16話 ギャルのうちにお泊まり
新年会の夜、ぼくは里花の家に泊まることになった。
「ど、どうしてこうなったんだ……?」
ぼくがいるのは1kのぼろアパート。
背後からは、しゃぁああ……という水の音がする。
「すぐ隣が、風呂場ってマジかよ……」
このアパート、トイレと風呂がいちおうついてる。
だけれど脱衣所がないらしく、この六畳間のすぐとなりが風呂なのだ。
「見ちゃ駄目だ……聞いちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ……!」
ぼくはシャワールームを背にして、耳を塞いで目を閉じる。
ぼくが先に風呂入っている間、里花も同じようにしていた。
ぼくも見ちゃ……だめ、だってわかってるのに……。
薄い壁越しに、リアルな入浴の音が聞こえてくる。
シャワーの音とか、息づかいとか、湯船からこぼれるお湯の音とか……。
「うわぁああああ! だめだぁああああ!」
想像するなって方がおかしいでしょ!?
だって……すぐ隣に、グラマーな美少女が肌をさらしてるんだよ!?
気になる……いや、駄目だ。
「しんちゃーん」
「ふぁい!?」
ドアが少し開いて、里花の声がする。
「あたし……今から出るから。後ろ……見ちゃ駄目よ?」
「も、ももも、もちろん!」
脱衣所がない。つまりこの部屋に裸で出てくるってことだ。
お風呂場はめちゃくちゃ狭くて着替えるスペースがない。
がら、とドアが開いて里花が出てくる。
「いい? 絶対振り返っちゃ駄目よ? 見たら……お、怒っちゃうぞ」
え、半殺しとかじゃないの……?
え、しかもあんま怒ってる感じしない……。
え、照れてる……え、かわよ……。
「だ、大丈夫! 何があっても絶対振り向かないから!」
つるんっ。
どしんっ!
「きゃっ!」
「里花!? 大丈夫!? ……あ」
振り返った先で里花が、尻餅ついていた。
「いたた……水で床滑って……あ」
「あ」
ぼくの前には、M字に開脚した里花がいる。
しかも彼女は風呂から出たばっかりで……。
つまり、何が言いたいかというと、生まれたままの里花がM字開脚しているわけで……。
「あ……え……」
真っ白な肌。スイカ、と見まがうほどの大きなおっぱい。
お風呂上がりで上気した肌は、とてもつやつやで美しい。
肌に張り付いた長い髪の毛が妙にエロい。
そして……下半身には、つるつるの……。
「いやぁあああああああああああああああああああああああ!」
「ごめぇええええええええええええええええええええええん!」
どしーん! と上と左右の部屋から、壁ドン床ドンくらう。
「見るなって言ったのにぃいいいいいいいいいいいいいいい!」
ぼくは慌てて前を見る。
「ご、ごめんでも……何かあったのかなってしんぱいになってだから……里花?」
黙ってるけど、どうしたんだろう……。
恐る恐る振りかえろうとすると、ばふっ……! と何かを投げつけられた。
「こっちみんな! ばかっ! ばかっ! もうっ!」
里花が拭いていたバスタオルだった。
……とろけるくらい、甘い匂いがしたのは、言うまでもない。
ややあって。
暗い部屋の中で、ぼくたちは並んで眠っていた。
ここはワンルーム。
しかも六畳、そんなに広くない。
ぼくたちは布団をふたつ出して並んで眠っている。
「あのぉ~……里花? 怒ってます?」
里花はそっぽ向いている。
「はい、私はとても怒ってます」
なんで英語の和訳みたいなんだ……。
感情が乗ってない分キレてる感じがしてやばい……。
「ごめんって」
里花がくる、と体をこちらに向けてくる。
布団で顔を半分隠し、上目遣いに見て言う。
「責任、取ってくれる……?」
「うえ!? せ、責任!?」
そんな……この年で責任なんて……。
いやでも、里花の裸を見てしまったわけだし、ちゃんと男として責任は果たさないと……!
「……ぷっ、あははっ! 冗談よ、じょーだん」
里花がおかしそうに笑い出す。
……あれ? からかわれてたのか?
「も、もうっ。里花、ひどいよ」
「ごめんごめん。ほら、仲直りしましょ?」
里花がにゅっ、と布団から手を出す。
ぼくは特段怒ってなかったので、彼女の手を取る。
……ふにふにしてて柔らかいな。
「……ね、しんちゃん。寒く、ない?」
手をつないでいると、里花がそんなことを言う。
がたがた……と窓ガラスが風に吹かれて動いている。
壁もめちゃくちゃ薄いので北風が入りまくっていた。
夜中に石油ストーブをつけるわけにもいかない。
厚着して、布団を何枚も重ねてるけど……はっきりってくそ寒い。
「寒い……」
「そ。なら……さ。おいでよ」
里花が布団を少しあけて、ぽんぽん、と自分の隣をたたく。
「え、ど、ゆーこと、です……?」
「に、鈍いわね。一緒に……寝ましょ。同じ布団で……ってこと、よ」
里花が顔を赤くしながら、消え入りそうな声で言う。
え、ええ、ええええええええええ!?
