19話 元カノ、馬鹿にしてくるが肩すかしくらう
中津川 妹子。
大企業タカナワの社長令嬢である。
妹子は真司の元カノだ。
しかし真司を捨て、別の男に乗り換えた……が。
その男がとんでもないクズ男だった。
しかも脅迫まがいなことまでされてしまう。
一時期は落ち込んでいた妹子だが、しかし。
彼女は現在、【完全復活】していた。
★
三学期、真司たちの教室にて。
「お、おはよ……いも、中津川……さん」
上田 真司がビクビクおどおどしながら、挨拶をしてくる。
本当に陰気な男だ、と内心で鼻で笑う。
まあ優しいから挨拶を返してあげる。
「おはよう、上田くん。それに……松本さん」
真司の隣には、金髪のギャル松本 里花がいる。
里花は外見が少し変化していた。
だが……フッ、とこちらも馬鹿にしたように笑う。
「(なにこの女、頭プリンみたい。だっさいったらありゃしない……私の方が1000倍可愛いわ)」
1000倍は言い過ぎではあるものの、確かに里花の髪型は、染めるのに失敗したヤンキーのようであった。
もとより近づきにくい雰囲気の里花が、さらに声かけづらくなっている。
「ねえ、上田くん。うわさで聞いたんだけど、松本さんと付き合ってるって本当?」
まずそこを確認しておきたかった。
「うん! 付き合ってるよ!」
真司がうれしそうに笑う。
その笑みを見て……妹子はせせら笑う。
「(ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーか)」
と。
「(まんまと騙されてるのね。これだから陰キャは、ちょっと優しくされただけで、すぐに女にコロッと騙されるのよ)」
妹子が、真司達の関係を、こう解釈している。
まず、真司。
真司は里花のことを、完全に惚れている。
自分が傷心しているところに、クラスメイトの【そこそこ】可愛い女子から告られたのだ。
真司は陰キャでオタクで、女性に対する免疫力がない。
ゆえにすぐに好きになってしまったのだ。……と、妹子はそう思っている。
「松本さん、本当に上田くんと付き合ってるの?」
「……そーよ」
ぶっきらぼうに答える里花を見て、妹子がブフッと吹き出しそうになる。
「(ああ、やっぱりそうか。いやいや付き合ってるのね、松本さんは)」
妹子は思い返す。
先日の、クラス内のグループLINEでの会話を。
【おーいオタクくんと付き合ってやる女子大募集中なんですけど~?】
【誰も居ないのかよ~】
しばらくは誰も立候補しなかった。
それはそうだ。
確かに、真司をいじめる計画は面白そうだ。
だがイケニエとなる女子は、たまったものじゃない。
あんなちびで、陰キャで、オタクのやつと、嘘とはいえ付き合わなければいけないのだから。
女子達は誰も立候補しないでいた。
しかし、終業式の日のあと……。
里花が真司とベタベタしていた。
【なーおいおい、里花よぉ。なーんでオタクくんとあんなふうにベタベタしてたわけぇ~?】
【元カレ】が、そんな風にグループLINE内で発言する。
【イケニエでしょ。いいわよ、やってやるわ】
里花からのLINEが返ってくる。
クラスの女子達はホッとした。
【誰もやる気ないみたいだし、仕方ないから、やってやるわよ】
【おーさんきゅー! オタクくんのイケニエになってくれた、優しい優しい松本さんに拍手~】
女子達ががんばれー、だの、やさし~、だのと、心にもないことをメッセージに送る。
【でも期限付きね。ずっとは無理。三学期中でいい?】
と里花。
【もっちろーん! じゃ三学期の終業式に、ネタばらしってことで。それまで付き合い、よろしゃす!】
元カレが作ったノリにクラスの全員が乗っかる。
里花はそれ以上のレスポンスをしなかった。
……で、現在。
