15話 彼女のお家へ、そしてお泊まり
本家の新年会を終えたぼく……。
リムジンに乗って、里花の家へと向かっていた。
「…………」
里花はじいさんの用意した5000万円のお年玉に仰天。
ショックで倒れて、夜まで寝込んでいた。
起きた彼女を、もう夜遅いからと、三郎さんの運転するリムジンで送り届けている次第。
「あのぉ~……里花? 怒ってる……?」
ぼくの前に座る里花が、ずっと黙っている。
何度も話しかけるけど、でも何も返してくれない。
あれ何かぼく、やっちゃったかなぁ……。
「つきましたよー! 里花ちゃんちー!」
リムジンから降りる。
「ほ、ほんとに……ここ?」
木造の、超がつくほどぼろアパートだ。
2階建てだけど、今にもぺしゃんこになりそう。
「風が吹けば崩れ落ちそうなちょーぼろアパートっすねぇ」
「三郎さん! こら! 言い方!」
里花は溜息をつく。
「ま、ぼろいのはほんとだしいいわよ」
「あ、そ、そう……」
里花はがちゃん、と端っこの部屋のドアを開ける。
「そ、それじゃ……また」
気まずい雰囲気だけど、あんまり深くツッコんじゃいけない気がした……。
「待って、しんちゃん」
きゅっ、と彼女がぼくの手を取る。
「寄ってってよ。お茶くらい煎れるわ」
「あ、でもぼくは……」
「入って。寒いでしょ」
「あ、はい……」
有無を言わさぬ迫力に押されて、ぼくはぼろアパートの中へ。
「あれ、三郎さんは?」
「あ、自分、外で待ってるね! ソシャゲの新年ガチャ回さなきゃだし!」
こ、こいつ……!
逃げやがったな……!
ずるずる、とぼくだけがアパートの中にいれられる。
中は……外と同じくぼろかった。
「さむっ……!」
壁とか窓がガタガタいってる。
てか外より寒いってどういうこと!?
「だ、暖房入れようよ」
「そうね」
部屋の端においてある、なんかドラムみたいなものに近づく。
赤いポリタンクを持ってきて、ホースできゅぽきょぽ……と中身をいれる。
「これ……なに?」
「石油ストーブ」
「せ、せきゆ……すとーぶ?」
ストーブは知ってるけど、こんなものあるんだ……。
かちかち、とライターで火をつけてストーブを焚く。
少しするとじんわりと温かくなってきた。
こたつに入って彼女が着替えるのを待つ。
「おまたせ」
部屋着姿の里花が入ってきた。
もこもこしたスウェットに、足にも動物の可愛いスリッパ。
上からは半纏を羽織って、首にはマフラーをしてる。
「ぼ、防寒バッチリだね……くしゅん」
「これ使って」
同じものを里花が渡してきた。
「や、長居するつもりは……」
「いいから、着る。風邪引かれても困るし」
「あ、はい……」
ぼくもおそろいのもこもこファッションに身を包む。
里花がこたつの隣座る。
テーブルの上には湯飲み。
「どうぞ」
「い、いただきます……あ、おいしい……」
柚の味した。
緑茶じゃないみたい。
「ここに……住んでるの?」
「そう。お母さんと二人でね」
六畳半の和室があって、後はキッチンだけ。
1kってやつかな。
「せ、狭いね……」
「仕方ないわよ」
里花は公言しないけど、家が結構貧乏なのは見て取れる。
本家のじいさんも、里花んちは経済的に困窮してるって言ってたし……。
「あれ、お母さんは?」
「仕事」
「へ、へえー……夜遅くまで大変なんだね」
時刻はまもなく、0時を回ろうとしている。
こんな時間まで帰ってこないってことは、結構特殊な仕事に就いてるのかも知れない……。
「…………」
かちこち……と時計の針が進む音だけがする。
き、気まずい……帰りたいけど、なんか帰らせてくれる雰囲気じゃあない……。
「あの……さ。しんちゃん」
「なんでしょう……?」
ぽつり、と里花がつぶやく。
「さっきの……流ちゃん、のことだけどさ」
開田の家であった、ぼくの親戚、流ちゃんのことを言いたいらしい。
「本当に、今は何にもないんだよね?」
とても深刻な顔で聞いてくる。
「何にもないって……?」
「だからほら……婚約者がどうとかって」
「あ、ああ……もちろん。あれもう子供の時の話だしさ」
ちらちら、と里花がぼくを見やる。
「でも……あんなに綺麗で、お金持ちじゃない? その……好きに、なったりしないの……?」
質問の意図がよくわからないなぁ。
まあでも良いか。
「ないない。てゆーか流ちゃん、好きな人居るし。ぼく以外に」
「へっ?」
きょとん、と目を点にする里花。
「す、好きな人……いるの? あの人に」
「うん。会ったことないけど、たしか年上のかっこいい人だって、流ちゃん言ってたよ」
里花は大きく溜息をつくと、こたつのテーブルの上に、身をぐでーっと乗り出す。
「よかったぁ~……」
顔を突っ伏した状態で、ふかぶかと溜息をつく。
「良かったって……?」
「だって……流ちゃんに、しんちゃん取られちゃうんじゃないかって……」
「はは! ないない。向こうはぼくのこと完全に弟だって見てるし。それにさっきも言ったけどあの人ぞっこんラブな人いるみたいだから」
「でも……しんちゃんがあの子のこと好きかもって思うじゃん」
「ないない。ぼくにとってもお姉ちゃんだしあの人。それにタイプじゃないっていうか」
ぴくっ、と里花が体を反応させる。
ぐわばっ、と起き上がると、ぼくに顔を近づける。
ち、ちかいちかい!
