。
……それはぼくの思うところでもある。
だからこんな提案が口をついた。
「ねえ。よければ……バイトの帰り、一緒に帰ってもいい?」
「えっ!?」
里花が大きく目をむく。
「あ、ほら。ダリアさんも女の子じゃん一応。女の子同士で送り迎えって、危ない気がして。だから……ぼくが送るよ」
里花が呆然とつぶやく。
「……いい、の?」
「うん。きみが良ければだけど」
里花は太陽のような笑みを浮かべると、何度もうなずく。
「うんっ、うんっ、お願いっ!」
こうして、ぼくたちはまた一つ、関係を進めるのだった。