「(ほらやっぱり、松本さんは上田くんと付き合う気なんてさらさらないし、なんだったら今も不満たらたらなんだわ)」
目の前の二人を見て、妹子は邪悪に笑う。
くすくす、と笑いたくなるのを必死でこらえる。
「(上田くんも馬鹿ね~。向こうはその気が全くないってのに、気づいてないんだから。ほんと馬鹿。無知ってこわいわー)」
……しかし、妹子は知らない。
実は真司と里花が結託していることを。
自分たちの企みが、完全に、真司にばれていることを、知らない。
無知なのは妹子のほうであるのだが……。
「冬休みとかぁ、どうだった~?」
クスクスと笑う妹子。
「(どうせひどい休みだったに違いないわ。だって松本さんは上田くんとしぶしぶ付き合ってるんだし~? 何もなかった、もしくは、奴隷みたいにこき使われたかに決まってる~)」
妹子は、真司が暗い表情になることを期待した。
しかし……。
「冬休み、ちょー楽しかったよ! ね、里花!」
「うん、しんちゃん!」
ふたりの笑顔を見て、え……? と肩すかしを食らう。
「た、楽しかった……?」
「うん! いろいろ行ったよ。コミケとか、初詣にも行ったし!」
真司の笑顔には陰りがない。
そして里花もまた笑顔でうなずいてる。
「へ、へえ……そ、そう……大変だったんじゃない?」
「そんなことないよ。あ、写真見る?」
真司がスマホを取り出して、写真を見せてくる。
ツーショット写真がバンバンとってあった。
「んなっ!?」
どうなってるのだ……?
里花はイヤイヤ、真司と付き合わされているのではなかったのか?
その割に、写真の中のふたりは楽しそうである。
「(ど、どうなってるの……これ……?)」
信じられないものを見る目で、妹子は二人を見やる。
一方で里花が、にやりと、意地悪い笑みを浮かべる。
「どうしたの~? 中津川さん?」
おかしい……これは絶対おかしい。
だって、真司はともかく、里花はカレのこと、なんとも思ってない……むしろ嫌がってるはずなのだ。
「あれ~? しんちゃん、二人で年始に泊まったときの写真ないじゃーん?」
「あ、あれはほら……ね。恥ずかしいし……」
「と、泊まったぁ……!?」
たしかクリスマスイヴのとき、里花が真司の家に行ったとは聞いた。
だが泊まったとは聞いてないし、年始?
「(イヤイヤにしては、おかしすぎるでしょ……なんなのそれ……)」
予想では、真司は里花に振り回されてると思った。
里花は、罰ゲームで付き合ってあげてるだけなのだから。
さぞ苦労しているだろうと、せせら笑うはずだったのに……。
キーンコーンカーンコーン……。
「あ、予鈴だ」
「早く座ったら、中津川さん?」
ぎり、と妹子は歯がみする。
自分の席に座って、一呼吸つく。
「(ま、まあいいわ……。どーせあとで泣きついてくるのは、上田くんのほうですもの)」
あの二人は三学期までの関係だ。
里花が真実を語り、真司は絶望するはずであるから。
「(そう、【あいつ】みたいに……泣きべそかきながら、すみませんでした、もう一度よりを戻してくださいって、泣きついてくるわ)」
くくく、と邪悪に笑う妹子。
「(ま、そのときに泣きついてきてももう遅いけれどね! どうしてもって土下座してくるなら……ま、下僕としておいてあげてもいいかな~?)」
彼女は、完全に増長していた。
もとより性格が悪いけれど、【あのこと】を経て、より傲慢になったのである。
自分には【力】があると……錯覚してしまったのだ。
さて。
担任教師が教室へ入ってくる。
「あけましておめでとう。三学期は短いが、残りも頼むな!」
担任があいさつをする。
「さてホームルーム始めるぞ~。っと、その前に、ひとつおまえらに残念なお知らせがある」
「「「残念なお知らせ?」」」
にやりと妹子は笑う。
彼女だけは、担任が何を言い出すのかわかっていた。