い、一緒の? 布団で? 寝る?
「同衾じゃん!」
「ば、ばかっ! こ、声が大きいわよ!」
どんっ! とまた壁ドン床ドンされる。
ほんと壁薄いなこのアパート……。
普通に上の人の生活音が聞こえる。
トイレに歩いてるのがわかる。怖い……。
「か、風邪引くわよひとりじゃ。前に引いたばかりなのに、また引かれても困るわ」
「いや、で、でもぉ……」
すると里花が、拗ねたように言う。
「……あたしのとなり、いやなの?」
いやなのかと彼女に聞かれて、ぼくは自分にも問いかける。
彼女の隣にいきたくないのか?
……そんなの、いきたいに決まってる。
……そう思ってる自分に驚いた。
つい数日前まで、クラスで顔を合わせるだけだった彼女。
ぼくは、もっと近づきたいと思ってる……みたいだ。
「……いきたい、です」
「ん……」
里花はぽんぽん、と敷き布団をたたく。
ぼくは里花の隣に寝転ぶ。
ぼくらは並んで布団をかぶっていた。
「…………」
どっどっど、と心臓が高鳴っている。
自動車のエンジンみたいだ。
甘い香りがすぐ近くからする。
……懐かしい香りのような気がした。
「ね……しんちゃん。きゅっ、としていい?」
な、なんだろう……今日はすっごい大胆だ。
ぼくは断れなかった。
黙っていると肯定ととらえたのだろう、里花がぼくに抱きついてくる。
「……すごく、安心する。あったかい」
ぐにぐに、と背中には柔らかな感触があたる。
体がほてって、心臓はドキドキバクバクして、死にそう……。
けれどなんでだろう……。
「ぼくも、不思議と安心するんだ。なんでだろう……?」
いつかのどこかで、同じように、こうして誰かに抱っこされながら眠った覚えがある。
でも詳しくは思い出せない。
忘却の彼方からただよう、懐かしい雰囲気が、今ここに時を超えて再現されてる。
そんな気がする。
「……あったかい」
「うん……あったかいね」
二人でくっついてるだけなのに、さっきの何百倍も温かい気がした。
「……こうしてだれかと寝るの、随分と久しぶり」
里花の言葉にぼくは、本家のじいさんが言っていたことを思い出す。
彼女の家は離婚して、貧乏であると。
さっきの里花の言葉を思い出す。
お母さんは夜遅くまで働いていると……。
……興味があった。
でも聞くのはためらわれる。
それでも……知りたくなった。
「……里花のお母さんって、なにしてるひとなの?」
しばし沈黙があった。
やっぱなし、というまえに、彼女が口を開く。
「……水商売、って言ったら、幻滅する?」
水商売……か。
そうか、なんとなく、そんな気がしていた。
「……ううん、ぜんぜん。働くのって、大変だもんね。今不景気だし」
ぼくがそれを口にしてどれだけ説得力があるのかわからない。
でも里花の家が大変なことには同情できたし、それに嫌だとは微塵も思わなかった。
「……お母さん、スナックで働いてるの。高校のときに身ごもって、お父さんと駆け落ちして……。でも、ある日お父さんはお母さん捨てて出て行っちゃった」
……なんて辛い境遇なんだろう。
思ったより何百倍も辛い家庭環境だ。
「……小学校の途中で離婚してね、1度長野の実家に戻ったの。でも向こうでもお母さんが働ける場所なかったから、都会に出てきたんだ」
田舎は結構閉鎖的だ。
今でも東京もんとか普通に言ってくるひとが結構居る。
里花の母親は田舎のコミュニティから追い出されたのかもしれない。
「……また戻ってきて、このぼろアパート暮らし。お母さんは毎日夜になるとでかけていって、あたしはずっと一人」
「……そっか」
ぼくは、勇気を出して振り返る。そして、自分から里花の体に抱きつく。
彼女の金髪を、優しくなでる。
里花は目を閉じてなすがままになっていた。
「……ぼくもさ、両親めったに家に居ないんだ」
「そうなんだ……意外」
「仕事の都合でずっと海外。あの部屋でひとりぼっちでさ……似たもの同士だね、ぼくら」
里花が顔を上げて、目元を緩ませる。
ぼくの胸板に顔をこすりつける。
「……うん、似てるねあたしたち」
彼女の体温を感じていると、こころが安らいだ。
彼女とふれあっていると、懐かしい気持ちになる。
……知らず、ぼくらは寝息を立てていた。
その日ぼくは夢の中で、小学校の頃に出会った【りかちゃん】の夢を見た。
ぼくらは再会を喜び、ともに笑っていた。
『これからは、ずぅっと一緒だよ♡』
『うん! ずっと一緒……!』