目おっきい! 顔ちっさい! あと良い匂い!
「しんちゃんのタイプって……なに?」
あ、あれぇ? これ詰問されてる感じこれぇ?
「え、い、いいじゃんそんなの……」
「言え」
「あ、はい……」
有無を言わさずとはこのことか。
里花の圧に押されてぼくが答える。
「お、」
「お?」
「おっぱいが……おっきい、女の子です」
ちら、とぼくは里花の胸を見てしまう。
ぼくのすぐそこに、ふたつぶら下がっている大きなおっぱいに目が行ってしまう。
こんだけ厚着してるのに、おっぱいが主張されてるって、どんだけでかいんだよ……。
里花は体を引っ込めると、自分の胸を見る。
「ふーん……巨乳好きかぁ」
「うん……」
「そか。そっか。そぉっかぁ~♡」
里花がパァ……! と晴れやかな笑顔を浮かべる。
「そうよぉねえ! 流ちゃんまな板だったものねぇ! ぺったんぺったんだったものねぇ!」
あの人おとなだから怒らないけど、じいさんが聞いてたらやばい……殺されちゃうかも……。
ま、まあでも……この場にいなくって良かった。
「そっか! ちょー安心したっ! あーもうっ、すっきり~♡」
「そんな気にしてたの?」
「そうよ。だっていきなり婚約者とか、あんなでかい豪邸見せられたらさ……凹むでしょ、普通」
よくわからない……。
けど、このぼろアパートと、特殊な家庭環境を考えると、気にしちゃうのかも知れない。
「しんちゃんが取られちゃったら、やだもん……」
「え……? いや、なの?」
かぁ……と里花が顔を赤くする。
目を閉じて、こくん、とうなずく。
「……やだ」
「そ、そっか……」
「うん。やだ……絶対……」
そ、それって……どういうことなのかな……。
え、譲りたくないってこと?
き、期待……しても、いいのかなぁ……。
「「…………」」
き、気まずい!
「ね、ねえ……しんちゃん」
「うぇ!? なんすか……」
顔を赤くして、もじもじしながら言う。
「今日……泊まってかない?」
「ふぁ!? と、泊まりぃ!?」
何をおっしゃってるのでしょうかこの人!?
「ほ、ほら……もう遅いから……明日帰りなよ」
いや、いやいやいや!
「そんな……1kの部屋でどうやって泊まるの!?」
「お、お布団……ふたつあるから……ママ、今日帰ってこないし」
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
お、お、お母さんが帰ってこない?
しかも布団を並べて寝る……?
どうしても、そ、そういうことを想像しちゃうじゃないか!
だ、駄目だ……陰キャオタクに、そんなのレベルが高すぎる!
「ぼ、ぼく帰りまぁす!」
「あ、ちょっと……!」
ぼくは借りてたものを脱いで、外に出る……!
いちはやくこの桃色空間から離脱せねば……!
「って、あれ? 三郎さん?」
外で待っていたはずのリムジンが……ない。
「あれ? リムジンは……? 三郎さん!?」
そのときだ。
ぽこん、とスマホに通知が入った。
『おれ、帰ります。グッドラック!』
おいぃいいいいいいいいいいいい。
『何やってんの!? 早く迎えにきてよ!』
ぼくが急いでLINEを返す。
するとまた返事が来た。
『え、だって今日お泊まりするんでしょ?』
『しないよ! どうしてそうなるんだよ!』
『そういう雰囲気だったじゃーん。あれ、もしかしておれ余計なことしちゃいました?』
バリバリ余計なことしてるよ!
ぽこん、とまたLINEが来る。
『おれもう家に帰ってお酒飲んだんで迎えは無理っす。あ、終電も過ぎてるんで帰れませんねー』
んなっ!? なんだ……と……。
『据え膳食わねばなんとやら。里花ちゃんも誘ってるよきっと! エロゲーではよくあるからこういうシチュエーション』
知らねえよ!
それきりLINEがこなくなってしまった。
迎えも、来ない。
終電も逃した……。
え、あれ? じゃ、じゃあこれ……。
「な、何してるのしんちゃん?」
振り返ると、そこには顔を真っ赤にした里花が立っていた。
「早く……なか入って。寒いじゃないの……」
……こうしてぼくは、まだ正式に付き合ってもない、ニセコイな彼女の家に、お泊まりすることになったのだった。